「あからさまなスパイ」
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携帯着メロ。あれうざいですね。
あれほどあからさまに音楽を侮辱する習俗も珍しい。人類とその文化に対する挑戦ですね。
それはやはり、電車の中でした。
「コギャル」をはるかに超越し、いいカンジにバケモノ入ったおねーちゃんの唇は
なぜあんなにもパール色に輝くのでしょう。鉛の味とかしそうで、絶対キスしたくありません。
髪はそうですねえ、子供の頃憧れた24色入りの絵の具だったら表現できるかな、という色。
鮮やかに人工日焼けした肌。相手を威嚇する目元のメイク。ここにもパール大量投入。
日本人離れしようとして人間から離れてしまった彼女たちはルックスのみならず、
その立ち振る舞いも狼に育てられたとしか思えない傍若無人ぶりで
幼稚園を退学になった友人がジョナサン=ジョースターばりのジェントルマンに見えるほどです。
さてそんなおねーちゃん。席につくやいなや、例によっていそいそとケータイを取り出し
もっちゃもっちゃといじくりはじめました。魔女です。
ケータイに魂を売った悪魔や魔女は、なぜか必ず多動症候群になるようで
ひとりでじっとしていることができなくなります。恐ろしいですね。
そのとき例によって魔女のケータイが、ピリピリと鳴り始めました。着メロです。
その場にいた全員の神経をかきむしる電子ピコピコ音。ああいらいらする。
いらいらするけど、なんの曲だかつい聴いてしまうところがさらに悪質です。
そんな彼女の着メロは…………『スパイ大作戦』でした。ふーん。個性あふれてるねえ。はいはい。
いやちょっと待て。おかしいぞ。なんかヘンじゃないか?
だって彼女はさっきから、ずっとケータイいじくって遊んでたじゃないか。
そこに電話がかかってきて、なぜじっくりと着メロの曲を聞き分けられるんだ?
なぜスパイ大作戦だってわかるんだ?
デッツデッツデッデッデッツデッツデッデッデッツデッツデッデッデッツデッツデッデッ
パララ〜パララ〜パララ〜ってここまででたっぷり10秒かかってるぞ。なんでだ?なんでわかったんだ?
みなさん、これが魔女の恐ろしいところです。
善良な信仰者には想像もつかないでしょうが、この魔女はわざとすぐに電話を受けなかったのです。
なぜか? 口にするのも忌まわしいですが、魔女はその場にいる全員に
自分の着メロを聞かせたかったのです。自分がいかに個性的でユニークで、オリジナリティあふれる
着信メロディーを使用しているか、知らしめたかったのです。
だからこそワンフレーズ終わるまで待って、それから電話に出たのです。
しかもその個性っぷりときたら、しょせん『スパイ大作戦』。トホホ。
なんという恐ろしい魔女でしょう。私たちは魔女の策略にハマったのです。私たちは負けたのです。
誇らしげに周囲を見回しながら、ケータイに向かってわめきちらす魔女を後に、
私は電車を降りました。重い足取りでした。
みなさん、悪魔はどこにでもいます。いつ襲ってくるかわかりません。強く信仰を保ちましょう。
それでは祈ります。
「トム=クルーズに祝福を。太ったりやせたり忙しいジャン=レノに救済を。
そして願わくば、ストーンズの着メロと一生出会わずに済みますように。マジでお願い。エィメン」
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