7月 6日(月) 夜
世界を観て帰ってきた
凄いマルセイユだった。試合はオランダ対アルゼンチンの激突。前半は特に面白く両チームの特徴が出てて、見応えのある好試合だった。チーム一丸で戦う両チームだけど、10番オルテガに依存する攻めを見せるアルゼンチンには、何か古典サッカーを感じさせるものがあって嬉しくなった。また、この大会絶好調の僕の大好きなベロンも前半は上り気味のポジションで攻撃的で面白かった。一方のオランダもグランドを広く使い、早いパス交換で攻め立てるという両チームが攻めの試合だった。風が強いのが気になったが、見所の多い前半の1対1だった。
後半になり運動量とバランスの良さでオランダが徐々に主導権を握る。が、たった1度のチャンスにバティストゥータが火を吹く。いかにもバティらしい強いシュートを打つが残念ながらポスト直撃する。攻めてるほうが得点が出来ず、守ってる方にチャンスがやってくる。この駆け引きがたまらない。アルゼンチンはこのチャンス入れたかったのだが、、。
オランダが攻めるが得点できないまま、小池光洋イチ押しのオランダのヌマンが後半の半ばで退場。試合が動くか、だがアルゼンチンは攻められない。ハーフラインを越えられないアルゼンチン。中盤が作れず個人技頼りのドリブルだけでは苦しい。守りではさすがアルゼンチン身体を張るが前線に飛び出す選手がいない。オランダが押してる、強い。いよいよ延長戦か。その時だった、アルゼンチンの頼りのオルテガが、、、。PKを狙ったが認められず、揚げ句の頭突き、、退場。アルゼンチンの攻め手が無くなる。あの時間のPK狙い凄く分かる気がするしそれが10番だろう。が、アルゼンチン数的有利が無くなり一気にオランダ有利に変わる。時間がない。いよいよ延長戦だ。我々の最後の試合なので、1分でも長く試合をやってもらいたいのが本音だった。イタリア対フランスが決着が着かずPK戦まで行ったのだが、この試合も少しでも長く観たかった。
と思ってた時、スーパープレーがでた。それも途轍も無いくらい凄いプレーが。今でも目にしっかり焼き付いてるプレーだ。ベルカンプ恐るべしテクニック。その足の甲に乗ったボール、切り返し、シュート、完璧。もう何も言うことが出来ないプレーだ。凄すぎる。言葉を失った。今大会で僕の観た中で最高のプレーではないだろうか。僕の目に前で起った現実。凄すぎる。勝負を決めるには相応しいゴールだった。アルゼンチンが攻めた後の長い放り込みなのだが、、、。足の甲の上でボールが止まった。あのポジションへの走り込みからの一連の動きは凄いの一言だ。
さぁ、セレソンへの挑戦権はオランダになった。場所も同じマルセイユだ。観たい〜な。因にこの日、僕に売ってくれた奴が次のセレソンのチケットも持っていて売ってくれると言われたときには、正直日本へ帰るか迷ったのだ。それくらい次の試合は観たい試合だ。
折角の誘いを振り切り、最後の夜の食事をマルセイユの駅のそばで食べる。シシカバブーだ。初めて食べたが美味しかった。それからが得意のビッグトラブル発生だ。夜の10時過ぎの寝台列車でパリに向かうので9時頃にマルセイユ駅に向かった。大きな荷物を抱えての移動は辛いので、ぎりぎりまでレンタカーを使った。だが、ここに落とし穴があった。以前モンペリエで借りるとき確認しておいた夜9時を過ぎてもハーツレンタカーは開いてるというのを信じていたのだが、何と見事に土曜日の営業は夜9時までだったのだ。時計は9時24分だった。焦った。が、何も出来ない。ポリスに訊いてもダメだろうと言われた。とにかくハーツレンタカーの前(フランスは路上駐車が殆どオッケー)に車を止めた。そこに一人の青年がいた。英語は全くダメだった。勿論日本語もだが、、。片言のフランス語で明日このキーをこのレンタカー会社に返して欲しいとお願いしたのだが、サイン帳に何か書いてくれると思ったら、こいつ自分の名前書きやがった。あー、絶望的だ。このままパリまで走るかとも考えたが疲れてるので我々はバクチに出た。
