私たち「死刑を止めよう」宗教者ネットワークは、本日、萬谷義幸さん・山本峰照さん(大阪拘置所)、平野勇さん(東京拘置所)の3人に死刑が執行されたことに、強く抗議します。これで、昨年12月以来、9カ月で5回、のべ16 人が執行されました。これは最近30年の中では飛び抜けて多い執行者数となっています。最近の連続・複数への死刑執行に深く心を痛め、執行の即時停止を強く要請いたします。
鳩山前法相は、6月の死刑執行後、執行反対報道に対し、「(死刑囚は)犯した犯罪、法の規定によって執行された。極刑を実施するのだから、心境は穏やかでないが、どんなにつらくても社会正義のためにやむを得ないと思ってきた。(死刑囚にも)人権も人格もある。司法の慎重な判断、法律の規定があり、苦しんだ揚げ句に執行した。(新聞社の)軽率な文章を平気で載せる態度自身が世の中を悪くしていると思う」と、強く抗議しています。
私たちは、法相自ら「人の命を断つ」行為こそが、世の中を悪くしていると考えます。「死刑執行を自動化」して、国家による処罰権を維持強化するために、このように人の命が奪われ続けていくことに、深い悲しみを覚えます。
「極刑を実施するのだから、心境は穏やかでないが、どんなにつらくても社会正義のためにやむを得ないと思ってきた」のであれば、死刑に代わる新たな刑の設置の是非を、法相自らが進んで提言すべきだったのではないでしょうか。
死刑に犯罪抑止力がないことは、世界の統計によって明らかですが、最近1~2年、連続的に大量死刑が執行されている中で「秋葉原通り魔事件」が起きたことによっても、死刑に犯罪抑止効果がないことが証明されています。更に、死刑にされたいから殺人を犯したという事件が、最近数年間、殆ど毎年、起きています。それは死刑が犯罪を生み出すことを示しています。
私たち宗教者は、「神仏より見れば一人の生命も大地より重しとなしたもう」と考えます。人間はかけがえの無い存在であり、人間の役割とはこの世の中に争いのない永遠無窮の地上天国を建設することであると考えます。大罪を犯した者にはその資格が無いといって死刑を執行することは、社会に復帰すべく加害者に更生を促し、その人間本来の役割を果たす機会を完全に奪い、また被害者やその遺族の方々への心からの謝罪の機会をなくすものです。
加害者の悔い改めと生き直しこそ、真の意味での犯罪予防であり、そのことは被害者の心の癒しにもつながると信じています。
私たちは、犯罪の発生を社会的に防ぐ道を追求したいと思います。そのためには、欧米などですでに行われているような、受刑者に対する心理カウンセリングや教育プログラム、受刑者同士のグループワーク、出所者の社会復帰支援プログラムなど、罪を犯した人の悔い改めと生き直しを積極的に支援する更生策を発展させる必要があります。
もちろん、それとは別に犯罪被害者への支援体制がよりいっそう充実されるべきであり、私たちもそのために努力します。
日本は平安時代に810年頃から約350年にわたって死刑のない世界最初の廃止国でした。これは神道・仏教の影響によるもので、世界に誇るべき事実です。当時の日本人は、「人間は他者を生かし他者と共に生きることによってこそ、人間らしさを発揮することができ、死刑は他者の排除であって、人間らしい生き方に反している」ことを、今日の私たちよりも、生き生きと実感していたのでしょう。
現在では世界の70パーセントの国が死刑を廃止または10年以上停止しています。死刑を廃止した国々では政治家が世論をリードして、論議を尽くして決定しました。日本でも政治家が「生命権」(憲法13条及び25条)という不可侵の基本的人権の確立のために世論をリードして、死刑問題について国民的議論を起こす責任があります。私たち宗教者も、この国民的議論の形成に貢献すべく、力を尽くしていきたいと思います。
アメリカでは50州のうち、死刑を存置しているのは36州ですが、近年は執行を停止する州がかなり出てきており、2007年に死刑を執行したのは10州だけでした。
アジアでは日本国家の暴力によって、数限りないいのちを抹消された被害国(韓国、台湾、中国)が、自ら死刑執行を10年以上停止、また廃止に向けて動き始めています。
日本政府は、死刑を廃止した、廃止に向けて変わり始めようとするこれらの国々の姿の中に、被害国の赦しの姿勢を見て取る必要があり、「生命権」という不可侵の基本的人権の確立のために、死刑執行を停止する姿勢を自国に生み出す社会的責任があると言えるのです。
私たちは、いのちの尊厳に基づいて死刑制度の廃止を求める諸宗教の共通の立場から、国会と政府が死刑の執行を停止して、暴力の連鎖を断ち切り、暴力を越える道を選択することを求めます。
|