2011/ 3/20 頑張れ!ニッポン

2011年3月11日に発生した「東北地方太平洋沖地震」により、お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りいたしますとともに、
被災を受けられました皆さまに対しまして、心からお見舞いを申し上げます。



その日、芝浦にある倉庫の6階で「ゆず」のリハーサルをしてた。
スタジオでのリハーサルも残り二日になり、夕方から通しリハーサルを予定していて、その前にバンドのリハーサルをしてて休憩に入ったのでギターの音色が気になり
ギターの音作りをしてた時に地震がきた。

東京で生まれ育ち地震に対して揺れる事にもある程度慣れていた。
寝てる時など地震が来るのが判るほどだ。でもそんな過去の経験とかでは体験した事が無いほど今回の地震は大きく揺れ長く怖かった。

すぐにメンバーを連れてスタジオを出て出口に向かったのだが場所が6階なので外階段を使って降りるしかない。その前の踊り場で揺れの止まるのを待ったが、、、
兎に角、揺れた。それも横に円を描くように、、。僕は立ってられずに床に伏せた。尋常ではない揺れだった。

揺れがある程度止まったので貴重品、身の回りの品を取りにスタジオに戻ると中ではスタッフが機材を床に降ろしたりして対応してた。皆、冷静で凄い!
でも「命」あっての物種。スタッフを促し地上階に降りるように指示。皆急いで降りた。

地上階で全員の無事を確認した時そこでもう1度大きな揺れが起こる。恐怖がよぎる。尋常ではお台場で煙るが登る。ゆりかもめが止まりすぐに乗客が歩いてる。
ただただ皆、自失ぼう然となった。地震が怖い!!揺れが怖い!!次はまたいつ揺れるのだろう〜


その後、落ち着くまで1時間以上掛かったが、場所が危険なのでメンバーを帰宅させスタッフも早々に解散して帰路についた。
僕は渋谷に向かったのだが人が歩道に溢れ、車道には車が殆どいなかった。異常な光景だった。



今なお東京では余震が日々続いている。揺れてなくとも揺れてる気がする。まだまだ恐怖心は完全には消えてない。


それでも僕は希望に向けて絶対に音楽は必要だと思ってる。戦後最大の東日本の苦しい時、僕らは何が出来る事なのだろうか〜


「東北地方太平洋沖地震」により、お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りいたしますとともに、
被災を受けられました皆さまに対しまして、心からお見舞いを申し上げます。


                                            2011年3月20日午後10時。東京の自宅にて