傀儡 (くぐつ) のよしなしごと 74 [ 2008年12月 ]

Barack Obama's Victory Speech 11-4-08. Grant Park.
(C) Tony Mangiullo

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2008年12月3日(水曜日)

チコ・バンクスが突然死んだ。悲しい・・・。


2008年12月4日(木曜日)

ガソリン代、1.72ドル/ガロン(約40円/リットル)にまで下がってきました。夏の4割、半額以下の冬の大特価ですかぃ?いや、これが適正価格でしょ。自由な経済活動という名目の、大金持ちしか本当の得をしない投機に対し、断固とした規制をして欲しい。そして彼らのギャンブルのツケを我々に払わさないで欲しい。

気温、-15℃・・・もう慣れたけど、いや、やっぱり慣れへんか。寒くない。痛いだけ。


2008年12月6日(土曜日)

バディ・ガイズ・レジェンズでS.O.B.。ー16℃の凍てつく夜に出掛けるのは辛い。

レイクショア・ドライブに入ると直ぐに大渋滞となる。土曜日とはいえ、午後9時にこの事態はあり得ないので、きっと事故に違いない。30分ものろのろさせられて、ようやくパトカーや消防車、救急車にレッカー車などの点滅灯の大群が現れてきた。青に赤に黄色と、まるでキャバレーの祭り状態、もしくは闇に浮かぶ孤島のカジノだ。 

5台を巻き込む大事故のようだが、それほど大破した車は見られず、待機した救急車も動く気配はない。4車線の内、中央分離帯側の一車線のみを通行させていたが、事故には真っ先に駆けつける救出のための消防車が、他の3車線を塞いでるだけで、たとえもう一車線開けたとしても、現場検証や路面は問題なさそうに思えた。まぁこの寒空に出動させられて、大してやることもなく、それなら存在感だけでもと道を塞いでいるのか?実際は何も考えてないに違いない。

交通量の多い2車線の狭い道や一方通行の細道で、違反車をそこに停めさせたまま取り調べるパトカーは、おのれが渋滞の原因を作っているという認識がなさそうだ。そいつは凶悪犯で、逃走する恐れが大なのか?半ブロック先の横道に入って停めさせろよ、と怒鳴りたくなるが、「任務遂行」という大義があれば、何でも可能なのが権力というものかも知れない。

現場を抜けると当然前方はガラガラで、ずっととろとろ走行させられていたからスピードが出やすくなるのは人の心理。制限速度が45マイル/時(70キロ/時ちょっと)のレイクショアも、冬の規制で40マイル/時(約65キロ/時)になっているにもかかわらず、70程(110キロ/時以上)で飛ばす者が多い。水曜日に降った雪も綺麗に除雪され、道は乾いているから凍って滑ることはないだろうが、この先で誰かがまた事故ってたりしてと思っていると、数分走って再び渋滞になる。

おいおい、11時半からの演奏に間に合うのか?間に合うとしても、11時からはステージのセッティングが始まるし、それまでに車をどこかへ駐車せんと。

やっぱり、事故その2。

今度の消防隊員は活躍中だった。レイクショアを飛び出して木に激突した車内の人を助け出そうと、6人程が大破した車を取り囲んでいる。救急車は数台が待ち受け、5.6台のパトカーはまだその数を増やそうと、あちこちからサイレンが聞こえてくるホヤホヤ事故だ。

2車線が開いていたので、余りゆっくり見物する分けにはいかなかったが、同じ道で同じ時間帯に二つの事故とは、奇遇なようでもそれなりに納得がいく・・・って、のんびりしてはいられない。かといって自分が事故を起こしては、三の舞を踏むことになってしまう。今度は周りの誰もが慎重に運転し始めていた。

結局レジェンズに到着したのは10時過ぎで、普段は30分の道のりを一時間半以上も費やした。それでも店の真横に駐車できたことが嬉しい。事故もなく早くに来ていれば、このベストの駐車スペースが空いていたとは思えない。二つの事故でイライラさせられたのは間(ま)が悪かったが、結局は間が良かったってことだ。「禍福は糾(あざな)える縄の如し」とも言うし、「災い転じて福となる」とも言う。エラいちっちゃい福ではあるが。


