MISSION!

1

 

 

 確かに、ふざけた話ではあるのだ。

「俺は納得いかないぜ」

 憤懣やるせない、と言った表情で机を叩いた仲間の一人に、いつもだったら上がるブーイングの声は、しかし今回ばかりは賛同の意味を持つ。
「おれもな、さすがに今回はおかしいと思う」
「俺だってイヤだ」
 何人かがそれに同意して唸り声をあげる。

「絶対反対!」
「どうしたもんだろうか?」

「おい、何とか言えよ」

 中の一人が部屋の一角に視線と話題の矛先を向け、そうすれば全員の視線がその一点に集中する。

 部屋の一番奥に置かれたぎしぎし軋む木製の椅子が定位置の彼は、その長い足を行儀悪くテーブルに乗せ、そして黒の帽子を目深にかぶっている。

「デュオ、こんな部隊の一大事の時に寝てるなよ」

 それが彼の居眠りポーズなのを知っている一人が憤慨しながら手を伸ばし、帽子をはたき落とそうとしたその時、今まではぴくりともしなかった彼の手が動いた。

 お気に入りの帽子を乱暴にはたき落とそうと横に振られた男の手を寸前で受け止めて、もう片手で件の帽子を外せば、黒いつばの下から覗いた瞳は鮮やかなコバルトブルー。

「…るっせーな、」

 青年――デュオ・マクスウェル――はあくびをかみ殺しながら唸った。

 

 

 ここは、この国が誇る特殊部隊の一つ、『ブラックナイツ』のたまり場である。
 対テロ任務を主とするこの特殊部隊のトップが爆弾処理で事故死したのは一週間前だった。ちなみに、それはその隊長が赴任してからわずか一ヶ月目の出来事。

 実戦での成績は抜群に高い事で知られているこの部隊は、しかしそのトップが次々に変わる事でも有名であり、その理由には実戦中の死亡もなくはなかったが、それ以上に辞任やら入院やらによる交代が多く、一番の問題部隊としても有名であった。

 この部隊のメンバーが唯一従う人間は、確かにメンバーからの信頼度は高かったが、しかしあまりにも問題行動が多く、そして成績自体の高さと上層部からの命令に対する服従度とが大きく隔たっていたために、軍本部としてはどうしてもその人物をトップに据えられないと言った事情もあった。

 仮にも部隊隊長が平時のほとんどを営倉入りで過ごしていたのでは、他部隊に示しがつかないだけでなく、部隊自体が機能しない。

 そんなわけで、痛む頭をさすりながら軍上層部が提示した次の人事に、彼らは怒っているのである。

「士官学校卒業したて、実戦経験ゼロ!」

 ネットに侵入し、機密ファイルから次の隊長と決まった人間の情報を盗んできた一人が頭から湯気を立てるようにして戻ってくるなり、プリントアウトした書類を机に叩きつけた時から喧々囂々、皆口々に不服の意を示す台詞を並べ立てる中、かぶっていた帽子をテーブルに放った青年が、代わりにその一枚を手に取る。

 書類は着任が決まった新指揮官のプロフィールで、簡単に目を通すなりデュオは高く口笛を吹いた。

「すっごいエリートちゃんじゃん」

 青年の述べた感想通り、その文面にはかなりご大層な履歴が連なっている。

 飛び級を駆使し、十歳で大学に入学、二年後に大学院に進み、十四歳で博士号を取得したあと(ちなみに専攻は物理工学とかいうものらしい)、なぜか士官学校に入学し、今年、主席で卒業。

 ――そして明日からこのブラックナイツに着任予定。

 書類の端に写真も載っていたようだが、白黒写真はプリントアウトの際に失敗したのか、インクが滲んでいて見れた代物ではない。かろうじて判ったのは、その髪が黒か、それに近いブラウンと言うことだけ。

「うーん…。」

 青年はその整った顔をしかめ、口端にくわえていた煙草を上下させた。

 これが彼が考え中であることを示す仕草なのを知っている仲間は押し黙った。

 一分ほどその仕草は続き、そして青年はおもむろに指先に短くなった煙草を摘んだ。

 そのまま灰皿代わりのビールの空き缶の中に吸い殻が落とされ、残っていた液体に火が落ちて消えるじゅっと音が微かに缶の中に響く。

「…ま、もう決まっちゃったことだし、今更考えても仕方ないんじゃないの?」

「デュオ〜〜」
「お前、それでいいのかよ」

 あっさりと下った結論にいきり立っていた男達はがっくりと肩を落とした。

「だってそうじゃん」

 小さく肩をすくめたデュオは、手の中の書類を丸めると無造作に投げた。狙いは違わず、部屋の隅に置かれたゴミ箱に微かな音を立てて消える。

 腰ほどまである長いライトブラウンの髪を三つ編みにして背中に長く垂らし、軍人にしたはやや細すぎる印象のある身体に思い切り崩して軍服を纏っている姿は、その整った顔立ちからも、到底荒くれ者の揃った特殊部隊の一員とは思えず、まるで俳優が軍人を演じているワンシーンのようである。

 しかしながら彼はれっきとした軍人であり、18歳で入隊して早三年、この入れ替わりが比較的多い危険な部隊で生存し続けている腕利きの兵士である。

 それどころか、実戦において腕が立つ人間しか信頼せず、服従もしない強者揃いのメンバーの中で、一番年少でありながら、彼は群を抜いた実力とその人柄で一番の信頼を得ていて、なかば影の隊長、といった位置にいるのだ。

