新橋演舞場2002.3月公演
「疾風のごとく」
STORY
江戸時代中頃のこと。
常陸国筒井藩の筆頭祐筆をつとめる日野家の庭では、
元服したばかりの一子小太郎(尾上菊之助)が、
菊の花を摘んでいる妹の花哉(馬淵英里何)と日野家に伝わる
菊枕の習わしのことなどを話している。
花哉は養女で、十年前この家に引き取られてきた。
本を読むことがすきな花哉が書庫に入ったあと、
父の弥左衛門(市川團蔵)と母の初(三田和代)があらわれる。
初の書いた写本を手に書庫から走り出した花哉が、
見事な筆跡に筆の手ほどきを願うが、
筆はもう取らないのだと初は断る。
小太郎は、牛尾台助(尾上辰之助)、
鈴木猪平(市川新之助)と同じ道場に通っている。
五百石の祐筆の子息である小太郎、
郡方の奉行牛尾邦之助の次男台助、
三十石の郡方下役鈴木瀬兵衛の長男猪平と身分は違うが、
何でも語りあう親友である。
筒井藩はここ数年財政が苦しく、
年貢を厳しく取り立てており、
一揆や打ち壊しが頻発している。
土地を離れようとする農民もおり、
道場帰りの三人の前でそうした農民の家族を
富樫元助(尾上松助)らの徒士組が捕らえてしまう。
藩の現状を憂いて、
農政を何とかしなければならないと台助と猪平に話す小太郎。
そこへ郡方の役人杉村六郎(坂東正之助)と
根津平四郎が慌ただしく通りすぎ、
ついで郡奉行の牛尾邦之助(市村家橘)と
高野新蔵(市川右之助)が遺体をのせた戸板の後からあらわれる。
何と遺体は猪平の父瀬兵衛。
百姓たちとの衝突の最中に押し倒され死んだというのだ。
父の突然の死に猪平はその場で慟哭する。
父瀬兵衛が非業の死をとげたあと、
猪平への家督相続はすぐには許されず、
三十石の家禄を半減される。
悔やみに訪れた小太郎と台助に向かい、
猪平は驚くべきことを告げる。
父は何者かに殺されたというのだ。
しかも背中の鋭い差し傷から、
相手はかなりの手練の持ち主。
今、藩内は保守派の佐分利筆頭家老派と
改革派の織戸次席家老派に分かれて争っている。
改革派に属していた瀬兵衛は、
見せしめのために殺されたものと思われた。
殺した相手を推測している所へ、
猪平の姉まち(若村麻由美)が
嫁ぎ先から離縁を言い渡されて戻ってくる。
表向き父瀬兵衛の死に方の無様さを問題にしたようだが、
実際には、嫁いで七年たっても子が生まれない嫁を
追い出す口実を見つけたのだった。
猪平は父の仇を必ずとることを誓う。
殺された鈴木瀬兵衛の同輩、
安川左右助(尾上菊五郎)の粗末な家に、
妓楼ふじ佳の主人徳兵衛(坂東吉弥)がやってくる。
左右助から渡された金を受け取って徳兵衛が帰るのと入れ違いに、
台助と猪平があらわれる。
父が殺された場にいた郡方の侍を訪ねて、
その時の様子を聞こうとしているのだ。
左右助は身を守るのに精一杯で、
よく覚えていないと答える。
猪平は郡方の誰かに父が殺されたと告げるが、
左右助は思いもよらないことだと取り合わない。
日野家では、小太郎が書庫から治水や
農作物の本を取り出して読んでいる。
藩を救うには農政を何とかしなくては駄目だ、
という気持ちが一層強まり、
郡方で見習い勤めをしたいと考えているのだ。
母に向かって佐分利派を批判するが、
初は物事にはなすべき順序があるとたしなめる。
そこへ弥左衛門が戻り、
郡方の根津平四郎の遺体が猪平の家の傍らで発見され、
殺人の嫌疑が猪平にかかって
姉のまちとともに大目付の役宅に連れていかれたと告げる。
猪平が殺人を犯すことなどありえない、と叫ぶ小太郎。
やがて小太郎は一年間郡方の見習いをすることになる。
一緒に行動している安川左右助に向かって
農政に対する自分の思いを熱っぽく語る小太郎だが、
長年郡方を勤める左右助は必ずしも同意しない。
小太郎が一人になった時、
侍に恨みをもつ百姓たちに取り囲まれてしまうが、
戻ってきた左右助の力で百姓たちは去る。
一方台助は、吉兵衛(片岡十蔵)と娘おすえがやっている
飯屋の松川屋に入り浸っている。
訪ねてきた小太郎に向かって、
次男の生まれである台助は、
武士をやめて商人になろうと思うと語る。
そんな台助が松川屋にいるのには訳があった。
向かいの料理屋に出入りする藩の侍たちの
動きがおかしいので、
猪平の父親殺しにつながる何かがつかめると見張っているのだ。
話に加わったおすえが、
最前不藩な蓑笠の侍が刀らしき
長いものを抱えて通り過ぎたと告げる。
しかも侍は猪平の家の方へ行ったというではないか。
慌てて台助と小太郎は外へ飛び出す。
猪平の家近くの川の土手で、
二人は土の中から血のついた刀を見つける。
この刀を「証拠」に、
根津平四郎殺しの犯人に猪平を仕立てあげようとしているのだろう。
そこに現われた蓑笠の侍と台助は斬り合いになり、
台助は二の腕を斬られる。
危機一髪のところを吉兵衛に救われた台助は、
日野家で傷の手当てを受ける。
刀を持ち帰った小太郎は弥左衛門と
台助の父邦之助に状況を説明し、
弥左衛門は真相究明に協力することを約束する。
猪平とまちは家に戻ることを許されるが、
まちは正気を失ってしまっていた。
訪ねてきた台助は、その姿に呆然とする。
今の境遇を憤慨する猪平が去ったあと、
ずっと秘めてきたまちへの思いを口にする台助。
だがその思いも、気がふれてしまったまちには
とどいていない様子である。
冬が近づいたある夜、
妓楼ふじ佳の裏口にやってきたのは、安川左右助。
主の徳兵衛に二分の金を渡した上、
自分の馴染みのおみねに会わせてくれるように頼む。
少しづつ徳兵衛に金を渡しているのは、
おみねをいつの日か妓楼から
引き取るためなのだ。
今は妓楼で菊繁(紅貴代)と名乗っているおみねが部屋に入ると、
客としてきているのは猪平。
徳兵衛によびだされて菊繁は裏口へ行くが、
左右助はもはやその場にはおらず、
通りを侍が行ききし、何とも緊迫している。
台助の父、郡奉行牛尾邦之助が何者かに殺されたのだ。
牛尾邦之助殺しの下手人はあがらず、
その上配下の五人が役替えを命じられる。
何とも不可思議な人事に、
小太郎は佐分利家老の意思を感じる。
父を殺された台助は、
郡方の配置換えは一連の暗殺とつながりがあることを見抜く。
初と花哉が竜神社で休んでいる時、
気の違ったまちがあらわれるが、
初は優しくまちの髪を梳いてやる。
やってきた猪平は初に感謝し、
姉の手を引いて去っていく。
そんな二人を初は温かく見守るのだった。
そして雨風が荒れ狂う春の夜、
ついに台助は父の仇と思い定めた男を追いつめる。
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