新橋演舞場10月公演
 第126回直木賞受賞作
「あかね空」




STORY




今から二百数十年前、宝暦の頃のこと。

こおは江戸深川蛤町にある長屋・新兵衛店。

桶職人源治(安井昌二)の家から飛び出してきたのは、
豆腐屋平田屋の主人庄六(和崎俊哉)。

豆腐の水風呂桶を頼んだ庄六の横柄な態度に
源治の女房おみつ(一條久恵)が必死に止めるものの、
源治の怒りは納まらない。




長屋の衆が源治の娘おふみを待ちわびるところに、
十九歳になるおふみ(十朱幸代)が戻ってくる。

おふみは父親をなだめるどころか、
悪どい商売をしている庄六に威勢のいい言葉をあびせ、
とうとう庄六は桶を受け取らずに帰ってしまう。




長屋の騒動が一段落した後、大家の新兵衛に連れられて、
旅姿の永吉(赤井英和)があらわれる。

今年二五歳の永吉は、京の老舗豆腐屋の山城屋で修行を積み、
江戸で豆腐屋を始めようとはるばるやってきたのだ。

店賃の交渉もまとまり、井戸の水を飲んだ永吉はおいしい水に喜び、
この場所で豆腐屋を始めることを決意する。

源治とおふみの親子は、江戸を知らない永吉の世話をやき、
おふみは誠実な永吉にどうやら好意を抱いた様子である。




自分の店を"京や"と名づけて早速商売を始めた永吉だが、
客がきたのは初日だけで、あとはさっぱり。

実は、永吉の作る豆腐は京風の柔らかい豆腐で、
歯ごたえのある江戸の豆腐に慣れている江戸っ子には
とても食べられた代物ではないのだ。

毎日買っていくのは、おふみともう一人だけ。

心配したおふみは、豆腐を持って売り歩くが、全く売れない。

残った豆腐を捨てている永吉を、おふみは明るく励まし、
毎日豆腐を買うおしの(高橋よしこ)も、
京やの豆腐を上品でおいしいとほめる。




おしののふともらした言葉から、
おふみは豆腐を近くの永代寺に喜捨することを思いつく。

まずおふみは、永代寺の門前仲見世にある豆腐屋相州屋を訪れる。

寺への喜捨について清兵衛(菅野菜保之)の了解を得ようとするが、
なぜ当人が挨拶にこないのかと強い調子でいわれて、
すごすごと引き換えす。




おふみが帰ったあと、
奥からあらわれたのは清兵衛の妻であるおしの。

二十年前、四歳だったひとりっ子の正吉が迷子になり、
未だに行方知れず。

おしのは永吉の姿に正吉を重ね合せ、
永吉を心配して見守っているのだ。

おふみとともにあらわれた永吉に向かい、
清兵衛は寺への豆腐の喜捨を承諾。

さらに清兵衛は、密かに永代寺の僧西周を訪ね、
自分の店の代わりに京やの豆腐と揚げを買ってくれるよう頼み込む。




清兵衛の心づかいとは知らず、
永代寺からの話に喜ぶ永吉とおふみ。

店をやっていけるめどがたった永吉はおふみに結婚を申し込み、
江戸一番の豆腐屋になる夢を語る。




季節は秋、永吉とおふみの祝言の日。

長屋の衆は総出で結婚を祝う。

皆ふだん着で、永吉も京やの半纏を着て祝言にのぞむ。

雨の降りしきる中、二人が披露宴へと向かう姿を、
病のために妻おしのに支えられた清兵衛はいつまでも見送るのだった。




冬のとある日。

永代寺仲見世の角にある料亭江戸屋の女将の部屋。

夫清兵衛の四九日を終えたおしのが、
女将秀弥(八千草薫)を訪ねてくる。




同業者の庄六が毎日相州屋に押しかけ、
店を手に入れようとしているので、おしのは助けを求めたのだ。

おしのは江戸を離れて甥のもとへ行くことを告げると、
相州屋の売り渡し証文を秀弥に渡す。

もし正吉があらわれれば証文を渡し、
二十年たってもあらわれなければ、
京やに譲るよう頼むおしの。

そこへ庄六がやってくるが秀弥は毅然とした態度で応対し、
庄六は捨て台詞を残して去る。




それから一年経った春の日。

永吉とおふみとの間に産まれた子は栄太郎と名づけられる。

ある朝、おふみは絞った豆汁ににがりを入れてしまう。

にがりを掬おうとした豆腐の入った茶碗を見ていたおふみに、
ある考えがひらめく。

京風の豆腐だけを売ろうとしていたからいけなかったのだ。

辛子茄子などを上に載せて料理として売れば違うのではないか・・・




おふみは早速江戸屋に赴き、秀弥の前に湯豆腐と茶碗豆腐を差し出す。

試食した秀弥は、翌日から二品を納めるよう伝える。

老舗の江戸屋が、京やの豆腐を買うことになったのだ!