2008年12月8日(月曜日)

ひえぇっ、あったかい。氷雨とはいえ夜でも摂氏5度。

87th通りに在るアーティスへの出勤道のフリー・ウエイが混み始めた。また事故(先週の土曜日)かと考えたが、救急車や消防車はなく、さっきから緊急灯を点滅させた覆面を含むパトカーのみがやたらと走りゆく。

ダウン・タウンから南へ伸びた州間高速道路の90・94号線の、上り車線と下り車線の間を走るCTAトレイン(レッド・ライン)は、それと直角に交差する道の高架橋(つまりココでは、高速道路と線路が一般道よりかなり低い所を走ってるってこと)に駅の出口がある。69th通りの駅の出口付近に数台のパトカーが停まっていると思ったら、79th通りの駅にも何台か集まるのが見えた。

87thまで待てず83rd通りの出口で降りる(実際は上がるのだが)と、後続の車の天井灯が点滅した。ひえぇっ、パトカーだったんすかぁ。私、何かしましたか。減速したら、青色ピカピカはスピードを出してすり抜けて行った。そして87thを左折すると、おるおる、駅の出口を塞ぐようにパトカーたちが。数名の制服警官が下のプラットホームへ駆け下りていく。こりゃ95thの駅付近も緊急配備されたに違いない。そして意味するのは、CTAの電車内で何かがあったということ。乗っ取り(ハイジャック"Hijack")か!?

アーティスで皆に訊いたが誰も知らなかった。帰宅して地元TVのニュースを見ても、ネットで調べても何も出てこない。クスリに銃にと、一旦事が起こると最悪なアメリカは、警官が過剰に応えることも多いから、きっと何もなかったのかも知れない。
 
しかし何かが起こっていたとして、各駅を封鎖しても、ブルース・ウィルス主演の「マーキュリー・ライジング」みたいに、賊が途中で電車を停めて逃げたらどうしただろう。シカゴ市警がそこまでパーだとは考え難いが、ウチのモーズにギタリストの某(ぼう)やドラマーの某(なにがし)らが元警官で、ロザに良く来る素人ドラム誰某など現役であることを思うと、断言できないのも辛い。


2008年12月11日(木曜日)

見た目は若いが実年齢では老いた京都の母をファースト・クラスで呼び寄せた。

この7年間で貯めたマイレージ(アメリカン航空で13万マイル余)を使い、正規料金が150万円もするところを、手数料と税金の$60程で得られるマイレージ特典。その上、アメリカンと提携するJALを利用出来る。今回は空席の関係から、帰路はアメリカンとなるが、一生に何度も出来る親孝行ではないので、次に呼ぶときはマイレージを使わなくても購入出来る身分になっていたい。

ローザス・ラウンジの木曜オープン・ジャムの今晩、イタリア・ツアー中のジェームスの替わりを誰にしようかトニーと相談した結果、ダン・コスケアリィを抜擢することに決定。ん!?ダン・コスケアリィって誰!S.O.B.の若手ギター・ボーカルのダン君です。

今日はピアニストが二人も来ていたので休憩が多くてラッキー。いや、この表現は反感を買うな。演奏したい人の方が多いのだから、音楽を生業にしていること自体がラッキーなのであって、休憩がラッキーなのではない。ただ、何がしたいのか分からないセッションをする人もいて、そういった自称ミュージシャンたちとの苦痛の時間から逃れられることはラッキーに違いない。

タバコを吸いに表へ出ると、ロザから西へ4軒目の角に在る商店を囲むように2台の消防車が停まっていた。周りにはホースが広がっていて、消火後の気配はするものの、火事場特有の焦げた臭いはしない。近くへ寄って消防士に訊ねると、「火災警報が鳴ったが店は無人だったし火の手も確認出来なかった。誤作動のようだ」と素っ気ない。店の入口辺りはガラス扉が粉々にされて踏み込まれた跡が生々しく、最小限の破壊で侵入するといった心配りは彼らにない。

