傀儡 (くぐつ) のよしなしごと 67 [ 2008年5月 ]



2008 France Tour, Caen.
Photo by Ariyo

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2008年5月3日(土曜日)

SOBでロザ。このところウチの動員が好調。今日も大入り満員で、大将からはおひねりが出た。

ところで今年のシカゴ・ブルース・フェスティバルはオレの出番がないと思っていたのに、7日土曜日の午後6時から、"Mississippi Juke Joint"で"Rosa's AllStar Jam Band"の一員として演奏することになっているらしい。何のことはない、毎週木曜日にロザで演ってるブルースジャムのフェス版。ただし、午後8時からビリーらとレジェンズが入っているので、ギリギリまでしか楽しめない。


2008年5月5日(月曜日)

アーティスでの機材搬出中に、生涯4度目のぎっくり腰。子供の日(実際は日付の明けた6日未明)なのに・・・って関係ないが、何となくそう言いたくなってしまう。イチローや松阪のように、身体をケアする専属のトレーナーが欲しい。


2008年5月10日(土曜日)

連日のキングストン・マインズでSOB。

フランスツアーから戻って以来、新メンバーのダンも慣れてきて、エネルギッシュなステージが続いて楽しい。ただし、ダン以外が若くないので、2セット目以降は息切れするのが悲しい。


2008年5月20日(火曜日)

予約係のおばさんから「健康保険はどこなの?」と訊かれ「自腹」と答えると、彼女は正価$3.000の胃カメラ代を$1.600にしてくれた。日本ではあれほど苦痛だった検査が、完全麻酔にて、マウスピースをくわえ横たわったと思ったら目覚めて終わっていた。担当医から「胃炎」との所見を告げられる。

胃の痛みは治まれど、懐の痛み悪化す。


2008年5月22日(木曜日)

胃カメラの検査結果を受け、I医師より処方された薬を求めて薬局へ。

「保険は?」
「ありません」
「これ、高いですよぉ」
「いくらでしょうか?」
「ちょっと待ってくださいね・・・」

若い薬剤師がパソコンのキーを叩きながら画面を覗き込む。固唾をのんで見守った。

「・・・$403.・・・」

小数点以下は耳に入らない。時代劇のドラマで、「おとっつぁんの薬代がぁ高くてぇ手にはいらねぇんだぁ」と嘆く町人の台詞が宙を飛び交う。

「ちょっといくらなんでも自腹では大変よねぇ、クリニックに電話して、先生にジェネリック(同じ効果の後発医薬品)を訊いてあげるわ」
「お若いのにご親切なことで、ありがとうごぜえますだ、娘さん」

ギックリの後遺症の残る腰が一段と低くなる。そして善意のI医師は応えてくれたが、それでも$150ちょっとの薬代。

日本の近未来と予言する人有り。


2008年5月23日(金曜日)

昼の1時過ぎに家を出発。

突然逝ってしまったアンプを持って楽器屋へ寄り、3時にはサウスサイドのビリー宅へ。彼が所有するPA用アンプをお借りし、しばし雑談の後、ダウンタウンから西へと向かい「ブルース・シンポジウム(詳細はBSR誌にて、オレゴン大学のI氏が寄稿の予定と聞く)」の催されているドミニカン大学へ。機材の搬出入路の長いこと。6時から8時までジェームス・ウィラーさんと演奏。機材搬出をI氏に助けられながらも、再びダウンタウンへ戻ってバディ・ガイのお店。そこでようやく一時間程の休憩。レジェンズで初めて食べ物を注文(BBQチキンサンド)し、誰もいない二階の楽屋で黙々と食す。ミュージシャン5割引の特典があることも初めて知った。SOBでの11時からのステージの終演は午前2時前、帰宅が午前3時。

金曜日のダウンタウン周辺は呆れる程混むのに、今日一日で3回も通過した。総走行距離は100km余なのに、車を運転していた時間は延べ4時間以上。それは奇しくも総演奏時間と重なった。

機会があるたびに書いているが、こんな生活を週5で送っている日本の働く人々よ、尊敬致します。


2008年5月24日(土曜日)

昨日に続きジェームス・ウィラーとハーレム・アヴェニュー・ラウンジで演奏。フィリピン人のおじさんがオレの演奏に、異様なほど盛り上がっていた。

休憩でタバコを吸いに外へ出ると、おじさんが話し掛けてきた。

「アンタ上手だね、ワシそこでタバコ屋やってるんだけど、アンタにパーティの仕事頼むと幾らかな?」
「私一人ですか、それとも今日のようなバンドで?」
「いや、どっちでもエエんじゃが」
「あまり一人では請け負ってないんですが、バンドだと相場は$2.000くらいでしょうかね。規模にも依りますが」

多少酔っているのか、おじさんの身体は左右に揺れている。オレは適当に相手をして切り上げるため、それこそバンドに依っては数百ドルで済む話を大袈裟にしていた。

「アンタ一人で$2.000かね?」
「いや、だから4人組などのバンドの話ですよ」
「娘の誕生日のパーティなんだ。アンタの演奏が気に入ってるんで呼びたいんだが、アンタに$2.000払うと引き受けてくれるのかい?」
「一人だとそんなに要りませんよ。でも今はあまりそういう仕事をしてないんですよ」

「そうかい」と言ったまま、彼はしばらく宙を見つめていた。時にはただのBGMに過ぎないような、「営業の仕事」を断るほど恵まれている分けではないが、怪しい話は真に受けない方が良いし、おじさんは確かに酔っていた。それでも彼が目尻を垂らせてオレに笑顔を向けると気の毒になり、思わず口から言葉が出ていた。

「ちなみに、どういった音楽を望まれているんですか?」
「アンタが今演奏していたようなヤツだよ」
「仮に私が演奏しても、リクエストなんかにお応えできるほど、パーティ用の持ち曲はありませんよ」
「構わんさ、アンタが好きな曲を好きなように演奏してくれるだけでエエ」

まぁそれくらいのことなら、人の良さそうなおじさんの顔を立てても、オレが嫌な思いをすることはないだろう。

「時間は?」
「5時間」
「いや、パーティの時間ではなくて、演奏時間です」
「ああ、パーティの間中、弾いていて欲しいんじゃ」
「えっ、5時間連続!?(耐久レースか!)」
「そう。ほんでアンタにはどうやって連絡すりゃエエんじゃ?」
「この名刺のアドレスに、メールで問い合わせてください」
「アンタ一人で$2.000じゃな」
「ハイ!」