傀儡 (くぐつ) のよしなしごと 92 [ 2011年1月 ]


Happy New Year 2011
(C) Rosa's Lounge


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2011年1月1日(土曜日)

明けましておめでとうございます
今年もよろしくお願い致します

大晦日と元旦。両日とも、ジャズ・クラブのAndy'sとブルース・クラブRosa's Loungeの掛け持ち。ピアノ・トリオ(+歌手)の静寂から、爆音のSOBへ。

週始めから上がりだした気温も、昨日はついに13℃を超え、そして今日はマイナス10℃まで一気に下がって、普段のシカゴとなる。


2011年1月3日(月曜日)

大将が風邪でお休みのアーティス。

リン・ジョーダン・バンドのサックスのMJがお友達を連れて来て、豪勢な3管ホーンズに。わぁ、高音をこんなに鳴らせるトランペットが居んにゃ。 初顔の女性歌手は上手やねぇ、アレサ・フランクリンやエタ・ジェームスの曲がこんなに楽しい。

・・・ふと気づくと、元日まで(正確には1月2日未明まで)の慌ただしさが終わって一日休んだ明くる日の今日は、まだ正月の三日。

異国に暮らす日本的歳時の欠落した日常が、年末・年始をただの忙しい週末にしてくれた。三が日はどこへいった?オレの正月はどこへいったぁ?い や、そんなものは始めからここにない。

ああ、コタツ入っておせちが食べたい!初詣に行きたい!お年玉欲しい!


2011年1月8日(土曜日)

レジェンズでバディ・ガイの前座のSOB。演奏後、速攻で次の仕事(名もない人の名もないクラブで)へ。

今週に入って、ゲスト(招待)で入れてくれないかとの申し込みが5人以上からあった。ラジオでもDJが言っていたが、毎年恒例の「バディ・ガイ自分の店公演」(1月二週目の木曜から日曜日の、4週間で16日間)のほとんどの日は売り切れている。

バディ・ガイの前座バンドの、ましてやオレらのような下っ端のゲスト枠などはないに等しい。実を言えば、一週間以上前からウチのマネージャーにお伺いを立て、SOBのVIPゲスト(大抵はビリーの客)を優先してから、残りがあれば(絶対数も定かでない)先着でという手順が煩わしく、またどこか浅ましくもあり、よっぽどの事がない限りオレは言下にお断りしている。だからYさんから演奏一時間前に連絡があったときも、事情を説明して納得してもらった。

ギターのダンがお兄さんを連れている。面倒くさくもマネージャーに通したのかと問うと、バディ・ガイのピアノのマーティに頼んだのだという。メイン・バンドのメンバーなら話は早い。しかし、オレより随分年若のマーティには、いつも彼の機材をそのまま使わせてもらうので、その上ゲストを入れてくれろと懇願するのが癪に障る。というよりも、普段自分が受付に直接リストを渡すのと違って、結局は誰かを通さねばならないのが嫌なのだ。

昔、日本の有名ロックバンドの超有名曲のピアノ(このイントロは音楽好きなら誰でも知っている)を録れた某君が招待されて、彼女を伴い某館で演奏 する彼らを観に行った。ところが何かの手違いで招待客名簿に某君の名前はなく、「俺はあの曲のピアニストじゃ!」と駄々を捏(こ)ねたものの、毅 然とした(ここはオレの想像)受付係に入れてもらえなかった。「俺がレコーディング手伝った奴らなんだ」(ここもオレの想像)と、彼女とルンルン (ここも想像)の某君の、会場へ向かう前と去るときの対照を想像すると、寒気で脳に鳥襞が立つ。

この悲劇が他人のオレにまでトラウマとなり、その後同じバンドに某城ホールへ招待されて、受付で自分の名前を確認したときの安堵は、いまだに他所様の仕事先へお呼ばれするたびに蘇る。だからそれは、招待する側の反面教師として自戒し、招待客が確実に入れるように取り計らいたいと気を使うからこそ、リスクを避けるようになったのだ。

「よお!」と肩を叩かれ、振り向くとレジェンズ総支配人のBが立っている。件(くだん)のYさんが、「じゃぁ、お店のマネージャーへメールをして みる」と言っていたのを思い出し、「さっきYさんがメールを送ったって言ってましたよ」と訊くと、彼はあっさり「うん、ゲスト・リストに名前入れといたよ」と応えた。

若い女の子枠がオレたちのよりも数の多いのは知っているけれど、はあぁぁ・・・。


2011年1月9日(日曜日)

出演夫婦が罵り合う某テレビ局の「離婚調停ショウ」の告知には、『同額を払わない限り返さないと、$3.150するギターを嫁が持ち出したので彼は当法廷に訴えた』とあった。シカゴ・ブルース業界で名の知れたVは法廷(もちろん局のセット)で一曲演奏し、勝訴したらしい。

素人同士のやり取りは本気に映るが、所詮はテレビ番組である。ましてやVはオレの大好きなブルース・マンのひとりで、彼のバンドはシカゴでも一番忙しく(月休2.3日)しているから、どこまで真剣に「訴えた」のかは分からない。

オレたちがテレビに出演するのは、本業のためのプロモーションが主で、何をしているかを視聴者に知ってもらわなければ意味がない。Vが演奏したに しても、家庭内不和を曝け出し、衆目の中で他人(判事役の著名人)の判断を仰ぐのが番組の本旨である。あの映画の役者とか、あのヒット曲の歌手など、背景の知られている有名人ならともかく、マイナーなウチらの業界では、音楽に関して一般の人に説明すべきことが多い。番組で彼の演奏に関する話が深まるとも、またそれによってミュージシャンとしての彼が理解されるとは思えなかった。

昔、ある「人気素人参加番組」から、ゲームで勝たなくても副賞のハワイ旅行をあげるから、夫婦で出演してくれと頼まれたことがある。既知のプロデューサーは、ミュージシャンという肩書きを含めたオレの経歴に興味があったらしいが、そこに出演する「まったくの素人でもない」微妙な立場に躊 躇してしまい、もう少し自分の名が知られてからと断ってしまった。そんな状態で顔出しすることが格好悪いと感じたのだ。

音楽番組でもインタビューでもないことに対して、オレのようなこだわりはVになかったのだろうか。堂々と演奏するにこやかな彼を想像すると、少なくとも、格好悪いテレビ出演ではなかったはずだ。演奏だけではなく、素に自信がなければなし得ない。「売り出す」とはそういうことだ。オレは自分に自信がなかった。名分は何であれ、自分を知ってもらう機会を逸した。

シカゴ随一の情報誌 "Chicago Reader" のローザス・ラウンジの広告には、

Divorce Court's Blues Star
(離婚調停のブルース・スター)
Vance Kelly

と銘打ってあった。おいトニー、煽ったるなや・・・。