STORY




五代将軍綱吉の治世。

百年に及ぶ泰平は、町人文化という大きな華を咲かせましたが、
その一方で、「生類憐みの令」などの悪法がまかり通る
腐敗した政治を生み出していました。




老中柳沢吉保(金田龍之介)と、その愛妾おさめの方(蜷川有紀)は、
笛の名手十寸見源四郎の笛の音に魅せられていました。

その笛は、源平の昔より十寸見家に伝わる「山彦」という名品。

権勢並ぶ者なき吉保は、「山彦」を力づくで我が物にしようと謀ります。

身の危険を察した源四郎は、娘お品(平淑恵)と共に
江戸を逃れましたが、見つかってしまいます。

源四郎は命を落とし、「山彦」を抱いたお品は、
ひとりその魔手から逃れて木曽の山深く逃げのびて行くのでした。




それから三月ほど後。秋の夜。

ここ信州伊那の人々は、千年檜の森に囲まれ
ひときわ険しく聳え立つ虚空蔵山を深く信仰していました。

しかし山神の祟りを恐れ、麓の御霊神社より先へ入る物はありません。

ここには古来奇妙な習わしが行われていました。

それは棟に白羽の屋が立った家は、娘を山神の生け贄に
さし出さなければならないというものでした。

今しもその娘を乗せた輿が到着します。

そして輿から姿を現したのは、あのお品でした。




あの後、病に行き倒れていたところを助けられたお品は、
その恩返しのため、風越村の村長の娘の身代りとして、
自ら望んで生け贄になったのでした。

御霊神社に置き去りにされたお品の前に現れたのは、
恐ろしげな山神などではなく、伊那の小源太
という凛々しい若武者でした。




実は虚空蔵山の山深くには、
五百年の間人知れず暮らす平家の落人村があったのです。

生け贄の娘は平家一門の娘として迎えられることになっていました。

ここでは五百年前の平家の暮らしがそのまま続いていたのです。

落人村の住人たちは、
小源太が連れ戻ってきた娘が風越村の娘でないことに気づき、
山神との約束を違えたこの婚儀は認められないと憤ります。




しかし、村の長であり、小源太の伯父である宗継は
お品の凜とした心映えにうたれ、
小源太の嫁として迎えることを許します。

お品は、問われるままに、江戸を逃れ、
父を殺されたいきさつを語ります。

そしてお品が取り出した「山彦」に小源太は驚きます。

「山彦」こそ、この落人村に伝わるあの敦盛遺愛の笛
「小枝」を模して作られた笛だったのですから・・・。

まるで二本の笛が呼び合うように出会った縁の不思議に、
小源太とお品は深く感じ入るのでした。




その頃、信州飯田藩、堀家の若殿鶴之丞一行は、
江戸城二の丸の普請のため、虚空蔵山の檜を伐採しようと、
人跡未踏とされていた地へ入り込んでいました。

村人たちが恐れ、
誰一人踏み入ることのなかった御霊神社のさらに上へ・・・。

 と、途端に激しい矢音と共に、
山神ならぬ落人村の荒武者たちが一行に襲いかかりました。

逃げ遅れた鶴之丞は落人村に捕われることになります。




こうして、五百年下界と関わりをもたずにきた落人村も、
とうとう人々の知るところとなりました。

事件があった半月ほど後。柳沢吉保の家老梁川が、
将軍家の上使いとして落人村へ上がって来ました。

幕府の命令は「鶴之丞を解き放つこと。

また、この山一帯は、飯田藩堀家の領地であるから、
すみやかに山を降りること」と・・・。

小源太は、その命令の裏に、吉保の非道の策略を読み取ります。

「虚空蔵山の地を離れれば、一族は滅ぶ」という
先祖からの戒めを破っても、江戸へ行き、
吉保と対決しなければならないと決意する小源太です。




江戸へ着いた小源太は、平家の御曹司として江戸城に登城。

将軍綱吉との対面を許されます。

そこで小源太が出した要求は、「虚空蔵山一帯を、
伊那平氏の領地と定めること。

綱吉の謹慎蟄居。

吉保の閉門」という驚くべきものでした。

逆上する将軍綱吉、
そして老中柳沢吉保の本性が牙をむきます・・・。




物語は、花の江戸日本橋へと移ります。

正月らしい華やぎの中、水木流の娘たちが、
新しく売り出される小唄集の宣伝よろしく賑やかに踊っています。

女すりのおむら(片岡京子)も
御屠蘇気分の人出を当て込んで姿を現します。

そんな町人たちの近ごろ一番の関心事は、
あの伊那の小源太・・・だれと言うともなく
「世直し大明神」のことでした。




あの夜、江戸城の堀に飛び込んで、からくも危機を脱出した小源太は、
江戸っ子の信心を一身に集める「平将門」の再来、
まさに「世直し大明神」と呼ばれ始めていたのです。

