05/05 バスティーユ・オペラのワーグナー歌劇『ローエングリン』
●OPERA NATIONAL DE PARIS / GRAND SALLE BASTILLE
RICHARD WAGNER "Lohengrin"
mercredi 5 mai 1999 a' 19h

direction musicale : Mark Elder
mise en sce'ne : Robert Carsen
remontee par : Michel Jankeliowitch
decors et costumes : Paul Steinberg
lumieres : Dominique Bruguiere
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Orchestre et Choeurs de l'Opera National de Paris
chef des choeurs : David Levi
chef de chant : Norbert Strolz / Francois Sauvageot
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Heinrich der Vogel : Alfred Muff
Lohengrin : Goesta Winbergh
Elsa von Brabant : Susan Anthony
Friedrich von Telramund : Sergei Feiferkus
Ortrud : Waltraud Meier
Der Heerrfer des Koenigs : Michael Volle
Vier brabantische Elder : Patrick Foucher
Pascal Mesle
Nigel Smith
Nicolas Teste
Vier Edelknaben : Claire Servian
Gaeelle de Batz
Marie-Ce'cile Chevassus
Ghislaine Roux
Gottfried : Marc Raad
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開演は午後7時。この作品の長さを考えるとちょっと遅いようにも思えるが、外はまだまだ昼間の明るさ。今日はレパートリーになっている演目であるが、大入の盛況となった。プロダクションは1996年11月のもので、初演時の指揮はジェームス・コンロン、キャストはヴィンヴェリー(ローエングリン)、カリタ・マッティラ(エルザ)、ギネス・ジョーンズ(オルトルート)であったとのこと。今回の上演では、タイトルロールはそのままで、エルザにスーザン・アンソニー、オルトルートにワルトラウト・マイヤーが歌う。指揮はマルク・エルダーで、彼の指揮はミュンヘンでクプファーのマクベスを聴いたことがある。

座席は平土間前のほうの左側。既に幕は上がっており、開演前から群集が舞台セットにうずくまっている。このように開幕前から舞台セットを見せてしまう手法はよくあるが、この舞台は一体何を意味しているのだろうかと疑問に思った。どうも戦争の廃墟のような場面設定のようだ。遠くに海が見えていて、ちょうど砂浜に設けられた砦のような一角。両面はコンクリートの要塞の壁になっていて、長方形にくりぬかれた奥に海が開けている。第2次世界大戦のノルマンディー上陸作戦の廃虚あとにも見える。おそらくドイツ軍の要塞なのだろうか。こんなところに群集が群がっているのもおかしな話だが、戦火を逃れた難民とも見える。

そういった場面で、指揮者の登場も良く分らないまま、ローエングリンの神秘的な前奏曲が聞えてきた。最初舞台は薄暗い状態で、遠くに見える海がまるで北ヨーロッパの海岸のように幻想的。前奏曲の高まりとともに、徐々に遠くの海が明るくなってくる。よれよれになった群集にも力が漲り始め、廃墟といえどブランバンドの栄光が高らかに合唱された。しかし要塞の両サイド・コンクリート壁が閉鎖感を感じさせる。どうもワーグナーの勇壮な音楽と舞台とのミスマッチを感じた。

スーザン・アンソニーは昨年オペラシティで「オランダ人」のゼンタを歌った歌手。あのときから凄い歌手だと思っていたが、今日はとても可憐なエルザを演じていた。リリックソプラノの美しさも特筆もの。マイヤーのオルトルートはさすが、悦にはいった演技で、第1幕で歌がなくとも、貫禄、威圧感は十分すぎる。対するレイフェルクスのテルラムントはオルトルートに全く頭が上がらない。

第1幕での見所は何と言っても、ローエングリンの登場。この場面では、舞台奥にある要塞の門が徐々に開き、神々しいばかりの光りが神秘的に差し込んでくる演出。それに門が開くとその奥に開けた緑豊かな森が広がっている。その清清しいばかりの森には、いろんな動植物が生息しているようで、今までのコンクリートの要塞の暗い、無機質から、オアシスの生命力が入りこんでくるようだ。輝かしい光りとともにローエングリンがゆったりと白鳥に引かれながらの登場だが、暗から明のコントラストは強烈だ。ヴィンヴェリーのローエングリンは、丁寧な歌いっぷりで、ヘルデンさも十分。第1幕が終わると、舞台脇から赤十字のマークを付けたボランティアの人がアナウンスを始めた。コソボの募金活動である。ロビーで募金を受付けていた。

さて第2幕開演前に席に戻ると、舞台は暗黒のようなコンクリートに囲まれた場面に変わっていた。ステージに穴が開いていて、焚き火の火が何個も燃え上がっている。その前にマイヤーのオルトルートが座り込んでいて、テルラムントもうろうろしている場面。そろそろ開演時間となり、また不意をつくように音楽が始った。第2幕ではマイヤーとアンソニーの火花が飛ぶようなドラマが聴き所であった。とはいえマイヤーの歌と演技はさすがずば抜けたもの。フランスの観客もマイヤーファンが多くて、盛大な歓声があがる。

第3幕への前奏曲は壮大な演奏で、パリ・オペラ座のアンサンブルの上手さを実感できた。エルダーの指揮は、さほど冴えているというものではないが、オペラの指揮としては堅実なもの。エルザとローエングリンの場面も、そっけない空間にベッドだけが置かれた簡素なセットで淡々と描かれる。外面よりも内面にポイントを置いた演出だ。ローエングリンが去る場面はオーソドックスに第1幕のローエングリン登場の場面が再び現れる。去り行くローエングリンとともに光りを失い、また元の廃墟に帰するような幕切れとなった。まるで人類は永遠の光を失ったかのような解釈である。カーテンコールは延々と続き、マイヤーはもちろんのこと、アンソニー、ヴィンヴェリー、ムフと盛大な拍手。さて終了してオペラハウスを出るときは既に午前0時を回っていた。そのまま人の波に乗ってメトロへ潜った。