Bill Lupkin

by 細沼忠夫 (ex-Harmonica Hinds Band)

(2001年3月9日記)


現在、シカゴには数多くのブルースバンドがありますが、本当の意味でのダウンホームなシカゴスタイルのブルースを追求しているバンドとなると、その数は大変限られてくると思います。ワビ・ダウンホーム・ブルース・バンドのドラマーであるスティーブ・クッシンのバンド、シカゴ・バウンドや、エデイー・ティラーJr.といったところが、古き良きシカゴブルースのフィーリングを今に伝える最右翼の人たちといったところでしょうか。
 今回紹介するハーモニカプレイヤーのビル・ラプキン(注1)もその素晴らしいダウンホームフィーリングを今に伝える一人だといえるでしょう。

彼は現在、インディアナ州北部の町、フォートウエィンを拠点にシカゴや中西部一帯で活動する白人プレイヤーです。60年代中頃からシカゴでブルースを演奏しているというので大変なキャリアということになりますが、余り知名度が高くないというのは大変残念なことです。小柄で、一見どこにでもいるようなフツーのおじさんですが、ハーモニカをブロウし始めると、まるで別人のように熱いプレイを聞かせてくれます。

僕がラプキンさんを見にいったのは、彼が毎月2回、週末のギグを行っているシカゴのスモークダディでした。僕は用事があったので最初のセットの終わり頃についたのですが、店の外に漏れてくるハーモニカの音を聞いた時、一瞬ワビさんがプレイしているのかな?と思いました。ワビさんも見に来ているはずだったので、最初のセットからゲストで吹いているのかなと思いましたが、中に入って見るとラプキンさんだったので「アレー?」って感じでした。多分、ワビさんとラプキンさんのタイム感とベンディングに共通するものがあるんだと思います。

彼の演奏も素晴らしいのですが、印象に残ったのが彼の出していたトーン。僕自身ハーモニカのことは良くわからないのですが、彼のアンプはアンティークの家具のような古いシルバートーンの小さなアンプ(彼いわく50年代初期から54年までに作られたやつ)で、太くて大きい、なんとも気持ちよい音が出ていたのでビックリしました。(小さいアンプが好きなところもワビさんに似ている!)。
ハーモニカにも増して良いのが彼の歌。低い独特の声質と、引っ張った感じで歌う彼のブルースは、経験に基づいた味わい深さがにじみ出て、オーディエンスをやさしく包みこんでくれます。声質が良いというのはうらやましい限りですね。
彼の持ち歌はオリジナルが3割にカバーが7割くらいといったところです。ダウンホームなスタイルが主ですが、クロマチックを使ったマイナーな曲や、T・ボーン系のテキサス・スタイルの曲などでもいい感じで演奏していました。
ジミー・ロジャースやリトル・ウォルターなどのナンバーを色々な解釈で演奏するバンドは多々ありますが、やはり僕はラプキンさんが演奏するようなダウンホームなスタイルが1番カッコよく不滅のものに思えてなりません。

ビル・ラプキンという人は、まだハーモニカプレイヤーの少なかった60年代に出てきた人なので、チャーリー・マッセルホワイトやポール・バターフィールドなどとは旧知の仲らしく、70年代にはジミー・ロジャース・バンドでもハーモニカを吹いていたそうです。その後、家族のことなどもあって、一時ブルース稼業を休業していましたが、ここ数年、またシカゴのコンサートガイドなどにも名前が乗るようになり、バディガイズレジェンドなどでも定期的に演奏しています。現在はステンドグラスの会社を経営しながらのブルースライフを送っているようです。

彼の現在のバンドは、ドラム、ベース、ギターそして彼のハーモニカと歌からなる4ピースのバンド。ベースにニック・モスやジョン・マクドナルドと演奏していたマイク・シャープ。ドラムには、ラプキンさんとは長く一緒に活動しているマーク・フォーネック(注2)。彼はラプキンさん同様、93年から95年にかけてジミー・ロジャース・バンドのドラマーを務めており、ついこの間もローザスラウンジで行われたジョディー・ウィリアムスのギグでも彼のバックをやっていました。彼は、話出したら止まらないらしく、ジミー・ロジャースから学んだというリズムの取り方について熱心に講義(笑)してくれました。
その他にも、ジミー・ロジャースが、シカゴスタイルのグルーヴを出すにはドラム、ベース、ピアノ、ハーモニカそしてギター2台からなる6人編成でなければいけないという持論を持っていたなど興味深い話もしてくれました。