消防という特殊性を考えても彼らの破壊癖が単純に映るのは、消化作業を伴わないときの行動に顕著だ。大昔、ハルステッド通りのクラブ「ブルース」前の路上でガソリン臭が強くなったため、みんなで臭いの源を探ると、停められていた古い車からガソリンが少しずつ垂れているのが確認された。「ポタッ・・・ポタッ・・・」程度ではあっても、溜まりが広がり、タバコのポイ捨てからでも引火すると大変なので、消防署に連絡を入れると大型の消防車は直ぐに現れた。

それでオレはステージへ上がったが、終わって戻ると、辺り一面は水と白い消化剤の海で、先ほどより強いガソリン臭が立ちこめている。ドアマンの某が「あいつらさぁ、斧やツルハシみたいなもの持ち出して、プッ、ガソリン・タンクを壊し始めたのよ。俺ぁ、火花か何か飛んで引火しないかと恐かったけど、タンクに穴開けてガソリンを全部流しちゃえば解決だって。実際にほら、ガソリン・タンクは空っぽになって、まぁ大丈夫っていやぁ大丈夫だけど、この車誰が持ち主か知らないけど、ビックリするわなぁ」と呆れながら説明してくれた。

日本では廃車でもこちらではまだまだ活躍する車は多い。その車は現役の顔をしていたが、車体の後方下部からは古びたタンクがだらしなく垂れ下がっていた。タンクごと外そうとして失敗したようだ。ジャッキで車体を上げて、ガムか何かで穴を塞ぎテープで留めるとか、面倒なことは一瞬でも考えなかったらしい。ガソリン漏れ、即タンク破壊。

厳寒のシカゴでの消防士が大変な仕事であることに変わりない。ギャング同士の銃撃戦が終わった頃に駆けつける警官と違って、延焼を防ぐために一刻を争う消防士は、出動要請が入ると無条件で飛び出すという。

すでに早い退職・引退を決めているオレと同い年のハーモニカ・消防士M(レスキュー隊所属)は、勤続35年での年金支給・月額$6.500(約60万円に健康保険も従来通りのカバー)を楽しみにしている。誰が歌っていても誰がソロを弾いていても、曲のすべてが彼のソロ・パートであり、間断なく吹き入れるMのハープは、目的に向かって一直線の消防士の過激な破壊音であった。


2008年12月12日(金曜日)

H.O.B.でロブ・ストーンと、10時までのプライベート・パーティに続いて午前様までレギュラー営業。つまり夕方6時から1時半まで、合間に15分の休憩をはさんでの5セットは久し振りに疲れた。 

京都の実家からバス停二つの所に在る、ブルース喫茶「ザコ」でバイトするT君が訪れる。何もこんな寒い季節のシカゴに滞在しなくてもと思われようが、この時期が一番シカゴらしいので大歓迎。これから彼が、決して京都では味わえない厳寒を体験してくれると想像して楽しい。


2008年12月15日(月曜日)

シアトル在住の妹家族のところへ、オレの家族(奥様と愛息子)と母が招待された。

見送りのオヘア空港では出発口に国際線との区別がなく、故国へ帰る家族との惜別とでも勘違いしたのか、手の空いたセキュリティの男性がオレを手招きしてくれて、ゲートの直ぐ近くまで入ることが出来た。

母が持ち込もうとしたキンチョウの使い捨てカイロが取り上げられた時には、彼が担当係員に説明しオレに手渡してくれる。まぁ、そのためにずっと待ってたのだが、カイロのような化学物質が機内持ち込み出来ないことは、チェックインのときに確かめておけば良かったのに、それを怠った自分に責任がある。室内の暖かいシカゴと違い気候の穏やかなシアトルの涼しい部屋に備えて、ミツワで「あったかどんと」を買い求めた母が可哀想でならなかった。

夜アーティスで事情を知る誰かが、「アンタ、今週は独身("Bachelor")ね、ふふふ」と微笑んだ。いや、彼女のいう意味は分かるけれど、家のことは奥様に頼り切っているだけに、結構不安な一人暮らしなんですが。