夏のある日、栄太郎がひどい火傷になり、
手当ての不始末から生死の境をさまよう。

富岡八幡にお参りをしたおふみは、
栄太郎さえ無事であれば、これ以上子どもは望まないと一心に祈る。

願いが通じたのか、栄太郎は回復して夫婦は喜ぶ。

翌年おふみは男の子を産み、悟郎と名づけられるが、
孫が産まれたその日に、
祝い酒に酔った源治は掘りにおちて亡くなってしまう。




それから十七年の歳月が流れた。

悟郎のあと、末娘のおきみが産まれたが、その初節句の時に、
おふみの母おみつは早馬に蹴られてこの世を去っていた。

京やでは、永吉が悟郎(各務立基)とおきみ(吉野紗香)と
三人で一生懸命に豆腐をつくっている。

おふみは栄太郎(内海光司)ばかりかわいがっていたが、
栄太郎が賭場に出入りしていることを知った永吉は、
おふみの反対を押し切って木場の材木問屋杢柾に奉公に出す。




三年の年季があけ、栄太郎が帰ってきた。

永吉は家族に相州屋を買うことを話し、
百五十両の金を出させようとするが、
おふみの様子がおかしい。

問いただすと、おふみが渡した五十両という大金を
栄太郎が賭場ですったというではないか。

怒った永吉は栄太郎に勘当を言い渡す。

栄太郎は家から出ていくが、
その直後に永吉は胸をおさえて倒れてしまう。

夫のそばで、栄太郎の後も追えず、呆然とするおふみ・・・。




初冬のこと。

今や新しく京やとなった、かつての相州屋。

大八車に永吉のお棺を載せ、やってきたのは悟郎。

永吉は表通りに店を出すのが念願だったので、
弔いは元の相州屋でやろうとおふみが考えたのだ。




同じ頃、栄太郎は庄六に連れられて賭場に現われる。

霊巌寺界隈が縄張りの数珠持ちの傳蔵(若松武史)は
永吉の死を栄太郎に教え、栄太郎は急いで家へ向かう。

永吉の死を聞くと、庄六は悪知恵を働かせ始める。

上方出身の男が他人の縄張りで仕事を始め、
その上自分が狙っていた相州屋を買うのが、
庄六には我慢できないのだ。

相州屋という名前を聞き、何かを思い出そうとする傳蔵。




京やでは葬儀が無事終わり、
おふみや子どもたちは秀弥にあつく礼をいう。

百両の金を受け取った秀弥は、相州屋の売り渡し証文を手渡す。

その場にやってきた数珠持ち傳蔵は、家の匂いに遠い昔を思いだし、
秀弥に向かって、昔の話を聞かせてほしいと頼む。

傳蔵の顔をじっと見ていた秀弥もはっとなり、
頼みを聞き入れて傳蔵と外へ出ていく。

家族が残され、栄太郎は木場へ戻ると告げる。

栄太郎は鳶頭の政五郎のもとで、火消しになろうと考えているのだ。

おふみは必死に止めようとするが、栄太郎は去っていってしまう。




一年後。

悟郎は田原屋の娘おすみと結ばれ、
おすみも豆腐づくりに精を出している。

随分弱ったおふみだが、店に顔を出すと
京やの跡取りは栄太郎だと憎まれ口を聞く。

栄太郎のことが心配なおふみは木場へ向かい、
火消しとして働いている栄太郎に会う。

おふみと二人きりになった栄太郎は、
京やを継ぐ気が全くないと改めて語る。

その言葉に諦めがついたのか、
おふみは涙をふいて木場を後にする。




とうとうおふみもこの世を去った。

悪事を企む庄六は、傳蔵の助けを借りようとする。

話を聞き、なぜか手助けの報酬について書かれた紙に
庄六の印形を押させる傳蔵。

葬儀が終わった夜、庄六が傳蔵をともなって京やにあらわれる。

庄六は、十両の金を期日までに返せないときは、
京やの土地屋敷すべてを庄六に差し出すという
栄太郎の判のある証文を取り出す。

栄太郎には覚えがないが、判は確かに自分のもの。

永吉とおふみが苦労を重ねて手に入れた土地や家を、
みすみす庄六に手渡さなければならないのだろうか・・・。




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