ギタリストはどこかで見たことがあると思ったのですが、彼はマイティー・ブルー・キングスのオリジナルギタリストのギェレス・ベスト(注3)でした。このバンドでやるのは、先月のギグについで2回目ということでしたが、すでにバンドにしっかりと溶け込んでいるようです。
彼が「僕のワイフだ」といった愛用の1949年製のギブソンES350とフェンダー・ベースマン・アンプから生み出されるジャジーなトーンは聴くものを魅了し、足をストンプさせたり、体を上下させる彼独特の動きは、かなり気合が入っていて、見ていてとても楽しいです。
初期のB.B.キング、バディ・ガイそしてT・ボーン・ウォーカーなどに影響を受けたというだけあって、「アーリー・イン・ザ・モーニング」などでのプレイはバディ本人を彷彿させるように、なりふり構わず、まるで鬼神のごとくプレイしていて、見ていて思わず笑いが出るほどの痛快なプレイヤーです。演奏面だけでなく、動きで見るものを刺激するというのは、かなり重要なポイントであるということを教わった気がします。他のメンバー同様、彼も気さくな人柄で、とても好感の持てる人です。

最後になりますが、ハーモニカのホーナー社の機関紙にも紹介され絶賛されたラプキンさんは、現在までにCDを2枚出しています。ビリー・フリンやマディ・ウォーターズの息子のビック・ビル・モーガンフィールドとの新録音も済ませており、近いうちにCDリリースされる予定だそうです。彼のキャリアは再度、上り調子になってきたといえるでしょう。
日本の人にも、もっと知ってもらいたいシカゴブルースマンのひとりですね。


江戸川スリムのお節介注釈

(注1) Bill Lupkin

1947年インディアナ州フォートウエィン生まれ。
兄からの影響でマディやチャック・ベリー、ボ・ディドリー、ジミー・リードなどを聴くようになり、17歳でドラムを始め、2年後にはハモニカに転向した。
自分の実力を確かめるためにシカゴに出てきたのは1968年のこと。ハモニカを始めて2年目のことである。さっそく彼は、エイシズに参加するためのオーディションを受け、見事に合格(と言うか、飛び入りでプレイをして、その実力を認められたといったところだろう)。ジョニー・ヤングwithエイシズの一員として1年ほどプレイをする。
翌年には、しばらくショウ・ビジネスの世界から身を引いていたジミー・ロジャースのバンドに加入し、1972年にはジミーの復帰作である「Gold Tailed Bird」のレコーディングに参加。余談になるが、レオン・ラッセルのレーベルであるシェルターから発売されたこのアルバムには、長いこと彼の名前はクレジットされていなかった。しかし、1995年にキャピトルからリイシューされた際に、初めて詳しいパーソネルが明らかになり、彼の名前もクレジットされるようになった。
1999年に初のソロ・アルバムが発売になり、古き良きシカゴ・スタイルを今に伝えるアルバムとして評判を得た。

Bill Lupkin
Live at the Hot Spot

(Blue Loon BLN-037)

Jimmy Rogers
Chicago Blues Masters Vol. 2

(Capitol-33916)

Big Bill Morganfield
Ramblin' Mind
(Blind Pig BPCD-5068)
Buy Now ! "Live at the Hot Spot" at Triangle Music

(注2) Mark Fornek

長い間、シカゴのブルースシーンで活躍するドラマー。レコーディングも多く、Jesse Fortuneの"Fortune Tellin' Man"、Steve Freundの"C for Chicago"やDave Specter、Nick Mossのアルバムなどに参加している。

(注3) Gareth Best

ジャズ、ブルース、R&Bのテイストがたっぷりのスウィング・ジャンプ・バンド、Mighty Blue Kingsのギタリスト。


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