田村正和 新・乾いて候
「そなたもおなじ野の花か」
STORY
時は、八代将軍徳川吉宗の治世。
舞台は江戸城の一室より始まります。
吉宗の右腕、そして名奉行として評判の高い大岡忠相(川野太郎)は、
かつてない困難に直面していました。
全ては、天候の不順による凶作が始まりでした。
飢饉です。
米の値は上がり、それに連れて暮らしに必要な
物の値も急速に上がり始めていました。
生活の不安は、庶民の心を蝕み、険悪なものへと変えていきました。
漠然とした不安が積もると、人は、
その原因を判りやすい形で求めたくなるものです。
人々は、「吉宗の政治が悪いからだ」という答えに飛びつきました。
そして、不安に駆られてる人々の心に、
ある噂が野火のように広がっていったのです。
「将軍吉宗は、呪われている!江戸は呪われている!」
のだと・・・・。
忠相のもとへ、吉宗直属の隠密である「お庭番」たちから、
更に奇怪な報告が飛び込んで来ます。
「江戸の空を怪しい光の玉が飛び交っている!」と。
将軍が、そして、江戸が呪われるなどということがあるのでしょうか?
しかし、実際のところ、千代田城大奥に休む吉宗(北村和夫)は、
夜毎の悪夢に苦しめられていたのでした。
医者たちは激務から来る心労のせいだろうと話し合っていたのですが・・・。
さて、城中の混乱はひとまず置いて置きまして、
我らが主人公、腕下主丞(田村正和)のこれまでの
人生についてかいつまんでお話をしておきましょう。
腕下とは珍しい姓ですが、これは代々、
紀州徳川家に仕えるお毒味役の名前。
主丞は、藩主の四男である吉宗とこの腕下家の娘、
おしのとの間に出来た子供でした。
徳川家といえども、武家の四男坊というものは、
生まれながらにして出世の夢を絶たれたも同然の身の上。
青雲の志をもてあまし、空しく青春の日々を過ごしていた
吉宗が恋に落ちたのが、おしのでした。
しかし、その後、吉宗は、何故かこのおしのを
「捨てる」ことになります。
以後、幼い主丞は、父親の愛情を知らずに、
腕下の家で育ちます。
その後、吉宗の人生は思いもかけない展開を始めます。
兄たちが、次々と病に倒れ、亡くなっていったのです。
吉宗は、急遽、紀州徳川家の藩主を継ぐことになります。
しかも、更に七代将軍の急逝によって、
八代将軍の座に上り詰めることになろうとは・・・。
突然、吉宗の将軍職就任には、黒い噂がつきまといました。
「吉宗は、藩主になるために実の兄たちを毒殺した」
「吉宗は、将軍職を争った尾張の徳川継友様を暗殺した」と。
しかし吉宗は、そんな噂を打ち消すように、
政治の改革に打ち込み、後々まで名を残す名君となるのですが、
その陰には、常に我らが主丞の活躍があったのです。
主丞の母おしのは、無情にも赤子の頃から主丞に毒を含ませ、
どのような毒にも負けない完璧なお毒味役に仕立て上げます。
そして、「父をお守りするのです・・・」
という言葉を残して」、姿を消したのです。
主丞は、その母の言葉を守り、
将軍吉宗を暗殺しようとする様々な勢力と、
また、尾張の忍びたちと暗闘を繰り返して来ました。
しかし、死んだと信じ込んでいたおしのは、
宇都宮で生きていたことが判ります。
吉宗暗殺をもくろむ尾張継友の遺臣たちに囚われていたのです。
おしのは、その騒動の中、自害し、
主丞の腕の中で息絶えていったのです。
母を慕い、母を心の支えに生きて来た主丞は、
自分の使命も終わったと、この世に別れを告げるのでした。
・・・・と、ここまでが、「乾いて候・パートII」までの物語。
本当に主丞は命を絶ってしまったのでしょうか?
