「笑う門には福来る」
〜女興行師 吉元せい〜
STORY
大阪は三代続いた荒物問屋“箸吉”に嫁いだ
米穀問屋の娘せい。
商いより芸人、寄席に夢中な夫、
泰三に代わり幼子を抱え店を切り盛りしていたが、
やがて夫は芸人を集め
興行師の真似事まで始めて店は一気に傾いてしまう。
これが最後と伯父達が援助してくれたものの、
先は見えている・・・
覚悟を決めたせいは
「いっその事、あんさんが一番好きな事で、
商いをしたら・・・」
と切り出した。
三年後、足りない分は里から借りて天神裏で、
“文芸館”という寄席小屋を手に入れ
興行師となったものの、
所詮は三流の小屋。
夫が世話をしていた芸人に助けられ、
細々と始めたがお客は集まらない。
何とか頼み込んで、
当時桂春団治と並ぶ桂文蔵という金看板に出てもらうのだが、
文蔵もやる気を失くし高座を途中で
降りてしまう始末。
金看板の芸人に見合う小屋にしてみせますと
頭を下げても「場末の三流小屋主!」と言い捨てられ、
世間からも一流の芸人からも冷たくあしらわれて
辛酸をなめていた。
そこへ、自らタスキ掛け、
お茶子や下足番を買って、芸人達を身内のように
大事に世話するせいの噂を聞いていた
一流寄席小屋“金竜亭”の女将くらと、
弟の信一が尋ねてくる。
泰三から興行のいろはを教えられたせいは、
徐々に夫が舌を巻く程興行師としての
才覚をあらわしていった。
いつしか小屋の数も増えて、
世話していた女義太夫の波津江も人気者となり、
少しずつ高座に上がってくれる芸人達も増えていった。
そんな折、金竜亭の席主が急逝する。
せい夫婦は吉本総動員で手伝いを買ってでる。
高値をつけ金竜亭を譲って欲しいと申し出る人がいる中、
東京の寄席から桂春団治もかけつけると、
せいの瞳が輝く。
吉本を一流にする為には、
何が何でも桂春団治を吉本の高座に
あげなければならない。
それがお客さんに一番喜んでもらえる吉本の小屋を作るという、
せいの夢なのだ。
里から呼び寄せた実弟の正之助に、
全小屋を廻り、
集められるだけの現金は用意させてある。
せいは意を決して弔問を終えた春団治の前に進み出た・・・
大正九年・・・。
信一の口添えもあり、
くらから金竜亭を譲り受けた吉本夫婦は、
金竜亭を南地花月と改称し、
遂に一流寄席の小屋主となった。
その後、次々と“花月”と付けた寄席を
手に入れたものの、
桂春団治には高座に上がってもらえないままであった。
せいは春団治に何度断られてもあきらめず、
来る日も来る日も直談判していた。
雪のちらつく或る夜、
春団治はせいの熱意に負けて遂に承諾する。
人力に乗って帰っていく春団治の姿を
いつ迄も見送るせいに、
夫泰三が倒れたとの知らせが・・・。
夫の急逝に体調を崩したせい。
泰三と奈津江の深い関係も表沙汰となって、
正之助は奈津江を解雇する。
それから十数年、
正之助はせいの右腕となってせいを支え、
泰三の遺志を継いで吉本を切り盛りしていく。
桂春団治によって、
吉本は連日大入り。
それにつられて文蔵や他の噺家連中も評判をとり
噺家の人気で吉本は大きく栄えたものの、
時代は“落語”から“漫才”を求めていた。
正之助、せいにより
エンタツ・アチャコ、ミスワカナ、
玉松一郎など次々とスターが輩出され、
落語人気は桂春団治一人を除いて下火となっていく。
落語と漫才の合同公演が多くなり、
不満のたまった噺家達。
酒に酔い、「辞めてやる」といくらなだめても
聞く耳を持たない文蔵に、せいは
“辞めたいのなら辞めてもらったらよろしい!”
