05/01 アルブレヒト&ミュンヘンフィル定期『シベリウスとペターソン』


睡眠不足のままフランクフルト経由でミュンヘンの空港に到着したのが、ちょうど午後6時。演奏会まで残りわずか2時間しかない。スーツケースをピックアップするのに20分、さらにホテルまでタクシーで30分。7時にチェックインを終え、すぐさまローゼンハイマーにあるガスタイクに向った。ちょうど開演30分前に到着した。ここで予約したチケットをピックアップする。座席はかなり良くて、1階正面ブロック前から8列目。ここは段段畑になっているので、とてみ見やすく音響も良い。

●Muenchner Philharmoniker
1. Mai 1999 20Uhr
Dirigent: Gerd Albrecht
(Program)
Jean Sibelius
aus:"Der Sturm" op.109
Shauspielmusik nach William Shakespeare
(zusammengestellt von Gerd Albrecht)
Nr. 1 Ouvertuere(Largamente molto)
Nr. 8 Zwischenspiel(Adagio-Poco meno adagio-Tempo primo)
Nr.14 Zwischenspiel(Allegretto)
Nr.17 Geistertanz(Moderato assai-Allegro molto moderato-
Poco tranquillo-Allegro e poco a poco stretto)
Nr.19 Geistertanz(Allegro)
Nr.20 Intermezzo(Andante con moto)
Nr.28 Ariels Erscheinen(Allegro)
Nr.31 Die Hunde(Poco con moto-Allegretto)
Nr.32 Versammlung der Freinde(Largo-pocchettino affrettando-Adagio)
Nr.34 Cortege(Tempo giusto-Poco a poco stretto)
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Allan Petterson
Symphonie Nr.9
Muenchner Erstauffuehrung
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プログラムは北欧音楽特集で、選ばれた曲はシベリウスの「テンペスト」とスウェーデンの作曲家アラン・ペターソンの交響曲第9番。ペターソンはオネゲルの門下生だったらしく、1980年までの生涯に16の大きなシンフォニーを作曲したそだ。時代遅れと言われつつも後期ロマン派風の交響曲を書きつづけたとか。今日はペターソン第九のミュンヘン初演ということで興味深い。

ミュンヘンフィルはチェリビダッケという大指揮者により鍛えられてきたオーケストラだが、今はちょうど過渡期にある。今年9月のレヴァイン就任までは、いろんな指揮者とつきあい、いわゆるミュンヘンらしさがニュートラル化しているのではと予想される。

「テンペスト」では、アルブレヒトのテンポ取りにオーケストラが機敏に反応し、アンサンブルに透明感があった。時折、ブラスとか打楽器群がかつてのブルックナーのような底力を見せ付け、やはりミュンヘンらしい。アルブレヒトの指揮は地味だが、抑えるべきところはきっちりと抑えて手堅い。踊りを描写する躍動、嵐の不気味さなど描写音楽の魅力をたっぷり聴かせてくれた。特に最後のカルタゴの大きなうねりは見事。しかしテンペストは全曲通して演奏して欲しいと思った。多少の物足りなさが残る。休憩時間は2Fのカフェで一休み。もう9時になっているが、大きなガラス張から臨む外の光景は未だ明るい。次第に夏に向っていることを実感する。

続くペターソンの第九交響曲。ちょっと掴み所がはっきりしない音楽だった。全部で70分の1楽章構成を取り、じっくりとじっくりと模索を行いつつも途中に盛り上がりを幾つも持つ音楽。とにかく一つのメロディがとても長くて、メロディだと分るのに大分時間がかかる。その息の長さをフォローするだけでも疲れてしまいそうな曲だ。音の連なりを忍耐強く聴き取らなければならない。そればかりか、音楽としての主張とかアイデンティティが見えない。その為だろうか、後半部にて会場はかなりザワザワし始め、演奏中に関わらず、途中から帰る客が結構いた。オーケストラのメンバーはそういった客を横目で見るものの、じっと自分のパートに専念する。こういっては何だが、アルブレヒトも忍耐強く、世間の冷たい視線をよそにペターソン音楽に情熱を注いでいた。

しかし良く聴いてみると音楽に流れがあって、最初は混沌としたカオスであったが、音楽の流れに慣性力が増しているのが分る。この慣性力は巨大化しつつ、約一時間を経過した時点で事態は急変する。いままでは無調を主体としていながら、ここで後期ロマン派風の音楽に変貌して行く。というよりも今まで時間をかけてきたのがカオスであり、ここにきてやっと主張が生まれたという感じだ。これがペターソンの本当の顔なのかも知れない。音楽はグレツキ風の悲歌であり、次第にコラールへと変貌する。残り10分間は北欧の雄大さと、厳しい風土に絶える力と祈りに満ちていた。
さすがにブーイングはでなかった。一部からはブラヴォーの嵐が吹き荒れる。しかし客席は比較的閑散としていて、ペターソン第九のミュンヘン初演は静かなものになった。前向きな姿勢を見せたアルブレヒトはまさしく今日のヒーローであった。