私は占いが嫌いでした。自分で物事を決めることのできない人が、オカルティックな現実逃避のために行うのが占いだという先入観。「占い」はインチキ臭いという固定観念。占いを不健全なものだと思い込んでいました。そんな私が占い師をしている!
 転職を考え、年齢を重ねれば重ねるほど、キャリアを積めば積むほどに良い仕事で、定年のない職業は何かと考えて思い浮かんだのが伝統工芸と占いでした。もとからオカルトファンでしたし、性別や年齢を問わず、いろいろな方から相談を受けていたこともあり、占いの世界を勉強しました。
 占いを学んで実感したことがあります。占いはインチキではない。学問の要素もあり、個人の哲学でもある。深い世界。占いは決して、役に立たない、くだらない、あほらしいものでもないということ。これは学んだ人にしかわからないと思いますが、占いを批評していた学者が、占いのインチキを暴くために占いを研究すると、なぜか占いにハマってしまうという事実もあるくらい。それは当然の結果でしょう。古来の占いは、天文学者や数学者・化学者達の研究の積み重ねから作られたものですし、学べば学ぶ程に深い知識を得ることができるのですから。
 占いは天気予報みたいなモノです。気象予報士(占い師)が天気図(出生図)などをもとに、お天気(運勢)を予測する。導き出したお天気(運勢)をもとに、傘を持っていくかどうか(何に注意すべきか)など、視聴者(占いのお客様)が個々に判断をして行動する。予測で出た結果を信じようと信じまいと、それは当人次第。雨に降られようが降られまいが(よくない事件が起きようが起きまいが)、最後の決断をするのは自分喜ぶのも後悔するのも自分なのです。「晴天の霹靂」という言葉は、お天気と人生を物語っている一言に思えます。
 人は誰でも血迷います。平常心を失った心持の時には、どんな行動をしてしまうかわかりません。傷ついて、悩んで、落ち込んで、誰にも言えないことを心に抱えて病んでいく…そんな時に自分を見つめ直して、前向きに生きるための助けになるのが占いです。自分で自分を見失ってしまうことは誰にでもあること。当たるとか、外れるとか、そんな小さな問題だけではない。占いは、自分の気持ちを確認して、現状を把握し、心に平静を取り戻すためのツールなのです。
 占いは決して不健全なものではありません。ただし、占いの全てが健全だとも言い切りません。なぜなら、実際に占いを悪用した悪徳業者もいるでしょう。これは占いに限らず、あらゆる分野に言えること。人の心の隙間に巣食う魔物は、いつもあなたを狙っています。信じるとか、信じないとか、そんなことはどうでも良い。あなた自身の心の強さや、危険を察知する能力次第なのです。
 占い師の私が申し上げるのもおかしいですが。。。
「占いをしなくても死なない」=「占いをしなくても生きていける」
そういうことです。笑


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