「生類憐みの令」や「金権政治」にうんざりしていた民衆は、
吉保の家来を次々と襲っていた伊那の小源太に、
拍手喝采、溜飲を下げていた訳です。

面白くないのは柳沢家の家臣たちです。

酔って瓦版屋をいたぶり、人々を蹴散らして、
出合い頭に、おむらを拉致して行こうとさえします。

そこへ割って入り、
侍たちをたたき伏せたのは流行らない町道場の主、
一刀流の達人島崎無二斎(田村正和・二役)でした。

無二斎に惚れているおむらは、高札に貼られた小源太の人相書きが
無二斎そっくりなのに気づきます。

小源太の噂が気にかかっていた無二斎も、
何やら不思議な、因縁のようなものを感じるのでした。




神田にある絵師英一蝶(山本學)の住まいを、
踊りの師匠水木歌仙(入江若葉)が訪ねて来ています。

名人一蝶は、御政道を批判した絵を書いたという罪で
長く三宅島へ流されていた反骨の絵師です。

一蝶も無二斎同様、堕落した今の世の中に怒り、
鬱々とした日々を送っていたのです。

ここでも噂は世直し大明神、伊那の小源太のこと。

なにしろ、歌仙と十寸見の家とは、
古くからのつきあいだったのですから。

歌仙は堀家の江戸屋敷に捕われているお品の身の上が案じられてなりません。

と、一蝶の家の二階で物音がするのをいぶかしむ歌仙。

一蝶は、実は小源太を匿っているのだと打ち明け、
力を貸してほしいと頼みます。




そこへ隣に住む無二斎が、
小源太を手配する高札を引きずって帰って来ました。

無二斎は、おのれの剣が、
今の世では何の役にも立たないことに、
強い苛立ちと空しさを感じていました。

小源太の噂は、酒浸りの無頼な日々を送るだけだった
無二斎の心を強く揺さぶりました。

「小源太は、この泰平の世に、
たった一人で幕府相手に戦いをしかけている・・・!」

その小源太が何んと隣家に二階に匿われていたとは・・・!




その頃吉保は、なかなか捕まらぬ小源太に業を煮やしていました。

そしてお品を囮にして小源太をおびき出そうと企てます。

小源太は、罠と知りつつひとり小塚っ原に向いました。

獅子奮迅の働きで、
ようやくお品を救い出すことに成功した小源太でしたが、
深い手傷を負ってしまいました。

追っ手が迫って来ます。

一蝶に促され、とりあえず無二斎の道場へ隠れる小源太。

一蝶と歌仙の機転で、ひとまず岡っ引きは追い払いましたが、
このまま傷ついた小源太とお品を逃すことなどできるのでしょうか・・・。

動揺し、困窮する一同をよそに、無二斎は、
いよいよ自分の剣が役に立つ時が来たことを悟ります・・・。




前幕より二カ月ほどたった春。

吉保別邸。染井の六義園の庭。

虚空蔵山から切り出された檜をふんだんに使って作られた、
豪奢な祥雲閣も見えます。

開園披露を明日に控え、出入りの豪商、紀伊国屋と共に、
祥雲閣の襖絵を描く一蝶や、余興の踊りを見せることになっている
歌仙たちが下見に訪れています。

めでたい日を前にしているというのに、
浮かない顔のおさめの方が通ります。

なんでも祥雲閣に小源太の幽霊が出るというのです・・・。

確かに、伊那の小源太は、捕方に追い詰められて、
あの雪の日、千鳥橋で立ち腹を切っていたはずでした。




そして、翌日の夜。

披露の宴が華やかに執り行われています。

上機嫌の吉保、堀家の鶴之丞らも招かれ、
歌仙たちの踊りなどを楽しんでいます。

と、どこからともなく、笛の音・・・。

あの音はたしかに「山彦」。

しかし「山彦」は今はおさめの手にあるのに。

能舞台では祝儀の能が始まりました。




しかし、黒髪をおどろに乱した扮装の演者から吐かれた言葉は、
あの江戸城で小源太が将軍と柳沢吉保に向かって
突きつけた言葉と同じものだったのです。

「一つ、帝への国土返上のこと!・・・一つ、綱吉、謹慎蟄居のこと・・・!」

死んだと思われていた伊那の小源太は生きていました。

江戸城の斬り合いで散り散りに逃れ、
人足に身をやつして潜んでいた小源太の家来たちも、
狂喜して柳沢の家来たちの中へ踊り込んで行きます。

六義園中、方々で激しく斬り結ぶ音が響き始めました。

逃げ惑う女たち。邸内は大混乱に陥ります。




そんな中で、お品は、おむらたちの力を借りて、
おさめの方からようやく「山彦」を奪い返すことが出来ました。

そしてお品は、一蝶たちの制止を振り切って、
小源太を追って、猶も邸内深く入って行きます。

舞台は、祥雲閣の中へ。

吉保を追い求める小源太。殺された落人村の人々、
十寸見源四郎、そして無二斎たちの恨みをこめた小源太の太刀が、
吉保に迫るのですが・・・!




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