ミュージカル
「坂本龍馬」




STORY




龍馬のアジトであり、歴史の舞台でもある寺田屋。

女中、人足、旅人、宿の女主人・お登勢、そしておりょうが、
庶民の目で武士社会の裏と表を、風刺と商い精神逞しく歌う。

そこに帰ってくるのが龍馬である。




彼はその手に洋花を一輪持っている。

指に刺をさしつつも、この洋花を自分の気持ちとして受け取ってほしかった龍馬。

だが、おりょうは「人をびっくりさせる花なんて」と嫌う。

龍馬の胸に飛びついたばかりなのに、二人の気持ちはどこかちぐはぐ。

恐る恐る花を手にするおりょうだったが、彼の気持ちがすでに
遠くへとんでいることを見透かした彼女は、花をつき返してしまう。




その頃の京都は、一旗上げようと青雲の志を燃やし、上洛してきた若者たちに満ちていた。

次代を真撃にみつめていた若者もいれば都市指向のはねっかえりもいる。

しかし、確たる道を得られず「尊王攘夷」を叫んでは
暗殺に走る人間が目立ってきていた。




幕府の要人である勝海舟を、時代の先駆者と見る龍馬に対して、
彼らの不満が向けられていくは当然である。

そんな中にあって龍馬は彼らを憎みもせず、必死に話しかけていく。

「もっと広いまなざしで世界を見よ」
「古いものに固執するな。」

この出会いこそ後の亀山社中になろうとは誰も思わなかった。

ただ、龍馬の胸中にのみ、彼らの未来はあった。




敵であれ味方であれ、つねに魅力的に映るのが龍馬。

が、おりょうはそんな龍馬が、ときどき遠い存在に思えて不安にかられる。

好きなのに、好きといえない・・・。




外は、雨。
素直になれないおりょうは、
一人で軍艦にのってイギリスでもフランスでもいったらいい、
と龍馬に投げかける。

どうせ誰もついていく人はいないのだら、などと気持ちとは裏腹に。

龍馬を慕う、陸奥陽之助、菅野覚兵、白峰駿馬らが追ってくるが、
ちょっと見には相合傘の二人に気をきかせ、退散。

おりょうは、龍馬に対して恥じらいながらも、
心中の思いを雨にたくして歌う。




季節は、初夏。

維新の悲劇ともいうべき寺田屋事件が起こった。

倒幕を目指したリベラリストたちを、突然の死が襲った。

明日は龍馬かもしれないと、心配するおりょう・・・。




その寺田屋で、一人の男が待っている。

龍馬の親友であり、同志の中岡慎太郎である。

中岡は武装闘争論者で、龍馬の理想主義としばしば衝突する。

が中岡は「お前が海なら、わしは地の果てへ」と二人で
薩長同盟のシナリオを進めることになる。




同郷の二人は故郷から送られてくるうるめ鰯を見て、
ふと、ふるさとを思い出す。

土佐藩を脱藩し、共に苦労してきた二人は
薩長同盟に命をかけることを約束し、別れる。

龍馬の薩長同盟への、奇想天外な仕掛けは見事に進行していく。




舞台は長崎に移る。

そこは日本に戦乱と血の匂いを嗅ぎつけて集まってきた
死の商人たちの天国だった。

龍馬は卓越した商才にものをいわせ、犬猿の仲の薩摩と長州を
結びつけるため、グラバーの力を借り、大芝居を打つ。

腐りきった徳川幕府を倒すためには、
何がなんでもこの二藩の連合勢力に頼るほかないのだ。

それを支える、亀山社中の青年たち。

彼らの維新回天のエネルギーは歌声とともに団結し、
ひとつになっていく。

龍馬、そして青年たちの志は形をもった。
リバティーシューズの音の中、一幕が終わる。




時代は下り、幕府は京都の治安を衛るため、恐るべき新撰組を設置した。

都は、まさに血を血で洗う、地獄の季節となっていった。

尊皇、攘夷、左幕、開国・・・
混沌の様相を深める京都を舞台に殺戮に走るやつばらと、
自由を戦い取ろうとする龍馬たちとのオペラで、二幕が開く。




薩長同盟のために、全国を走りまわり、
疲れ果てた龍馬が、おりょうのいる寺田屋に戻ってくる。

多くの同志が志半ばで斃れていった。

ふと、龍馬の胸中に迷いが走る。

「時代を変える」「日本をつくる」と自分は大義をもって生きてきたが、
そのために多くの友人、同志の命を失ったことも事実だ。

ましてや、おりょう一人すら幸せにしてやれない・・・。

心に潜む逡巡と希望を、ひとり歌いあげる龍馬。
が、おりょうの励ましに、
龍馬はふたたび戦いぬくことを決意する。

龍馬の胸に身を投げるおりょう。
しかし二人には、時のままに身を委ねるいとまもない。




新撰組の乱入である。

からくも、屋根づたいに逃げる龍馬。

追う新撰組。

叫ぶおりょう。

龍馬の無事を祈るおりょうが、切切と歌いあげる。

・・・龍馬のために、何をしてあげられたのか、
苦しみも、悲しみも、わかってあげられなかった・・・

この時はじめて、おりょうは龍馬の志とひとつになったのかもしれない。

いつしか、おりょうを抱くように、お登勢が歌に重なってくる・・・。




薩摩藩邸の一室。

膳を前に、西郷と桂、黙している。

龍馬、中岡、進み入る。

・・・突然馬鹿なことを口走る龍馬。

中岡のたしなめにも「大事は一瞬にしてなる」と剛胆である。

龍馬が薩長同盟の決意を促すと、「よろしゅうごわす」と西郷。

「恩讎を越えて、天下の大事を成す」と桂。

・・・機は熟した。

が、二人は二軍の兵力で、幕府を倒そうとの考えは変わらない。

戦さはやめよ、と説得する龍馬に対し、銃を斡旋したのは
君ではないか、と反抗する二人。




龍馬は、すでに薩長同盟という内実をもってすれば、時を経ずにして、
幕府は崩壊することを読んでいた。

変節することに対しても、激動の時代に、
人間としてどう変わっていくべきかを熟知していたのだ。

すでに彼は、人より百歩も、千歩も先を歩んでいたのかもしれない。

ぜひ、倒幕後の新政府に君も名を連ねるようにと勧める二人に、
別れの歌を歌う。




慶応三年、秋、寺田屋。

亀山社中隊士たちは、いよいよ戦だ、と意気込んでいる。

しかし龍馬の、戦はやめさせる、との考えに唖然とする。

中岡は、貴様はまだ血も見ずに幕府が
頭を下げるとでも思っているのか、と詰め寄る。

だが、龍馬は「道はまだある」と淡々。

そこへ、おりょう。

ハイヒール姿である。

「きのうまで見えなかった素敵なものがあなたと同じ目の高さで見えてきた」

とコケティッシュに歌う。促されるように「世界はそこに」のリプライズ・・・。




冬の寒さに近い、ある日。

鍋を前に龍馬と中岡。

所は近江屋である。

アジトを変えたのが、龍馬にとっての不幸になるとは知らず。

間もなく大政奉還が成ることを、喜びあう。

その一瞬の隙に、新撰組の奇襲、一閃、頭を切られる龍馬。

中岡を呼ぶが、答えはない。

血だらけの龍馬の手が、宙をさまよう。

最後の力をふりしぼり、歌う。そして、死・・・。




新しい世界を獲得するため、
新しい花を抱きながら走りぬけた龍馬の行動と思想は、
いまだ光彩を放ちつづける。