「蔵」




STORY




大正十五年、春まだ浅い二月末。

新潟県中蒲原郡亀田郷・・・




この地の大地主で酒造業を営む田乃内家の奥庭では、
新酒の仕込みの祝いを兼ねた梅見の宴が始まろうとしていた。

当主・田乃内意造には、九人の子を次々と亡くした後に
やっと恵まれた一人娘・烈があった。

烈は意造の愛情を一身に集め、女子大進学を目指して励んでいる。

意造の妻・賀穂は病弱だったため、烈が十五の歳に亡くなり、
妹・佐穂が母代わりとして幼い烈を育てていた。

佐穂の弟・佐野武郎は意造が佐穂を後添にするつもりがないことに不平をもらす。

意造の母・むらも、佐穂が意造の妻となることを願っていたが、
意造は曖昧な返事をするだけだった。




新潟古町の置屋、能登屋の女将・昌枝に連れられて、
初々しい振袖奴・せきも宴に呼ばれていた。

宴のさなか、突然の吹雪に一同が家の中に入ろうとした時、烈がつまずく。

不審に思い問い詰める意造に、
以前から視力が落ち不安に脅えていたことを打ち明ける烈。

意造と佐穂はがく然とする。




目の診察を受けるために東京の帝大病院に烈を連れて行っていた意造と佐穂が、
しょう然として帰ってきた。

烈の病名は「網膜色素変性症」と言い、
いずれは失明に至ることを医師に宣告されたのだ。

「私、少しでも光が見えるうちに死んじまいて!」絶叫して叫ぶ烈。




誰もが沈うつな思いに沈む中、
むらは賀穂が自分の死後は妹の佐穂に烈の母親になってもらうようにと
言い残したことを意造と佐穂に打ち明けた。

とまどう佐穂。




意造は主治医・常石に、烈の目の病の原因に遺伝の可能性があると
帝大病院の意思から告げられたことを話す。

意造は賀穂の実家・佐野家の血を疑っていた。

その時、意造はあたりの匂いに酒蔵の以上を知る。

酒造りに致命的な「腐造」を出したのだ。




打ちのめされた意造は能登屋の若い芸者・せきを相手に酒浸りになっていたが、
突然せきを後添いにもらうと言い出す。

意造を密かに慕っていた佐穂は、衝撃を受ける。

意造もまた佐穂の気持ちに気づいていたが、若いせきを妻に迎えることで
不幸続きの田乃内家に新しい血を入れたいと考えていたのだ。




婚礼の日、せきを嫁と認めないむらは烈を連れて席を立ってしまう。

烈の目も日ごとに光を失っていた。




昭和四年四月。

田乃内家ではむらが亡くなり、
意造とせきの間には丈一郎という息子が生まれていた。

烈はせきに心を開かず、丈一郎が跡取りになれば目の見えない自分は
厄介者になると考え、かたくなになっていた。




今や手探りでしか歩けない烈は、ある日女人禁制の酒蔵の中に迷いこみ、
若い杜氏・涼太と出会う。

目が見えなくても幸せに生きている人がいると語る涼太。

その言葉に、閉ざされていた烈の心に希望の光が差し込む。

そこに、駆け込んで来た女中が、意造が倒れたと告げる。




中風で倒れた意造も杖をついて歩けるほどに回復してきたある日、
母屋から突然悲鳴があがった。

幼い丈一郎が、洗い場の石の角で頭を打ったのだ。

ぐったりとした丈一郎を抱えて半狂乱になるせき。

いたたまれずに庭にでた烈は、突然凍りつく。
「見えね!何しとつ見えね!」。

烈は完全にその光を失ったのだった。




昭和六年元旦。

丈一郎の死、烈の失明と続く不幸に
うつひしがれた意造は蔵を閉める決意をしていたが、
烈はこれに反対し自分に酒造りをさせてくれるように訴える。

驚いた意造は酒蔵は女人禁制、ましてや烈の目では無理だと説く。

しかし、失明の絶望を乗り越え
自分の生きる道を見つけようとしている烈の必死の思いに、
ついに意造の心も動かされる再び酒造りに取り組む決意を固め、
烈に手伝ってくれるように言うのだった。




翌年三月。

烈が蔵に入って初めての酒造りは順調に進み、
酒蔵では仕込みを終えた内祝いの宴が開かれていた。

烈は、涼太から故郷の野積や日本海の話を聞き、
名杜氏への夢を熱く語る涼太に魅かれていく。




屋敷の奥では、佐穂が昌枝から重大なことを打ち明けられていた。

それはせきが意造以外の男の子どもを妊娠しているということだった。

佐穂がせきに子どもの父親を尋ねているところへ烈が現れ、
相手が涼太ではないかと疑い、せきを問い詰める。

涼太へのほとばしる思いを明かす烈に、佐穂はやさしく声をかける。

「目が見えなくたって、好きらって叫ぶことはできるでしょう?

叫んでちょうだい。何一つ叫べなかった私の替わりに」。




丈一郎の死以来、意造との仲が冷えていたせきが姿を消した。

心配した佐穂は意造にせきが妊娠していることを告げる。

やがて昌枝に連れられて戻ってきたせきを、意造は激しくなじる。

離縁して田之内家から開放してほしいという
せきの哀願をも冷たく拒絶するのだった。




昭和八年春。

田之内家に代々伝わる雛飾りの前で、せきが佐穂に別れを告げていた。

せきの腹の子は死産だった。

何かあったら戻って来るようにと言う佐穂に、せきは
「もう後ろは振り返らない」ときっぱり答えて去っていった。

その姿を、意造はただ立ち尽くして見送っていた。




しょう然とする意造に烈は、
涼太と結婚していっしょに酒造りをやっていきたいと告げる。

驚き憤る意造に、烈はこれから故郷の野積に戻ってる涼太のもとへ行って
結婚を申し込むつもりだと言い放ち、意気揚々と旅立っていく。




せき、そして烈までに立ち去られてがっくりとうなだれる意造のそばには、
佐穂がそっと寄り添っていた。

烈と涼太に跡をゆずって自分たちもいっしょになろうと言う意造に、
佐穂は答える。

「私はあにさまのお側にいられただけで、ほんにしあわせでごぜえました。

それで十分でごぜえますがね。」




野積の浜辺を烈が転げるように駈けてくる。

驚く涼太に思いをぶつける烈。

とまどっていた涼太も、
目の見えなかった涼太の母のために幸せになろうと言う
烈の言葉に大きくうなずく。




烈の後を追ってきた新発田の叔父・武朗が、
意造が二人の結婚を許したことを知らせ、
仮祝言用に用意してきた純白の打ち掛けを見せる。

幸せに顔を輝かせる烈。

「おとっつっぁま!おばさま!私、もう何も怖くはねッ!

私の目の底の闇に、光が見えてきたから。

烈は光に向って歩く!それが生きる歓びだから!」




烈は天を仰ぐ。

ふりそそぐ光を両手いっぱいに抱えて。