7月の喜多嶋隆

〜南十字星ホテルにて〜
Southern Cross Hotel Story


1989.6.20 天山出版より単行本として発売


1992.6.10 角川文庫より発売

 

「ここは人生の乗換駅(トランスファー)。
 誰かと出逢い、恋を見つける南の島。
     
〜 角川文庫 初版 帯より

 あなたも夢みて......
 
トロピカル・ライト・Kissキッス!
     
〜 天山出版 初版 帯より

 

contents

さよなら、チャーリー

裸足でサンセット・カクテル

通り雨(シャワー)のちホームラン

そのリクエストは歌わない

シャネルにお別れ

ナンバー1224に賭けて

 

 

 

ワイキキビーチの東端の南十字星ホテル。
プールのライフガード兼探偵。
それが日系三世の主人公、ケンジ・マツモトの仕事である。

彼の前に登場する女性達は、何かで心が揺れている。
結婚式の前日に、本来の自分の姿を見つける女性。
自分の想いを、誕生日のプレゼントに託し、答えを待つ女の子。
愛する人との約束を信じて待ちつづけるロコ・ガール。

みんな、ケンジの目の前で、ハワイの風に吹かれ、
本来の自分を見つけていく。

ケンジは、ハワイ大学卒業後、ホノルル市警に2年半勤務。
まだ、20代である。
が、岐路に立っている彼女達に、素敵な言葉をかけてゆく。
俗に言ってしまえば、カッコイイのである。
思わず、”う〜ん”と唸ってしまうような言葉をサラリというのだ。
そんな、サラリと言ってしまった言葉達の中で、特に私が
気に入っている部分を紹介してみよう。

ケンジ・マツモト、是非一度、お目にかかってみたい主人公の
ひとりだ。

 

 

裸足でサンセット・カクテル

「さて、何に乾杯しましょうか」と彼女。

「......君が投げ捨てたハイヒールに」

僕は言った。彼女はうなずく。

「心のハイヒールね......」とつぶやいた。   (P.80より抜粋)

 

仲間より、いい服、いいボーイフレンド、いい車...
他人と競い合って、様々なものを身にまとってきた彼女が、
ケンジと出逢い、見栄の張り合いがバカらしいと気づく。
そしてハイヒールを脱ぎ捨てる。ケンジは、以前の彼女は
”心にヒールをはいていた”と表現するのだ。
ヒールを脱ぎ捨てて、裸足で歩く...あるがままの自分、
心地良いけれど、自分に自信がないと出来ない事かもしれない。

 

通り雨(シャワー)のちホームラン

「ベストをつくしてもダメなことって、あるものなのね......」

レニーが、つぶやいた。僕は、うなずく。

「17歳で、そんな人生の真実をつかむなんて、めったにない

チャンスだと思うぜ。」といった。

「人生の真実?」

「まぁ、そのシッポくらいのものだろうけどね。」

僕は微笑いながら言った。 

「テイスト・オブ・ライフ......」       (P.112〜P.113より抜粋)

 

一生懸命やってもダメだったことがあって落ち込んでいる人を、
いかに励ますか...難題だ。ましてや17歳の少女である。
それを”人生の真実のシッポ”をつかんだと励ます。
そういうシーンに出くわし、そういう言葉を言える。
何とも落ち着いた、大人の男なのだろうか.....

 

 

ナンバー1224に賭けて 

「とにかく、あんたの娘はいま、人生で最初の大きな賭けを、

自分だけの責任でやっているんだ。それだけは認めてやっても

いいんじゃないのか。」僕は言った。

「賭け?」

「ああ......。あんたがパイナップル・ワインに自分の夢を

賭けているようにね。」

「私が、パイナップル・ワインに賭けている夢.....」と彼。

酔った視線を上げた。

「そういうこと。それが、他人から見てどんな不確かなものだと

しても、そいつに自分を賭ける権利を、誰もみな持っているんじゃ

ないのかな。」                (P.204より抜粋)

 

 

愛する人とクリスマスイブに南十字星ホテルで会う。
4ヶ月前にそういう約束をした。
愛する人には、家族がある。その間連絡は取らない。
会えると信じて、家出をしてくるロコ・ガール。
反対し、追いかけてくる父親に、ケンジがいう言葉がこれである。
”他人から見てどんな不確かなものだとしても、それに自分を
賭ける権利がある。”
この言葉を聞き、父親は認める決心をする。
自分の信じているものに賭ける勇気...
端的に言えば、信じる勇気...
夢を持ち続ける人というのは、強い人だと、つくづく思う。
それをかなえられる人はもっと強いと思う。

 

 

