このページは、カーナビーツのファンクラブ会報「The Carnabeaty」から再構成したものです。
ファンクラブは、彼らの事務所 ロビン企画内にあり、(当時の住所は、港区新橋2-8-14),会報の名前は、The Carnabeaty でした。カーナビーツのファンの子達をCarnabeaty と呼んだのですが、この名称は、一般には、知られていなかったと思います。
この会報が、2ヶ月に1回でていたようですが、ファンクラブの会費は、3ヶ月で400円。ちなみに当時のシングル盤の値段が1枚400円でした。また会員には、生写真の販売もやっていて、値段が手札30円、キャビネ70円、四つ切300円となっています。
レコードや写真は、当時は、今にくらべて高価だったので、今の物価からいうと10倍までは、いかないけど、
7-8倍くらいの感覚ではないかと思います。
このNO.4 は、発行日が68年3月になっています。
「好きさ好きさ好きさ」が67年度のフィリップスレコードヒット賞贈呈式で金賞を受賞した写真。
また同時に「恋をしようよジェニー」と「OK」が銅賞を受賞。(68年2月20日)
初の北海道公演へ出かけた、札幌にて
「ザ・カーナビーツ誕生1周年バースディパーティ」
(開催日は、不明だが、68年3月までの行われたようなので、実際には、この1年前にカーナビーツが出来ていたか関係者の証言からすると疑問が残るのですが・・・)
目黒パークレーン(本来は、ボーリング場)にて、400人のファンが集まり、大きなバースデーケーキに誕生1周年を示す、大きなローソクが1本。全員で、火を消し、ファンといろんなトークをしたあと、ライブ演奏。
ファンみんなからメンバーへのプレゼントは、一人ずつへオルゴール付きめざまし時計。(これは、ファン・クラブでプレゼントのためのカンパを募集し、集まったお金で購入したもの)
タイガースなどと較べると、規模が小さい分、アット・ホームな感じで、ファンとメンバーの距離が近い感じがします。
なぜダルマを持っているのか?
これは、カーナビーツ初のリサイタルの成功を祈願してファンから贈られたものなのです。