芸能生活35周年記念公演 松平健
「座頭市」




STORY




江戸は天保年間・・・。




常陸笠間藩、笠間城下にほど近い門毛村は、
幕臣旗本榊原家の知行地である。

村が豊かで人心が穏やかなのは、村外れに聳える雨巻山から
産出する御影石に負うところが大きい。

御影石の採掘は昔から山麓の百姓たちの勝手次第、
男たちは石切場の仕事に従事し収益を得て来たのである。

その門毛村に不穏な風が吹き始めたのは一年前のこと・・・。




笠間の商人、大槌屋四郎衛は、
かねてから笠間藩家老の海老原惣右衛門と結託し、
御影石の採掘権を百姓たちから奪おうと画策していたが、
百姓たちを篭絡する最後の手段として
村の鎮守社に賭場を開いたのである。




大槌屋の引きで長閑だった村にやって来たのは
博徒飯田ノ吉蔵とその子分たち。

博奕の魔力は名主の青木平右衛門を初めとする村人の心を荒ませ、
お常たち村の女までが次第に、
採掘権を大槌屋に嬢度しようという風潮に飲み込まれていった。




が、一方には村の将来を憂えて、
採掘権を死守しようとする惣平、寛太岩吉ら、
若者の一団もあった。

そして若者たちが雨巻山の石切場に
立て籠もるという実力行使に出たことから、
門毛村は嬢度派と死守派の二派に分裂して抗争を繰り返すことになり、
それは日を追うごとに激しさを増して行ったのである。




あくまでも採掘権の奪取に執念を燃やす大槌屋は、
更に賭場を賑わせようと女壺振りのおれいを雇い入れる。

かつては渡り中間だったという瓢助と共に村に入ったおれいには、
その粋で伝法な態度とは裏腹にどこか寂しげな影、
謎めいた雰囲気が付き纏う。




おれいの胸の奥にどんな謎が秘められているのか。

それが明らかになるのは物語が更に進んでからのことである。

そして大槌屋が新たにもう一人雇い入れたのは江戸の剣客平田御幸、
立身出世の夢破れ、
深酒を続ける内に胸を患って、世の中を拗ねた男。

平田は賭場の用心棒であると同時に、
大槌屋が企てる石切場襲撃の際にはその主戦力となるはずだった。




師走も押し迫ったある日、村人たちの不安を掻き立てるように
空っ風が吹き飛ぶ門毛村に、
ひとりの旅の座頭が姿を現わしたことから
物語は新たな展開を見せ始める・・・。




座頭は上方生まれの気丈な老女おきんが
営む村外れの一膳飯屋を訪ねて来たのだが、
生憎おきんは親戚の葬式に出掛けていて留守。

代わって応対した孫娘のお冬は、座頭の温かい人柄に
懐かしいものを感じて、祖母の昔語りを思い出す。




おきんには血を分けた娘であるお冬の母親の他に、
もう一人子供がいた。

軒先に捨てられていた赤ん坊を拾い、
我が子同様に手塩にかけたもので名は市太郎・・・。

生れついての盲目だったが利発で情の濃い子供、
江戸で按摩の修行に励み検校に出世してみせると言い残して、
村を出たのが十五の歳・・・。




おきんは市太郎が検校になって
故郷に錦を飾る日を今も心待ちにしているのである・・・。




旅の座頭こそ市太郎ではないのか。

お冬のそんな問い掛けを一笑に付し、座頭はその場を去って行くが、
お冬には何故かその背中がひどく悲しげに見えた・・・。




果たしてお冬の推測通り、
旅の座頭は市太郎その人だったのである。

自分の出世を楽しみに待っているというおきんの気持ちを知り、
再会を断念したのだった・・・
どうしておめおめ恩ある人の前に出られるだろう。

どうして今の身分をおきんに明かせよう・・・。




江戸での歳月は利発で情の濃い盲目の少年を、
博奕と喧嘩に明け暮れる盲目の渡世人へと変えていた。




・・・人、呼んで座頭市・・・。




足元を探る盲人の杖の中に鋭い刃が仕込まれていること、
一たび事あればその仕込み杖が居合いの技で抜き放たれること、
それを知る者はまだこの村には誰もいない。




座頭市を責めるように、
雨巻山から吹き降ろす空っ風はますます強い・・・。




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