2008年12月17日(水曜日)

昨日から降り続いた雪は、既に10センチ以上は積もっていた。今週まったくの一人暮らしであるオレは、昨日今日と完全休暇ではあるが、憂鬱な雪のために一歩も外へ出る気がしない。それでも何らかの食料を徒歩で買い出し、その後は、溜まりに溜まった日記の更新(11/22付けから9本分)に務める。管理人様にはいつもご迷惑をお掛けしています。


2008年12月18日(木曜日)

ローザス・ラウンジ木曜レギュラーのジェームスがイタリア主張のため、トニーはエディ・テイラーJr.を代役に立てていたが、オレはビリーらとキングストン・マインズだったので、久し振りのエディとの演奏が出来ないのは知っていた。

テレビでは、昨日から「冬の嵐警報」を流し続けている。シカゴ市内の予想降雪量は8-12インチ(2-30センチ)。気温は-5℃と高い目(!)だが、その分、降雪量が増え、おまけに未明からミゾレとなって下を凍らせ路面状態は最悪になるらしい。遠出をキャンセル出来ない人はガソリンを充分補給して、「水・食料・スコップ・懐中電灯・携帯電話の充電・毛布など」を忘れずにとキャスターが強調するのは、昨シーズンのコロラド(だったと思う)の山中で遭難した家族が念頭にあるからだろう。

中国系アメリカ人の4人家族は山林道に迷った挙げ句、車は吹雪で立ち往生してしまった。その後の映像ではレクサスのRX350に見えたが、仮に全輪駆動でもあの雪深さではUターンもままならなかっただろう。不幸なことにガソリンは尽きてしまって、厳寒に耐えられずタイヤを焼いて暖を取ったものの、父親と9 歳の娘(だったと思う)は助けを求めて外を彷徨い遭難。車内に残った母親と乳飲み子のみが凍死寸前で助け出されるという、痛ましい出来事は忘れられない。

「今晩は外へ出ないで、出来るならお家でじっとしててね」と親切なお天気おじさんの忠告が、今晩のライブの不入りをも想像させた。

夕方電話が鳴ってビリーからのキャンセルの知らせかと思ったが、ロザのトニーだった。

「エディの調子が悪いらしく、今日は来られないって」
「ふむ・・・」
「ロブ・ブレイン(白タップのロブ)もトロンゾもピート・ギャラニスも空いてないんだ。どうする、またダン(2008年12月11日参照)に頼むかぃ?」
「ダン君は出来ないよ!」
「どうして?」
「前から君に言ってたでしょ、今日はSOBでマインズなんだ」
「ゲロっ!って、アリヨは今日ビリーとマインズ・・・忘れてた」
「まぁ、この警報なら客は来ないだろうし、いつビリーからキャンセルの電話が掛かってくるかと期待してるんだけどね」
「じゃぁ、今日のローザスはキャンセルしようかな。ロザ前の道はスノー・ルートで、積雪が2インチ(約5センチ)超えると(除雪車が来るから)駐車禁止だもんね」
「そうそう」
「そうだよね、客来ないよね、来ても駐車出来ないよね」

トニーはあっさり決断したが大将からの連絡はなく、結局オレは渋々車を出す怠け者であった。

最悪の駐車状況を考えて、いつもより30分も早くアパートを出たためマインズ前に駐車場所を得たが、このハルステッド通りもスノー・ルートである。ところがここは午前6時から除雪作業が始まるので、「店を閉める」までの決断には至らなかったようだ。案の定、週末は数百人が蠢く大きな箱に数十人という閑散さは、天候が理由とはいえ演者としては侘しさがつのる。

この冬の街の運転者はスノータイヤもチェーンも装着しない。夜が更ければ積雪は増し、自分の運転よりも他人の運転に気を付けねばならないことで神経を摩滅させられることを呪うが、同時に、生活する、金を稼ぐということの意味を知る。