大きなドアにはリターンボックスが無いかわかりに、下に15センチくらいのスペースがあった。ここにかけようと。レンタル用紙とカギと簡単なメモを袋に入れ投げ込んだ。運を天に任して、、、。車はハーツレンタカーの真ん前だから絶対に分かるはずだし、後はこの袋をハーツレンタカーの人間が見つければ良いのだから。我々はそのまま夜行寝台にギリギリ飛び乗った。ドイツ前半負けてるの情報を同室の人から教えてもらうが、その時ばかりは車のことが気になり素直に喜べなかった。
パリのリヨンに朝の6時過ぎに着いて、ドゴール空港に向かう特別列車を探すが切符の買い方がわからない。何でも人に訊く精神なので、すぐ切符を買ってる黒人に訊ねる。親切に買い方を教えてもらい買う。が、この黒人は小銭がなく切符を買わなかった。フランスでは殆どが入るときだけのチェックで出るときはチェックが無いのだ。やるな〜この黒人。1つ目の駅で黒人と別れて乗り換える。途中あのサンドニ競技場が左手に見える。この特別電車が表玄関で、我々が行ったメトロは裏口なのだろうか。立派な道が競技場へ続く。思い出す寒さ。終点ドゴール空港に着くが、ここは出口にチェックがあり何故か我々の切符はブザーが鳴った。落ち着いて乗り越える悪い日本人。ごめんなさい。でもちゃんと一人48フランの切符を黒人が買ってくれたんだけどな〜。
ハーツレンタカーに昨夜の出来事を説明しに行く。が、まだマルセイユの店の電話が通じない。インフィメーションでドイツが敗けたのを確認する。それも3対0だった。クロアチアに拍手とドイツに驚き。9時になり、もう1度ハーツレンカーに行く。辣腕女性マネージャーがダメ社員に代わって対応してくれる。スムーズに昨夜の事を伝える。が、マルセイユの3軒のハーツのうち1つはだめだった。後の2軒はまだオープンしてないとの事。あ〜どうしよう。だが、情景描写をしたら多分大丈夫だろうと、、。まさに「 I hope」の世界。午後にチェックしてみるが我々がもうフランスに居ないので、問題があったらと日本の家の電話番号を教える。でも、かかってきても。後は「運を天に任せた」心境なのだ。
香港では今日開港の空港だったのだが、まだ設備とか完備されてなく3時間もトラブルに見舞われる。ただただ待たされた。そして、やっと日本に帰ってきた。長くも短い我々のフランスワールドカップの旅は終わった。が、マルセイユに置いてきたレンタカーが心配だ。でも大丈夫だろう。そう思わないとこの旅は完結しないからだ。今、本当のわが家に帰ってきて思い出すことが山ほどある。そして、ブラジル対オランダの生観戦が出来たと思うと、、。いや全部で14試合も観れたことに満足しよう。ひとつひとつが思い出に残る試合だったから。
狛江のコンピューター小池光洋ありがとう。計画を途中で変えての時刻表との睨めっこ御苦労さんでした。茨城のシェフ幸田光生ありがとう。毎日の献立作り御苦労様と美味しい料理ありがとう。三人での旅は辛く大変だったけど、忘れられない思い出も作れた思うし、成田空港で笑顔で別れられたのが何よりの答えだと思う。あのサンドニでの準決勝、決勝が楽しみです。今日無事、僕は日本の東京に帰ってきました。
最後に激励メールを頂いた方々、本当にありがとうございました。遠いフランスで勇気を与えてくれました。今振り返ると前半のフランス一周とか長い道程の往復とか凄いスケジュールだと思います。でもそこにはワールドカップが持つ独特の雰囲気がその場に行かないと解らない何かがあるのだと思います。だから行ったし行けたのだろうと思います。次は日本と韓国です。さぁ、どうしよう。また戦いが今始まったのです。