やめることの勇気 〜 シャネルにお別れ

何かを始めたり、何かにチャレンジする。
これは、勇気が要ることだ。
勇気を出して、決心して始めるものもある。
が、何かにつかれたようにだったり、思いもかけないきっかけで
始めることになったりすることもある。
”始める”という勇気は、案外、すんなりと出せてしまうように思う。
「何かをやりたい」その気持ちさえあればだ。

何かをやめる、何かを捨てる。
これは、始めることよりもさらに勇気が必要だ。
少なくとも私は、そう思っている。
例えば、どんなにイヤで、辛い仕事でも、「辞めようかなぁ」とか
「辞めたいな」と日々思っていても、実際に辞めるとなると
そう簡単にはいかない。もちろん社会人としての責任もある。
同業他社への条件のいい転職というなら、話は別であるが、
次のことは、何も決めていない、あるいは、何の保証もないような
新しい仕事に就く場合は、特に。
そして、現在の職場が他人からみていわゆるいい企業なら尚更だ。
周りの人達に理解してもらえない、あるいは、猛反対されるだろう。
他人にわかってもらえないのは仕方のないことかもしれない。
それをはねのけたとしても、自分の中によぎる漠然とした将来への不安、
これを拭い去るのは、難しい。
他人から、”ドロップアウトした”という烙印を押されることさえある。
そういった諸々のものを鑑みて、それでも「辞める勇気」を
持てるとしたら、その人にとって「辞めることは、自分らしいこと。
あるいは、自分らしさを取り戻すこと」になるのだろう。
そういうったマイナス要因をすべて受け入れて辞める。
これには、図り知れない勇気がいるだろう。
そして、それを理解してくれる人がいることは、幸せだと思う。

この「南十字星ホテルにて」の中の”シャネルにお別れ”では、
主人公マユミは、結婚することを直前になって、白紙に戻す決心をする。
結婚をやめることは、仕事よりもっと、もっと勇気がいることだろう。
仕事と違って、相手もあるし、お互いの家族や諸々のしがらみがある。
だが、自分の人生を生きるのは自分だ。
従って自分の人生を変えられるのも自分だけなのだ。
一生後悔するよりも、ここで勇気を出す方がいいに決まっている。
自分を偽って生きていくことよりも、自分らしく生きることを選びたい。
結婚を式の10日前にキャンセルしたことがある同僚がいた。
彼女は、相手が職場の同僚だった為に、会社に居づらくなって
大好きだった仕事を辞めざるを得なかった。
一生ガマンして生きていくより、たとえ大好きな仕事を辞める
ことになっても、自分らしく生きていきたい。
心からそう思ったから、キャンセルを選んだと胸を張っていた。
”ドロップアウトした”烙印を押されても自分らしさを求めるよりも、
波に流されるように、逆らわずにそのまま我慢して生きていく方が、
案外、楽で、そういう人も多いのかもしれない。
一生、悲劇のヒロインとして自分を憐れんで生きていく、あるいは
諦めて生きていく。そういう選択をする人もいるだろう。
それは、またある意味、勇気があると思う。
だが、自分は、どう考えても前者の選択をすると思うし、実際に
してきた。

この本を手にした1989年の夏、私は会社を辞める決意をした。
その仕事の専門家として将来を期待されていたにも拘わらず、
それも業界大手で安定していた会社を...
上司、同僚、家族、友人、殆どの人に反対されたことは言うまでもない。
そんな時、この本が背中を押してくれた。
自分らしく、自分の思う通りに生きていくことは間違っていないと。
今も、あの時の選択に後悔はしていない。

 

 

単行本のあとがきに、こう書いてある。

 南洋にある1つのリゾート・ホテル。そこをつぎつぎと訪れる客たちの
ドラマを、1話ずつ、短編連作の形で書きたいと思った。
 花を1輪ずつ糸に通してハワイのレイを作っていくように
描けたらいいと思っていた。 (中略)
 ホテルのロビーを、プールサイドを、渡る風のように過ぎていく物語たち。
出会い。別れ。夢。失望。恋。再会。そして1杯のカクテル.....
 そんな短編連作を、サラリと乾いたタッチで書こうと思った。

この本の中に綴られた主人公の想いは、カラリと乾いた南の島の
風にのって、読者の元に確実に届いているだろう。

勇気が欲しい時、元気をもらいたい時、ふとケンジの言葉が
頭をよぎることがある。何度も何度も読み返した言葉がよみがえる。

南の島のリゾート・ホテルのプールサイドやバルコニーで
ヤシの葉が風にそよぐ音を聞きながら、この本を読むのは、
最高に気持ちがいい。
ふと、あたりを見回すと、ケンジが芳が歩いているような気がするのだ。

喜多嶋隆ご本人の率いるバンドCoconuts ClubのCD 
1999summerを聴きながら、このコンテンツを作っている。
この部屋が南の島のように感じられるのは、喜多嶋マジックか・・・