休憩中に斜(はす)向かいの"B.L.U.E.S."を覗くと、2部制に分かれて二つのバンドがブッキングンされていた。1部:ロブ・ブレイン、2部:トロンゾ。そしてトロンゾのゲスト・ギタリストにピート・ギャラニス・・・。今晩トニーが頼ったミュージシャン全員がこの界隈で働いている。

マインズへ戻ってゆっくり小用を足そうと個室を目指すと、大きな用事を済ませたばかりの男が"Be careful"と助言を吐いた。ふむ、余程止むに止まれぬ腹具合であったのだろう。クラブの汚い便座に腰掛けざるを得ない彼の心情を察すると、生々しい残り香も何もかも秘匿しておきたい羞恥心が、「気を付けてね」という滋味豊な表現になったと見受ける。すれ違いながら「了解した」と応え・・・おい、流せよ!


2008年12月19日(金曜日)

SP20'sの"Nick's"でのクリスマス・ライブ。若い男女が出会いを求め集い来る。演奏など誰も気にしていない。

崩れた様子には見えないが少々酔っぱらった感じの学生風な女性は、親子ほども年の離れた踊り好きの中年男性からダンス・パートナーに何度も指名されていた。それでも嫌がらず、むしろ積極的に身を揺らせては男性にしなだれ、彼のビールを飲み干してもなお、泳いだ視線が別の若い客に注がれているのが滑稽で、オレの目は自然と彼女を追っていた。

多少酔っぱらった女性は、その後何人かの男性と身を預けるように艶笑するものの、誰かひとりと決まって留まることがないのは、男性たちの方が少し醒めていたからかも知れない。そしてまた、元のパートナーとSP20'sのスイングに興じていた。

リーダーのモリーがゲストに呼んだ若くて可愛い面立ちのギタリストM君は、純情な内面を発露するような初々しい音を奏でる。耳に掛かるくらいの長さの髪を七三に分け、ボタン・ダウンのピンクのシャツをズボンの中へきちんと納めた清潔感は、きっと就職試験の面接官にも好印象だっただろう。

店内のめぼしい男性と一通り知り合った彼女は、ついにM君ともお近付きになった。短い休憩中に彼がどんな手管を使ったのかは知る由もないが、かなり酔っぱらった女性がM君の腰に回した手は既に蜜月カップルの動きだった。

踊り好きの男性は面白くなかったに違いない。傍に居たモリーに「おい、見ろよ。アンタのとこの若いギタリストがレイプされてるぞ」と毒づいた。男性の顎が指す方向を見ると、入口ドアと店のドアの間にあるひと坪ほどの空間に蠢く姿が見える。棒立ちのM君に手足を絡め、頬、耳、首筋を舐め回す女性は、獲物を喰わんとするニシキヘビと化していた。

店内のほとんどの男性が何かを警戒して一線を画していたのに、中年男とM君の純真さは重なり合い、それぞれに違う結果をもたらしたのを、おそらくオレと同じ目線で眺めていたドアマンは知っていた。次のセットの演奏中、ふらつきながらM君に近寄ろうとした女性を押し止めたドアマンは、オレの微笑みを見て力を弛めた。M君はモリーを気にしながら足を踏み出し、連絡先を記したメモをさっと彼女に渡すと、澄ました顔で元の位置に戻る。

クラブで出会いを求める酔った女性との付き合いが続くのを期待してはいけない。女性が魅力的であっても、入れ込んではいけない。そして何よりもミュージシャンは勘違いしてはいけない。

新たに来店した男に肩を抱かれ、媚を売るように顔を傾ける彼女に気付いて、M君の音は次第に荒々しくなっていった。間もなく女性は男と共に姿を消すと、俯(うつむ)くM君からは笑顔が消えた。

そうやって傷付き、きっとどこかで誰かも傷付けて、オレたちは良いミュージシャンになっていく。


2008年12月20日(土曜日)

やっぱり地球の気候がおかしい。大雪、ちょっと暖かくなってちょこっと溶ける、ぐっと気温が下がってそれが凍る、ちょっと暖かくなって再び大雪、それが溶けて、また凍り・・・もう嫌!ブルースがハワイの音楽だったら良かったのに。

お役所の福祉課に務める方々の労働組合のクリスマス会。万国の働く人々よ、力を合わせて頑張ろう、おう!

