Concert Report by Mr. IANIS e-mail
チョン・ミュンフン&サンタ・チェチーリア
キョンファ日本初日


5/12、東京の方々はポリーニで盛り上がっておりますが、新潟ではチョン・ミュンフンとサンタ・チェチーリアの演奏会が行われました。
当夜の白眉は、姉とやったブラームスの協奏曲。テンポからして師のジュリーニ真っ青の雄大なテンポ(ジュリーニは以前パールマンと一緒に録音しています)。全曲の演奏が45分近く(楽章間含む)。そのゆったりした旋律の正に南国風な音調の中、キョンファが裂帛の気合と共にズバッと弾き出す辺りから、もう集中力を極限まで高める演奏空間にりゅーとぴあは変容。


しかし、そこは彼女自身の円熟。楽想の変化や微妙な表情の移り変わりに、瞬時に感興を切り替え、正に自由自在。昨年のアルヘリチでのただただ恐れ入って舌を巻くばかりといった、あの演奏を彷彿とさせますが、決定的な違いは、キョンファの方により人間的な温かみを感ずること。暴言を許させてもらえるなら、音楽家、あるいは芸術家としての素晴らしさは、むしろキョンファの方に軍配を上げざるを得ない、というのが僕の感想です(勿論、二人とも凡人の批評価値など遥かに跳び越えた、特別な演奏家なのですが)。


そして、それにつけるミュンフンとサンタ・チェチーリアの透明で明るい、歌心を知り尽くした合わせの妙!大体、協奏曲の伴奏に弦楽器を15―13―12―10―8という、普通のシンフォニー・スタイルでつけるなど、よっぽどオーケストラのコントロールに自信がなければできないのでしょうが、ミュンフンは、このオーケストラの円やかで軽い弓使いを逆手にとって、逆に深々とした伴奏。素晴らしい!


ソロでは特にオーボエ。第2楽章などさしずめオーボエ協奏曲なのですが、光沢があって伸びやかな節回しは、「イタリアって、いいなぁ」と思わせるに十分。
大体、ブラームス自体、第2ピアノ協奏曲などにイタリアへの熱い思いを込めている。説得力の強い演奏であれば、ローカルな意義など関係ないことの見事な例証でしょう。
ところで、ステージの彼女、音楽の聖霊が巫女に乗り移ったがごときものなのですが、それはバックの団員とのコミュニケーションをとるために行っていることがはっきり分かります。また、ミュンフンが団員から紡ぎだす音楽世界に没入していることも。


まぁ、ステージ上に指揮者が二人いるような感じがしたのは微笑ましかったですけど。
前後しますが、1曲目の「ウィリアム・テル」序曲。
イタリアのお国の音楽なのですねぇ。メロディ・ラインがくっきりし、なおかつ心の篭った素晴らしさ。勿論、最後のマーチ部分からコーダへの追い込みなど、完璧。一気に頭に血が上ること必定。


休憩後のショスタコーヴィチの第5は、しかし先のブラームスで集中力を使い果たしたか、気合が今ひとつ乗ってこない。第1楽章の鋼の切り裂かれるような音楽を期待していた僕としては肩透かし。ホルンなどはくたびれたか、音は外すし。
と、ここまで言ってしまうと、まるで駄目な演奏だったような感じを与えますが、第2楽章に入って、例のコントラバス(ここでバスが10本になった。それに比例し、弦も各セクション、数名ずつ人数アップ)のメロディがffで弾き出されると、一気に楽団員、ミュンフンの指揮の下、ショスタコーヴィチ・モードにシフト・アップ。ミュンフンも集中力と統率力が俄然増して、後の楽章は物凄い演奏になりました。特に、フルートのソロ(第3楽章は聴かせどころ)とティンパニ(ティンパニって、体格で打つものだ、とつくづく思いました)。


昨年、大友&東京SOで聴いた曲で、まさか一年も経たないうちに2回(ザ・フィルハーモニアが7月来県しまたやる)も聴くとは思わなかったですが、ミュンフンの方が一枚も二枚も上手。


ショスタコーヴィチの寂寥感に溢れる第3楽章など、サンタ・チェチーリアで聴くと冷たい肌触りのこの音楽が、痛切なオペラ的哀歌に思われるのも、また別の趣があり、ショスタコーヴィチ自身はオペラをたくさん書きたがっていたという記述を思い出すと、こういった演奏スタイルも許されてしかるべきでしょう。
さらに圧巻はフィナーレ。遅い出だしから、ミュンフン、ひょっとしてボルコフ証言を念頭に置いたのではないか、と思いました。速ければ速いなりにアイロニーが浮かび出てきますが、ミュンフンのこのテンポで振られると、第5が尋常な状況で作曲されたものではない、フィナーレに込められた複雑な思いを感じさせられます。その上で、最後の威圧的な打楽器の連打。
それをミュンフンの指揮スタイル独特の、大太刀を一気に振り下ろす、あの物凄い気合!
この後の会場の興奮、ご想像にお任せします。


アンコールは、これまたお国もの。しかも、2月に聴いた東京SOに続く「運命の力」序曲。
こんなのフェアじゃあない!凄すぎて表現できないじゃあないですか!
もう、管楽器のソロの歌うこと歌うこと。これじゃ、歌詞のないオペラを聴くようなもんだ!


イタリア。
やっぱり凄い国です。シンフォニー演奏の伝統がないからイタリアなんて駄目だ、と思っている方はよもやこの掲示板に参加している方にはおられないでしょうが、是非、彼らの演奏会を聴きにいかれることをお薦めします。