傀儡 (くぐつ) のよしなしごと 61 [ 2007年11月 ]


Lucerne, Swiss
Photo by Ariyo

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2007年11月11日(日曜日)

中世の町ルツェルンでは、五つ星のホテル・シュバイツァーホフに10連泊。そして帰米の朝・・・。

スケジュール表には「ロビー集合、午前9時。出発午前9時半」とあった。ウチも含めて3バンドが空港へ向かうため、大型バスが貸し切られている。

普通に払えば¥3.800ほどの朝食バフェにはまだ二回しか行ってなかったので、前日フロントには「7:55AM、8:00AM」の二度の目覚ましコールを頼んでおいた。

枕元の電話の音がけたたましく鳴っている。寝ぼけた手つきで受話器を上げるといつもの「お目覚め鳥」の声はなく、無機質な信号音が繰り返されていた。(はて、このコールは最初のものか?)と舌打ちしながら時計を見ると「9:42AM」・・・。今の電話は、いつまでも姿を現さないオレを叩き起こすものだったに違いない。

人生で何度目かの頭を真っ白にした状態で、考えるより先に身体だけが高速で動いていく。服を引っ掛けて大型スーツケースを抱え、ドタバタと部屋を飛び出しエレベーターのボタンを押すと、遠くでドアの開く音がした。振り返ると、スイートルームに滞在するココ・テイラーが何事かと顔を覗かせている。ぺこんとお辞儀したが、彼女にはオレが誰だかは分からなかっただろう。

エレベーターの扉が開くと同時に入ろうとすると、箱から出る先客とぶつかりそうになった。ビリー・・・。彼は穏やかな笑みを浮かべて『オレがスーツケースを持って行ってやるから、(忘れ物がないかどうか)もう一度部屋をチェックしてこい』と勧めた。

みんなへ詫びながらバスへ乗り込むと、ニックが日本語で『ネムイィ?』と声を掛ける。のんびりとしているのだけではない彼らの優しさに救われる。


2007年11月12日(月曜日)

ルツェルン滞在の何日目だったろうか、客の誰かが『初日のステージでのお前のソロが、もう"Youtube"にアップされてるぞ』と教えてくれたのをすっかり忘れていた。今晩アーティスで『"Youtube"でアリヨのソロ観たよ』とダン新メンバーから言われて思い出し、検索すると!!!映ってるのはほとんどオレだけ・・・。あんな真横から撮られていたなんて、まったく気付かんかった。

オレにとってはちょっとオイシイが、肖像権・著作権の類いはどうなのだろうか?ロックウッドが『ヨーロッパは盗み録りが多くて嫌い』と言っていたのを思い出す。本人に承諾なく撮るのって、どこか軽く見られていて癪だから怒ろうかな。でも、商売(2003年9月25日参照)してるのなら別だけど、今の時代この程度のことで目くじらを立てても仕方ないか。ましてオレなど下っ端の無名選手なんだから、ってゆーか自分で聴いてみて前ほど(今一度2003年9月25 日参照)の恥ずかしい演奏でもなく、大将が『アリヨォ!』って煽ってるし、客の『ブラボー』って声も微かに入ってるんで、どこかから削除願いがないことを願ってたりする。

*現在"youtube"の"Lucerne Blues Festival 2007"で検索するとトップに出てきます。


2007年11月13日(火曜日)

<スイス紀行>

子供の頃から「粗相」の少ない子だった。特に、テーブルに置かれたものを倒したりこぼしたりした記憶はない。ところが30歳を過ぎた辺りから何度か「自分らしからぬ」失敗を犯し、その後「注意力の散漫」を自覚するも「事の進行」は抑えられず、今では「粗相」するのが当たり前という、悲しい結論に至っている。

19世紀半ばに建てられたホテル・シュバイツァーホフの絢爛たる宴会場。ブルース・フェスティバルのスポンサーご招待の宴席。赤ワインがなみなみと注(つ)がれたワイングラスはチューリップの花のようで、その茎に当たる部分が10数センチもあり、白いテーブルクロスの上で安定性は真に悪そうだった。

挨拶に来た人と握手するため中腰になった瞬間ドキリとする。ジャケットの袖がグラスに触れて斜めに傾いていた。数ミリでも逆方向へ動けば確実に倒れる。下戸であるオレの前には何も置かれていないので油断していた。右隣に座っているモーズのグラスのようだ。視力や認識力が衰え視野も狭くなっている。衆人の前で恥をかくところだった。ところがこの日はそんな奇跡が続く。

外していた席へ戻る時に、ジャケットの裾が別のテーブル上のグラスを払う。天然水の入ったペットボトルを置いたのがテーブルクロスの僅かな折り目の上で、その途端ボトルが倒れて再びモーズのワイングラスを揺らす。次の料理を持ってきたボーイに渡そうとして、皿の縁(ふち)が左隣の女性のワイングラスに当たり音を立てる。いずれも赤ワインは溢れなかった。

物事の必然性は、それが自分の意志で避け得る場合、見えない・気付かないことも、結局は注意力が足りなかったと言うべきだろう。これらの幸運は、忘れられた頃に別の粗相となることを予感させた。

同じ夜、バスタブで温まった身体をシャワーブースへ移動しようと足を踏み出した途端、広いバスルームに大音が響いた。床に置かれた体重計の天板の端を引っかけ裏返してしまったのだ。おそるおそる取り上げると、さすがに強化ガラスはヒビも入っていない。と、ここまでが我が僥倖の尽き。

その後はブルフェス・メイン会場の関係者専用サロンにて、再びペットボトルの水をテーブルクロスの折り目に置いて転し、おまけに蓋が緩んでいて水滴を飛ばすも、その飛んだ先が、某方が清書中のSOBの選曲表の上。様々な料理の並んだビュッフェ(バイキング)の熱い物コーナー、共用の大型スプーンを料理の中へ落としてしまう。(業務用コーヒーメーカーにエスプレッソ用の小さなカップを置いてカフェオーレのボタンを押し、黒い液体を大量に溢れ出させてあたふたしていたダン新メンバーよりはましか。)トイレにて××の何々で云々して・・・うう、自尊心が崩れゆく。些細な事も含めるとキリはないが、オチが最終日の寝坊とは情けない。

明日から日本。また少しお休みさせて頂きます。


2007年11月23日(金曜日)

スイスの皆様、並びに横浜、京都のライブにいらっしゃった方々には厚くお礼申し上げます。また、お店や共演者を始め関係者の皆様にも感謝致します。

楽しかった海外公演の記憶も既に遠い彼方へ。昨日シカゴへ戻るまで、今月自宅で過ごしたのは3日間だった。今日から普通に職場復帰。バディ・ガイズ・レジェンズでSOB。はいはい、スローブルースで突然バディ・ガイ登場。今回はソロを邪魔されずに済んだ。

オレの居場所はやっぱりこのローカルなクラブなのかと少し寂しくなる。シカゴに憧れてる人からは『何でそんなに寂しくなるのですか!』と咎められるかも知れないけれど、当分大きなツアーの予定もなし、自分からリーダーの尻を叩き「底上げ」を図らない限り、現況を変えることはできないですもん。ましてや、今すぐ「フリー」の立場になることも面倒ですし。

割と楽な二セットを終えて、午前2時半にはアパートの駐車場に車を乗り入れていた。外へ出ると少し肌寒い。マイナス2℃でもアパートの中は暑く、車移動のオレには苦でない寒さなのだが、これから温度計の数字がどんどん下がっていく毎日を思うと、いよいよ本格的な冬と向き合わねばならないという気構えが厄介でならない。