「…まぁ、諦めておとなしく坊やをお出迎えしようぜ」

 その青年がそんな結論を下してしまえば、机を叩いて憤慨していた男達も言葉を口中で呟くしかなくなる。

「でもな〜」

 資料をパクって来た男が机に上体を伏せ、しくしくと泣き真似をする。

「いくら成績が良くても士官学校出たてのかわいこ嬢ちゃんに指揮を執られてるようじゃ、オレ達の命も短いよ」

「だからそう悲観するなって」

 その隣で生命保険に入らなきゃと大げさに嘆く男を見下ろして、デュオは肩を竦めながらマッチを擦るとその日三本目の煙草に火をつけた。

「坊やの指揮があんまりひどいようだったら無視すりゃいいんだし、それに…」

 煙草を銜えた口元がくすりと笑みを零す。

「それに、もっとひどければすぐにいなくなるさ」

 曖昧に濁していてもその台詞の真意はメンバーにはすぐに判り、皆互いに目を見合わせて小さく笑った。

 前任の隊長の任期はわずか一ヶ月で、その最期は爆死。

 別に部隊の誰が何かをしたわけではない。

 しかし、この部隊はそれだけの死線に近い場所で行動しているのであるし、そこに無能な指揮官をあてがっても、この結果は目に見えているのだ。

「ま、面接の結果次第だな」

 デュオは立ち上がった。
 それはこの話題の終了を意味する。

 本人を見て、そこそこ使えそうなら良しとするし、頭でっかちの子供だったら、その時は。

 デュオがあえて音声にしなかった部分を察せないようなバカはこの部隊にはいない。

 …どうせ。
 デュオは帰り際に小さく呟いて苦笑した。

 どうせ、明日には判明することだった。

 

 

 ――そして翌日。

「…え、?」

 噂の『坊や』が入ってきた瞬間、ぱかっと自分達の口が開くのを、部隊の全員が止められなかった。

 …そういえば。

 部隊の仲間と同じく呆気にとられたデュオは思わず瞬間冷凍に陥った頭の片隅で呆然と呟いた。

 そういえば、資料をパクって来た奴は彼を『お嬢ちゃん』と言っていたのだった。

 その時は特に気にもとめていなかったその理由が一瞬で理解できてしまうような光景。

 十六歳という資料から想像していた以上にその人影は小柄で、ミスプリントの画像の端からある程度予測していたかのように、少年らしく切りそろえられた短めの髪は艶やかなダークブラウン。

 しかし。
 小柄な身体に相応した華奢な肩や、長いが折れそうに細い手足、小さな頭部はその顔の半分近くを長めの前髪で覆いながらも抜けるように白い肌をしているのは一目瞭然で、そして前髪の間から覗く顔ときたら。

「おい、ウソだろ…」

 そう滅多な事には動じない強者どもの中に小さく動揺に似たざわめきが入るのを、誰も止められなかった。

 それもそのはずで、目の前に立つ少年の顔は、少女のような…否、少女どころか、天使もかくやと思わせるほどの美貌だったのだ。

 神が作り出した存在、もしくは非の打ち所のない美しさ、と言うものが本当に存在するのであれば、きっとこの形を具現するであろうと言うほどに。

 今は結ばれたままの小さな口元は淡い桜色で真っ直ぐのびた鼻梁は高過ぎも低過ぎもせず、白く滑らかそうな頬はわずかに年齢相当の幼さを残し、それがまた絶妙なアンバランスさを醸し出している。

 そして、何よりも印象の強い、その瞳。

 大きな切れ長の瞳は深いダークブルーで、しかしその目の光の強さのせいか、不思議に『夜』を連想させない。たとえれば、それは夜明け寸前の――朝日が射し込む寸前の空の深い青。

「――今回この部隊の指揮を執ることとなったヒイロ・ユイだ。」

 桜色の唇が動いた結果発された声はどこか硬質な響きで、少々平坦気味な印象はあるけれども、デュオの鼓膜にはかなり心地よく響く。 

「着任にあたり関連資料は大体目を通させてもらった」

 その台詞に何人かがちらりと互いに目を見合わせる。

 この人事は前任者の不慮の事故死で急に決まったことであり、短い時間の中でそこまでする上司は今まではいなかった。しかしこの少年はそれをやってきたらしく、それだけでもそれなりに真面目にやろうとしているのが伺える行為である。

 見た目の良さもあり、結構いい感じじゃん、とデュオが思ったその時。

 くすりと笑う音が小さく響いた事に、反射的に音源に目を向けたデュオは耳と目を疑った。

 それは間違いなく目の前に立つ少年から発せられた音であり、そしてその口元には一瞬ながらも小馬鹿にしたような笑みが浮かんでいたのだ。

 自分の数倍はありそうな体格の男達を前にして、しかしその笑みは虚勢ともどこか違う印象がある。

 ウソだろ?

 つまりは本気で浮かべた笑みと言った雰囲気に、しかし信じがたい思いのデュオは自分に対して呟き、しかし少年はそんなデュオのわずかな好意をあっさり無にするような台詞をその桜色の唇から発し、それを挨拶とした。

「この部隊が噂ほど優秀であることを期待する。」

 

 

                       

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