へむれんの近況 - これまでとこれからのあらすじ
沖縄に住みたい!!!
と、思い立ったのは、実はもう2,3年前のことになる。
具体的には、那覇から飛行機で30分ほどのところにある、宮古島。
沖縄に旅行などで行って、その気候や風土が気に入ると、たまに
そういう病気にかかる人がいるのだそうだ。通称「沖縄病」(笑)。
沖縄病の有効な治療法はただひとつ。実際に住むことだ。
だがしかし。
隠居する年でもあるまいし、田舎へ引っ込んでただぼーっと過ごす
ってわけにも行くまい。何かせねば。
旅行で沖縄が気に入ったと言っても、それはあくまで旅行者の視点。
実際にそこに住んでいる人たちにはその土地なりの苦労や辛いことが
あるはずだ。そういったマイナスの面も含めて、あの土地をもっと
知りたいと思ったのだ。
で、住むつもりになって色々話を聞いてみると、やっぱり同じように
あの土地に憧れて住みついて、でも数年もすると離れていってしまう
人もいるのだとか。
彼らは何か嫌なことから逃げて、島に来ている。
それ以前の嫌なことからは逃げられるだろうけど、それだとやっぱり
こっちでも嫌なことがあれば逃げてしまう。
宮古島にずっと住んで、そんな人たちを見てきた女性はそう話してくれた。
島は逃げるための場所ではないのだ。
絵葉書屋になりたい!!!
じゃあ今の自分が、いいことばかりを期待して単純にここへ来ても、
同じように逃げ出すことになるだろう。
その時はそう思って、一度は移住をあきらめた。
あきらめたというか、
そこに住み続けるためには、そこに自分の居場所を作らなくちゃならない。
居場所を作るっていうのは、そこで何かするってことで。
ただ住むんじゃなくて、何か目標なり野望なりがないと、
結局は嫌なことばかりでくじけてしまうだろう。
だから、島で自分がやりたい事が見つかるまでは、移住に踏み切ら
ないことにしたのだ。
なんか順番が逆のような気もするが、それからはとにかく島に住むために
何をやろうか、そんなことをずっと考えていた。
で、出た結論が「絵葉書屋」。これが1年前、2002年の年末のこと。
このサイトを見ればわかると思うが、へむれんは絵葉書が好きでずっと集めていた。
自分で買って集めるのとは別に、友人や(当時の)恋人などからもらった絵葉書も
大事にしている。
自分が旅行に行った時には、家族や友人に絵葉書を送る。
メールや電話とは違った、時間差のあるコミュニケーション。
絵葉書の絵柄を選びながら、改めて家族のことを考えたりする時間。
思わぬ相手から送られてきた絵葉書の、絵柄や文面、文字のクセなどを眺めて、
差出人が今どうしているのか思い巡らす時間。
そういうものが好きなのだ。
海と自然に恵まれた島で、綺麗な絵葉書を沢山売りたい。
買ってもらった絵葉書で、ぜひ大切な人に手紙を書いて欲しい。
だから売り場の近くには、手紙を書ける小さなスペースが欲しい。
お茶ぐらい出して、くつろいでもらった方がいいかしら。
そんな思いが生まれた。だから動き出した。
もちろん、そんな夢だけで商売ができるなんて思っちゃいない。
それに行ってすぐに、土地柄も知らずにそんなことができるわけがない。
だから長期計画だ。まずは生活基盤を築くこと。
で、近況。
まずは親を説得。もちろん最初は怒鳴られた。まぁわかっていたことだが。
でも意外と早くに、「行って来い!!!」とのお許しが出た。ただし、
自営ではなく就職することが条件。
これはまぁ、元々最初は就職するつもりだったので問題なし。
店をやるとなったら、またその時に相談すればいいだろう。
次に勤務先。これまた散々交渉を引き延ばされ、ごねられたあげくに
2003年12月末をもって退職、ということで話がついた。
同僚や周囲の人たちには、時間はかかったがひとりずつコソッと
話していった。あまり大騒ぎにしたくなかったので。
他には、少しずつ身辺の整理、それから情報収集。
ちなみに、沖縄は日本で最も失業率が高い県である。
こちらで調べるにしても、主な手段はインターネットくらいだ。
いやぁ・・・ない。家も職もホントにない。
冗談はよせと言うくらいない。
さらに余談だが、上でも話している通り県外から移り住んで、
くじけて逃げ帰ってしまう人達の評判は悪く、中には家賃未納で
逃げ出す人もいるらしくて、あっちの不動産屋さんは県外の
人はあまり信用してくれないらしい。
状況はかなり厳しそう。もちろん覚悟の上で行くのだが・・・。
と、
こんな状況の中、ちまちまといいわけを綴って日記だけ更新している
最近のPULP AGE管理人です。
はてさて、どうなることやら。