川中美幸特別公演
「お登勢」
〜花のあとさき〜




STORY




幕末ー新しい時代の幕開けを前にして、
日本が大きく揺れ動いていた頃ー。




京の伏見、淀川の畔の船宿「寺田屋」にはお登勢という女将がいた。

ー淀川には、京と大阪を結んで、朝昼晩と日に三度三十石船宿が行き来していたが、
伏見はその三十石船の発着所であり、「寺田屋」は八挺櫓の船を持ち、
旅人の乗船の便宜を図ることでこの地で商売を続けて来た老舗であるー。




お登勢が寺田屋の亭主、伊助のもとへ嫁いできたのは十八の時ー

幼い頃に両親を亡くしたお登勢にとって親代わりの伯父の勧める縁談ー

夫になるはずの男の顔も人となりも知らないまま、
将来への希望も夢もない寂しい嫁入りだったー。

そして寺田屋で新妻のお登勢を待っていたのは、
お決まりの姑の苦労ー

お登勢は持ち前の気丈さでそれにも耐え、
姑も最後は感謝の言葉を残してこの世を去って行ったがー。

次に来たのは亭主の放蕩ー

母親を見送ると同時にタガが外れたようになった伊助は、
素人浄瑠璃に現を抜かした挙句、
京の町中にお艶という妾まで囲い始めたのだー。




しかし、そんな苦労のあれこれがお登勢に磨きをかけたのか、
三十路を半ばに差し掛かる頃には、
美貌と侠気を兼ね備えた名女将として、
その名は広く世間に知られるようになっていたー

尾張名古屋は城で待つ、
伏見寺田屋は女将で持つー

番頭の竹蔵、女中頭おとみなど、奉公人たちの協力もあって、
寺田屋の商売もますます順調に広がって行ったのであるがー。




世に言う「寺田屋騒動」が起こったのは文久二年、
お登勢が三十五歳の春のことであるー

ともに尊王攘夷の志を抱きながら、
止むに止まれぬ事情から暴発組と鎮撫組とに別れ、
同士討ちをしなければならなかった薩摩藩士たちー

その一部始終を間近に見届けたお登勢の胸に、
彼らの純粋にして壮絶な魂の叫びは深く突き刺さったー。




これから世の中はどう変わって行くのかー

その中で人間はどう生きていけばいいのかー

女ながらも真摯に人生と向き合って生きるお登勢ー

そんなお登勢の前に運命は二人の人物を連れて来るー

お涼(紫とも)は、かねてから寺田屋と懇意な医師良庵の頼みで、
寺田屋が娘分として世話をする事になった娘ー

お登勢は十二歳しか年の離れていない娘を持つ事になったのであるー。




そしてもう一人、ふらりと寺田屋を訪れ、
同志討ちで命を落とした薩摩藩士たちのために熱い涙を流した若者ー

垢じみたヨレヨレの着物にボサボサの蓬髪ー

風采はあがらないものの、
両の目に純粋で力強い輝きを宿したその若者こそ、
日本の新しい時代の幕開けを押し進めることになる土佐藩脱藩浪人、
坂本竜馬その人であったー。




「日本国を洗濯してお日様の匂いのする新しい国を作りたい」

お登勢は竜馬の語る壮大な夢に心酔し、
その夢の実現に微力ながらも助けなろうと決意するー

竜馬も侠気に溢れたお登勢に、
手塩にかけてくれた母親代わりの姉乙女の姿を重ね合わせ、
全幅の信頼を寄せるようになるー。




元治元年七月は蛤御門の変ー

その戦は辛うじて幕府方の勝利に終わったものの、
倒幕の機運はますます高まるばかりー

三十石船を利用して京と大阪を行き来する倒幕の志士の数が増えれば、
伏見奉行所の方はその取り締まりに躍起となるー

お登勢は、奉行所同心松坂源の進に尾行された竜馬を、
咄嗟の機転で救ったりもしたー。




お登勢と竜馬を結び付けるものは、
雨上がりの空にかかる、
七色の虹にも似た夢と理想ー

尊敬と信頼を寄せ合う二人の間に艶めいた男女の思いなど入り込む隙はないー

お登勢は自分の心にそう言い聞かせ、
世間にもそう公言していたのだー

しかし、本人たちも気付かない内に、
信頼と尊敬には愛情が微妙な影を落とし始めていたー

お登勢がそれに気付いたのはお涼のせいー

竜馬への愛を隠そうともしない娘に、
知らず知らず激しい嫉妬の炎を燃やしている自分に気付き、
ただ驚き狼狽するお登勢だったー。




慶応二年一月、倒幕への第一歩である薩長同盟の締結を成功させた竜馬は、
長州藩士の三吉慎蔵と共に寺田屋の二階座敷で祝杯を挙げていたー

お登勢とお涼も同席し、和やかな笑いに包まれたその座敷に、
奉行所の捕り方が踏み込んで来ようとは、
その時はまだ誰も予想していなかったー。




深夜の静寂を破って寺田屋の大戸が激しく叩かれるー

ご用改めだと叫ぶ役人の声が響くー

果たして竜馬はいかにしてこの危機を脱するのかー

お登勢は愛する竜馬を助けるためにどんな働きを見せるのだろうかー。




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