と言い放つ。
そこへ春団治がフラリとやってきて、
具合が悪いので明日の高座を休んで
大きな病院に行かせて欲しいと伝える。
去り際、こんなデタラメな芸人を大切に
してもらいありがとうと深く頭を下げる春団治に、
せいはいい知れぬ不安を覚えるのであった。
一方、信一は、薬問屋を継がず、
政治の道に進んでいた。
文芸館時代からの長い付き合いの中、
夫の生存中も、
急逝してからも吉本の為に陰となり日なたとなり
力を借してくれる信一。
夫、泰三が亡くなって十七年、
良き理解者であり相談相手だった
二人の仲はやがて深くなっていく・・・。
しばらくして、せいと信一の仲は世間に知れ渡り、
あろう事か信一が、選挙違反の疑いで逮捕されてしまう。
やがて信一から弁護士を通じて
“吉本に決して迷惑はかけない、
せいの事は命をかけて守ってみせる”
という伝言が届く。
正之助は、何か策略があって姉に近づいてきたのでは?
と信一を疑った自分を悔やんでいたが、
そこへくらから、
大変は事が起ったと知らせがきて・・・
昭和十三年、吉本興業株式会社と社名を改め、
せいは社長となりホテルの晴れやかな式典の中にいた。
ところが宴の最中、せいは、
正之助の反対も聞かずに通天閣の売買契約に向かってしまう。
亡き夫と、いつか大阪の通天閣みたいに
なろうと誓い飛び込んだ興行の世界・・・。
一区切りをつけた今こそ亡き夫や春団治、
そして多くの吉本の芸人の為に通天閣を吉本の供養塔
にしたいと考えたせい。
大阪で一番高い、
天に近い場所。
そこからならきっと、
あの世から自分の姿を見てもらえるかもしれないと
信じていたのだった。
やがて戦争の影が忍びより、
吉本の芸人や従業員達も次々と兵隊にとられていく。
町は空襲で家や人を焼かれ、
遂に吉本の小屋も一つ残らず燃え尽きた。
焼け野原にうずくまるせいの前に、
幻覚なのか泰三が現れる・・・。
夢を失くした人が日本国中あふれる今こそ、
お前の出番であり、
笑いは生きる力なんだと告げ消えていく・・・。
戦地から次々と芸人達も戻ってきて、
せいは今一度吉本を建てなおすことを決める。
そして終戦。
時代が一変し、
興行の世界も戦前を引きずる落語や漫才より、
外国映画や音楽がもてはやされていた。
巷では笠置シヅ子の東京ブギウギが大流行し、
吉本の劇場もシヅ子の歌謡ショーと映画の興行で大入りを取り、
正之助は上機嫌だった。
せいは、
このところ西ノ宮の家に籠ったきりで、
正之助がせいの息子頴右を跡継ぎとして教育し、
せいに代わって実質的に吉本を取り仕切っていた。
そこへ突然せいが現われて、
約束していた落語と漫才の興行が笠置シヅ子のショーと
映画に変更された事を問いつめる。
すさまじい早さで成長する吉本に、
今まで通りのやり方では太刀打ちできないと
感じる正之助との間に決定的な溝が生じはじめた事を知り、
せいはガク然となる。
そこに追いうちをかけたのは、
息子の頴右であった。
笠置シヅ子との結婚を反対された頴右は
「お母ちゃんの時代は終ったんや!」
と冷たく言い捨て、
今後は仕事も人生の事も母ではなく
正之助に相談してやっていくと母との決別を宣言した。
頴右との和解もままならぬまま突然頴右が亡くなり、
せいにはもう生きる支えがなくなっていた。
吉本のビル竣工式の日、
久しぶりに芸人達に囲まれ明るく気丈にふるまう年老いたせいの姿
そしてそれを優しく見守る正之助。
一人になったせいの前に、
なくなったはずの通天閣が幻のように現れる。
その幻の通天閣を見つめながら、
長かった日々を思いかえすせい。
そのせいの耳に、
今は亡きなつかしい人々の呼ぶ声が・・・。
- 松竹 株式会社 提供 -