一度は、黄泉の国に足を踏み入れようとした主丞でしたが、
危ういところを、不思議な娘、
右近(平淑恵)に助けられます。
主丞は、生きて猶、吉宗のために戦わなければならない
己が運命を悟り、再び、江戸へ向かうのでした。
主丞が、初めに訪れたのは、
父とも慕っていた家老、千々岩の爺の墓でした。
千々岩の一人娘、主丞とは兄妹のように育った佐和(片岡京子)は、
主丞の無事を心の底から喜び、暖かく迎えます。
一方、江戸城は、吉宗にとって、いや、
幕府にとって目の上の瘤、若き尾張の徳川当主、
徳川通春(千葉哲也)の突然の登城を前に緊迫した空気に包まれていました。
通春は、ことあるごとに幕府の神経を逆なでし続けて来た男です。
なにしろ、「吉宗に暗殺された」と噂される先代藩主、
徳川継友の弟なのですから。
不穏な空気が漂うのも無理からぬところ。
しかし、病身を押して対面に出た吉宗は、
以外にも、通春の口から殊勝な申し出を聞くことになります。
「将軍に恭順する証に、名前を戴きたい」というのです。
吉宗は、自らの一文字をとって「宗春」という名前を与えます。
無邪気に喜ぶ尾張の若き当主の姿に、
吉宗は、積年の敵意を忘れるのですが・・・。
江戸のはずれ、尾張藩の下屋敷の広大な庭園は、
実際の東海道小田原宿と全く同じ町並が再現されていたといいますから、
それだけでも、尾張藩の財力と、道楽の程が知れようというもの。
その屋敷へ、幕府の譴責使、つまり、
宗春を叱責する上使が訪れていました。
名前を貰い、しばらくは大人しくして見せた宗春でしたが、
幕府への敵愾心は消えてはいませんでした。
宗春は密かに、下屋敷を小城のように改築し始めていたのです。
それと知った上使は、吉宗の名代として、厳しく宗春を責め立てます。
尾張藩と幕府との全面対決は近づいていました。
宗春の知恵袋である家老、竹腰志摩(金田龍之介)は、
吉宗を窮地に追い込むために、
「眠り童子」と呼ばれる謎の陰陽師を呼び出します。
それは、「最終秘密兵器」とでもいうべき、恐ろしい力の持ち主でした。
主丞は、「怪しい光の玉」の噂を追って、江戸の両国に現れていました。
両国は怪しげな見世物小屋が並ぶ、江戸の魔界。
中でも天竺渡りの目くらまし・・・
今でいう「集団催眠術」を使ったマジックで、
評判をとっていたのが、都左京(二宮さよ子)の一座でした。
江戸で見られた怪異の噂は、実は、
この一座の催眠術に掛けられた見物衆が、
撒き散らしたものではなかったか?
左京の術を見破った主丞ですが、驚いたことに、
主丞を助けたあの、右京も左京の弟子だったのです。
主丞の睨んだ通り、左京一座は、尾張の忍びでした。
主丞と右近は、自分たちの心の中に、
互いに呼び合う何かがあることに気がつきます。
主丞は、右近の瞳が、亡き母の瞳と同じ悲しみに満ちているのを知り、
強く心を動かされます。
主丞は、右近をその境遇から救い出すために、
一人、左京一座を追って、
尾張藩下屋敷に乗り込んで行きます・・・。
江戸城では、尾張には武力で向かうしかないという、
強硬派の老中たちが、力を増していました。
武力に訴えることの愚かしさを説く吉宗ですが、
事態は収集がつかなくなり始めていました。
宗春が、江戸の下屋敷を密かに抜け出し、
尾張に戻り、兵を挙げるという噂が飛び交っていたからです。
片や尾張藩でも、国元では、巻き狩りと称して、
大規模な軍事訓練が繰り返されていました。
運命の歯車は、日本を真っ二つに裂く戦いに向かって、
大きく廻り始めようとしていました。
尾張の「眠り童子」は、
吉宗の側室を呪い殺すほどの力を持っていました。
それに対抗して、しかも、
この一触即発の危機を救うことが出来るのは・・・、主丞しかいない。
吉宗は、主丞の働きに幕府の命運を賭けていたのです。
望んで戦いたくはない。
しかし、亡き母のために、そして、父、吉宗のために、
人々の平和のために、再び刀を抜かなければならないのか・・・。
主丞の心は、虚しさに、乾いていました。
主丞の苦哀を人一倍知る佐和は、単身、
尾張藩下屋敷へ向かい、宗春に面会を申し出ます。
「これ以上、主丞様を戦いの地獄に引きずり込まないで下さい」と・・・。
戦いが迫っていました。
主丞は、乾ききった心を抱いて、再び、
尾張藩下屋敷へ乗り込む決意をします。
宗春の、江戸脱出を阻止するために。
そして、眠り童子を斬るために・・・・・・・・・。
-松竹 株式会社 提供-