宝塚 花組
〜夢と孤独の果てに〜
「ルートヴィヒII世」




STORY




バイエルン王国の王子ルートヴィヒは
今日も積み木のお城作りに夢中である。

彼の作るお城の名は「白鳥城」。

養育係のマイルハウス嬢に話してもらう
中世の「白鳥伝説」に魅せられていたのだ。

その幻想的な物語の世界は、王子が成長してもなお、
彼の心を捕らえて離さなかった。

幼く繊細で、しかし言い知れぬ熱情と誇りを
既に持ち合わせたルートヴィヒ少年は夢の世界に遊ぶ。

乙女に姿を変えた1羽の美しい白鳥が
いつからか彼を夢幻に誘うのだった・・・。




1864年3月。

バイエルン国王マクシミリアンII世の崩御にともない、
ルートヴィヒII世が即位した。

若く美しい青年王の誕生に国民は熱狂する。

ルートヴィヒは新国王としての最初の命令として
音楽家のワーグナーを捜索させ、王宮に呼び寄せる。

美と芸術をこよなく愛するルートヴィヒにとって、
ワーグナーとの対面は幼い頃からの夢と現実へと向かうものだった。

彼はワーグナーを友と呼び、
その暮らしと芸術活動を全面的に保証するという。




ルートヴィヒの芸術への耽溺ぶりは、
一方で国王としての彼の立場を揺るがすものでもあった。

スキャンダルの噂や借金を抱えたワーグナーへの
王の出費は莫大なものだったたえめ、官僚達は眉をひそめていた。

この美しい夢想家の王は若すぎて何も知らないと。

だが、それはまた彼らにとって政治的に好都合な時もある。

陰謀と策略の渦巻く王宮生活で次第にルートヴィヒは心を閉ざしていく。

そんな時、臣下のディルクハイムから、
ワーグナーが弟子の指揮者ビューローの妻コジマと不倫関係にあり、
その噂を揉み消すために彼らが王を利用しようとしていると知らされる。

信頼していたワーグナーの裏切りと不貞にルートヴィヒは傷つくが、
それでも友情の為にと彼らの不義の噂を公に否定する。

この件でワーグナーへの王の心酔ぶりに対する官僚達の怒りが更に募る。

そればかりか、国王に囲われ贅沢な暮らしを送る
彼らへの国民の非難の声は日増しに強くなる。

官僚達はルートヴィヒにワーグナーか国民か、と決断を迫る。

ついにルートヴィヒはワーグナー追放の書類にサインをする。

幼い頃より敬愛していたワーグナーを失った事で
ルートヴィヒの内なる孤独の闇は更に深みを増し、彼は幻想世界に漂う。

そこにはあの幻の乙女が・・・。




折しも弟王子のオットーはプロイセンとの戦争で
受けた心の傷が癒えず精神を患っていた。

オットーの主治医である精神科医グッデンは
人付き合いを避けるようになったルートヴィヒの様子をみて、
激しい孤独は狂気へと向かうと不吉な予告を残す。




ある日、オーストリア皇后エリザベートがルートヴィヒを訪ねて来る。

自由を愛す奔放な従姉妹のエリザベートはルートヴィヒが
幼い頃より慕い、唯一心を許していた女性である。

だが、エリザベートはルートヴィヒに国王としてその宿命に耐えて生き、
結婚して世継ぎをつくる義務を果たすように諭す。

去り行くエリザベートを見つめるルートヴィヒの耳にあの幻の乙女の歌声が響く。

生涯私だけを愛すると誓って、と。




オペラハウスでワーグナーのアリアを歌うエリザベートの妹ゾフィーに、
「ローエングリーン」のエルザの面影を重ねて心惹かれるルートヴィヒ。

彼ゾフィーとの婚約を取り決める。

だが、彼が愛し見つめているのはゾフィーでなく、エルザという幻。

それに気付いたゾフィーの心は乱れる。

やがて婚約は王の申し出により延期となる。

皇太后マリアと養父のルートヴィヒI世は彼にゾフィーとの結婚を促す。

エリザベートもまた、妹をこれ以上苦しませないで欲しいと嘆願する。

現実に追い詰められ、ルートヴィヒの精神は均衝を失い始める。

そこへまた幻の乙女の歌声が響き、ルートヴィヒを惑わせる。

とうとう彼は自分を心から愛しているゾフィーとの婚約を破棄してしまう。

彼は幻を選んだのだろうか。

グッデンは自分の予言は正しかったと高らかに笑うのだった。




時代はプロイセンの宰相ビスマルクの提唱する
ドイツ統一の実現へと向かっていた。

官僚達はドイツ統一に際し少しでもバイエルンに
有利な条件を獲得しようと画策するが、
国王は外交を執り行わず周囲を益々遠ざけている。

そこへグッデンが現れ、1年以上その任務の遂行が
不可能だと判断されれば、その国王を廃し
摂政を立てることが出来ると助言する。

それにはつまり、国王がパラノイアであると証明すれば良いのだという。




ホルシュタイン伯爵は国王を裏切り、
密かにビスマルクと取り引きする。

そしてルートヴィヒにプロイセン王ヴィルヘルムI世を
新ドイツ皇帝に推奨する手紙を半ば強制的に書かせる。

それはバイエルンが王権を破棄する事を意味する。

その手紙を自らしたためることは、
ルートヴィヒにとって屈辱以外の何ものでもなかった。

彼はバイエルン王は死んだと呟く。




ルートヴィヒは今や夢の世界の住人であった。

憧れのロココの夢を実現するべく18世紀様式の
壮麗な城の築城にまるでとり憑かれたように情熱を傾けるのであった。




こうした王の状態に、ホルシュタイン伯爵を始めとする有力な貴族、
官僚たちが集まり、国王の査問委員会を開く。

次々とルートヴィヒの狂態を証言する人々。

ホルシュタイン達は国王がパラノイアであるという
グッデンの診断をたずさえ、国王逮捕に乗り出す。




1886年6月13日。

ベルク城に幽閉されたルートヴィヒは
この日もグッデンとの対話を続けていた。

やがて一人になったルートヴィヒの元へ、あの幻の乙女がやって来る。

ルートヴィヒはもう誰も彼女と自分を引き離す事は出来ないと呟く。

二人は固く抱き合い、夕方6時にシュタルンベルク湖で会う約束をする。

雨が激しく降り始め、稲妻が光る。

城へ戻るよう促すグッデンを振り切るように彼は湖へと歩き出す。

そこには白鳥の姿をした幻が彼を待っている。

引き止めるグッデンの行く手を白鳥達の幻影が阻む。

とうとうルートヴィヒはグッデンを振り払い、幻と共に湖の彼方へと消えて行く。

残されたグッデンは錯乱したように湖の底へ沈んでいった。




マイルハウスと王の寵愛を受けていた忠実な
従者ホルニヒが悲劇の王を回想する。

ルートヴィヒII世にとって心安らぐ場所は
ただ夢と孤独の中だけだったのだと・・・。