「死刑を止めよう」宗教者ネットワークは、本日の死刑執行に対し、強く抗議します。
   法務大臣 鳩山邦夫殿

私たち「死刑を止めよう」宗教者ネットワークは、本日、中元勝義さん(大阪拘置所)、坂本正人さん(東京拘置所)、中村正春さん(大阪拘置所)、秋永香さん(東京拘置所)の4人に死刑が執行されたことに、強く抗議します。特に、部分冤罪を主張している方や一審で無期懲役の方、上告しなかった方が含まれていることについては、司法過程における人権の擁護をめざした国際的な人権基準に照らして、大きな問題があると言わざるを得ません。

「死刑を止めよう」宗教者ネットワークは、仏教諸派、生命山シュバイツァー寺、キリスト教諸派、大本などによって構成される超教派の団体です。私たちは昨年12月と今年2月の死刑執行の際にも抗議声明を発表しました。また、12月16日と2月11日には、死刑廃止国際条約の批准を求めるフォーラム90、アムネスティ・インターナショナル日本とともに死刑執行に抗議する集会を共催しました。さらに、2月25日には、「連続的死刑執行を憂慮し、死刑執行の即時停止を求める宗教団体共同声明」を、賛同16団体の名前で発表しました。現在は、さらに多くの宗教者に呼びかけて、「連続的死刑執行を憂慮し、死刑執行の即時停止を求める宗教者共同声明」を準備中です。このような折、再び4名という大量執行が強行されたことに、深い悲しみと憤りを覚えます。

このような「死刑執行の自動化」ともいえる大量執行の流れを危惧して、マスコミでも死刑に関する議論がようやく高まりつつあります。その中には、死刑と司法制度のあり方、被害者と加害者の問題、生命の尊厳と人権、冤罪など、多方面からの深い洞察も見られます。このように、私たち「死刑を止めよう」宗教者ネットワークが目指してきた、「死刑についての議論を広く行い、命について考える機会をできるだけ多く設けよう」という目的が実現しつつある今、死刑の執行を強行しつづけるところに、連続的死刑執行を既成事実化しようという法務省の強い意志を感じます。こうした現状に対する私たちの考えを、前述の「宗教団体共同声明」から引用します。

 「私たち宗教者は、命は人間が所有するものではなく、人が人の命を奪うことは許されないと信じ、死刑はあってはならないものであると考えます。
 日本は平安時代に810年頃から約350年にわたって死刑のない世界最初の廃止国でした。これは仏教の影響によるもので、世界に誇るべき事実です。
 人間は他者を生かし他者と共に生きることによって人間らしさを発揮することができます。死刑は他者を排除することであって、人間らしい生き方に反しています。
 人間は相対的な存在であり、人間の裁判が下す判決には限界がありますから、誤判の可能性を避けることはできません。
 犯罪の発生は貧困・失業・格差など社会の構造的な問題と関係していて、私たちは問題を解決する責任を与えられており、特に為政者の責任は大きいのですから、犯罪の責任を個人にだけ負わせることは誤りであると私たちは考えます。
 学校教育・家庭教育において人命尊重を教えることは極めて大切ですが、国家が死刑という暴力によって人を殺していることは人命尊重教育を阻害します。
 1989年に国連総会で「死刑廃止条約」(「市民的及び政治的権利に関する国際規約」第2選択議定書)が採択され、現在では世界の65パーセントの国が死刑を廃止または10年以上停止しています。そのような世界の動向や基準に比して日本における死刑執行の実情は著しく遅れており、そのため日本政府は国際人権規約を守るべきことをしばしば勧告されています。死刑を廃止した国々では政治家が世論をリードして、論議を尽くして決定しました。日本でも政治家には世論をリードして、死刑に関して国民的議論を尽くす責任があります。
 私たちは宗教者として、加害者が悔い改めと謝罪の心をもつことを願い、被害者の心の傷が癒されことを祈り、犯罪被害者補償制度が拡充されことを求めて努力します。
 戦後の日本では、1980年代には執行数が年1、2名に下がり、90〜92年にはゼロでしたが、93年に執行が再開されました。そして冒頭に述べたように、最近、執行数が急増していることを、私たちは深く憂慮せずにはいられません。
 私たちは、国会と政府が死刑の執行を停止して、暴力の連鎖を断ち切り、暴力を越える道を選択することを求めます。」(引用終わり)

私たちは改めて、一刻も早く死刑の執行を停止し、死刑に関するすべての情報を公開して、死刑の是非を問う国民的な議論の場を設けることを、改めて要請します。



2008年4月10日
死刑を止めよう」宗教者ネットワーク