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ビールの友006
終電が出た後に
1996.08.28

 学生時代はとにかくよく飲みに行った。金もないのに飲みに行った。ほぼ毎日飲みに行った。

 吉祥寺に住んでいる一番いい点は、どんなに遅くまで飲んでいても電車の心配をする必要がないということだ。

 お気楽な学生のことなので、人が町からいなくなり、飲みやすくなる11時過ぎに飲みに出かけていた。吉祥寺発の最終電車が11時30分で、よそからきている人たちはだいたいこの時間に帰っていく。まだ残っているのは、地元の人間か、朝まで飲む覚悟を決めた人たちだ。

 この人たちにとっても、僕らにとっても、終電が出た後が「さぁ、本番だ!」という感じでありました。

 今は若い人があんまり飲まなくなっちゃったようで、朝までやっている店自体が極端に少なくなっちゃったけど、このころはあちこちの店が朝までやっていた。

 朝まで飲む覚悟の人たちはよしとして、仲間内で飲んでいて、一人が立てなくなるほど酔いつぶれ、仲間から「起きろー!」とケリを入れられている奴とか、自分のゲロに前のめりに倒れ込んでいるサラリーマンとか、いろいろなものが見られるのも、終電後に飲む楽しみの一つである。

 僕が学生だった頃と、チェーン店の飲み屋が台頭してきたのとは、時期がダブっている。

 チェーン飲み屋はいろんなものを持ち込んできた。代表がサワーだ。焼酎をレモンの炭酸で割る、それだけの飲み物で、安くて飲みやすく、しかも二日酔いになりにくいという便利な飲み物だ。

 それ以前に炭酸で焼酎を割るものといえば「ホッピー」しかなかった。こちらは今ではめったにお目にかかれない。アルコール抜きのビールのような飲み物「ホッピー」というのがあり、これで焼酎を割って飲むのだが、おせじにもうまいものではなかった。

 チェーン飲み屋が持ち込んだもので、次に大きいのは外国人のアルバイトではないかと思う。

 最初、チェーン飲み屋で働いていたのは日本人のバイトだった。そのうちあちこちの外国人が入ってくるようになった。中国、韓国、台湾、アメリカ、イギリスなどなかなか多彩だ。

 イランやブラジルなど、今ちまたにあふれている人たちが日本に入ってくるのはまだ後だ。

 午前2時。チェーン飲み屋の一つに入り、カウンターに座って友達と二人で飲んでいた。この店は魚ものが売り物だ。近頃はやりのピザだの、なんたらソーセージなどチャラチャラしたメニューはない。ワカサギの天ぷら、各種お刺身、青柳、ホタテ、酢の物などなど、純日本風のメニューで、こちらも日本酒を升酒で飲んでいた。

 この店でカウンターに座る最大の楽しみは、目の前で板さんが料理をしているのを見られるというところにある。見ていると、次から次にやってくる注文を、実に鮮やかな手つきでさばいていく。それを見ているだけでも気持ちがいい。

 と、一人の黒人が調理場の中にやってきた。ハッピがまだ初々しい。似合っていない(まぁ、黒人にハッピが似合うようになるとしての話ですが)。たぶん、入ったばかりのアルバイトだ。何やら板さんに向かって訴えている。

「ハングリー! ベリーハングリー!」を繰り返している。相当腹が減っているらしい。
「あ〜!? 何いってんだよ! 今立て込んでんだよ! レーター、レーター、後だ後! 飯はひと段落ついたらだ! わかる? イート、レーター! ワーク、ナウ!」

 板さんの言葉通り、どこかから流れてきたサラリーマンの団体がテーブルについたばかりだし、その前には学生の団体が入っててんでに注文をしたばかりだ。厨房もホールも忙しそうに働いている。板さんとしては「この忙しいのに何いってんだ、飯なんか後だ!」というのはよくわかる。

 黒人バイト君、なかば泣きながら「ハングリー。おなか、へった。ハングリー」

 忙しいさなかの板さんはここまで来ると完全無視。黒人バイト君はすごすごと地下の宴会場に降りていった。

 しばらく板さんは「まったく」とか「この忙しいのに」とかブツブツ言いながら仕事をしていた。回りの空気も板さんに同情的である。

 しかし、どう見ても金を持ってなさそうなあの黒人君、もしかしたらここでの食事が1日1食の楽しみなのかもしれないなぁなどと考えていた。

 しばらくして、先ほど黒人君が消えた地下の宴会場から別のバイト君(こちらは日本人)があがってきた。
「あのぅ〜」
「ああ? なんだ? 注文なら早くそこにおいとけ!」板さんの鼻息はまだ荒い。
「あいつ、下で柱殴ってますけど」

 終電が出た後の飲み屋というのは、実にいろんなものが見られるのであった。


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