会場はトラック組合会館の大ホール。仕出し係の人は500人分の食べ物を用意していたのに、どう見積もっても200人程の集まりは、気温-7℃、風 -20℃の吹雪のせいだ。

床が水浸しなのが気になったが、綺麗なトイレの個室でゆっくりと小用。済ませて水を流すと・・・わっ!溢れ出る、溢れ出る、詰まってたのか、それも、こいつが元凶。思わず飛び退き退散、退散。大きい方でなくて良かった。

予想よりも多い目の分配に、大将のメンバーを大切にする方針を確認。意義なし!

強さを増した吹雪の中、気分良く機材を搬出してエンジンを掛け、車に積もった雪を綺麗に払ってドアノブに手をかけたら開かない。えっ!?ロック・アウト?いや、シャレ(工場閉鎖)ではなく、車の中にキーを残したまま閉め出されてしまった。

原因は分からない。大昔の福井県の田舎で、同じニッサンのセドリックのドアを閉めたら、風で勢いがつき過ぎて、その反動からか鍵が掛かってしまったことがある。この"NISSAN MAXIMA"は5年近く乗り回しているが、無意識でも自らロックするはずもなく人生二度目の閉め出し。

何かあったとき(2004年1月29日参照)のためにスペアー・キー一式を持つ、マキシちゃんの元オーナーのNに救援を依頼する。彼が住んでいる郊外からここ(ほぼダウン・タウン)までの吹雪の道のり(約50km)を考えて一瞬迷ったが、時間は午後11時を過ぎたばかりだったから叩首してお願い。優しいダン君が、彼の車内で一緒に待ってくれる。

「いや、行くのはエエねんけどな、メシ作ってて出来上がったばっかしやってん」。新車ボルボのワゴンを駆り、一時間程で到着したNは、言葉とは裏腹に迷惑そうな表情を見せなかった。謝辞を言うオレに「ノー・プロブレム」と去っていくダン君。肌を突き刺す寒風も暖かい。


2008年12月21日(日曜日)

年の暮れも押し迫ってきた日曜日、最高気温が-15℃、最低が-20℃、風による体感温度は-30℃を下回り、睫毛が瞬時に凍って目蓋も開け難い。ああ、今日は仕事がなくて良かった。


2008年12月25日(木曜日)

マクドも含めてほとんどの店が休むクリスマス。ただ今日が木曜日でロザが休みってことは、正月も木曜日で、オレは仕事を二つも失うこととなる。


2008年12月27日(土曜日)

年の瀬も押し詰まった土曜日、最高気温が16℃、最低が?1℃、風が生暖かい霧雨のシカゴはTシャツで外を出歩く人も多い。ああ、今日は仕事がなくて良かった・・・アカンがな。


2008年12月29日(月曜日)

デルマーク・レコード(デルマークから出るとは思えないが)でのスタジオ・セッション。

レジェンズの音響のデイヴからの依頼だったが、スイス出身のクリス・ハーパー(ハーモニカ)のアルバムとしか聞いていなかったので、ベース:ボブ・ストロジャー、ドラム:ウイリー・スミス、ギター:リトル・フランクらが登場してビックリ。何のことはない、オレとパイントップが交代したパイントップ・パーキンス・バンドじゃないの。

集合が朝9時半と早かったけれども、一曲$$$で請け負って2曲と聞かされていたのに5曲も録れられたのはありがたい。年末のささやかなボーナスとなる。

それに何より、たっぷりどっぷりドロドロのシカゴ・ブルース三昧だったのが嬉しい。みなさん、キメは決まらないし、テンポは動くし、コードは間違えるし、進行も把握出来ない方もおられるが、それがブルース、これがブルース。王道のシャッフルは永遠なり。

デルマーク・スタジオでのマディ・ウォーターズの遺児たちとの作業。そこに居るオレの幸せを、この一年の締めくくりとしたい。