人生ゲームのススメ

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オレがヒマな時よくやる遊びに、「人生ゲーム」というのがある。いや別にルーレット回したり最後に子供売っちゃうようなボードゲームのことではない。俺は友達が少ないから、遊びといえばたいがい一人でできて、金もかからないもののことだ。

人生ゲームのフォーマットはこう。「人生は○○である。なぜなら××だからだ」 こんだけ。この○○にテキトーな名詞を入れ、××でそれにふさわしい理屈づけをするだけである。試しにいくつかやってみよう。

「人生はアロンアルファである。なにもかも、あっという間に決まってしまう」

「人生はラーメンである。放っておくとのびる」

「人生はザクレロである。我々は常に鎌を振り回し、大声を挙げて敵に突っ込むしかないのだ」

ここでのポイントは、いかにもっともらしい人生訓っぽくできるか、である。 従って○○にはなるべくくだらない、バカバカしいものを入れるといい。

「人生はキンタマである。決して左右は入れかわらない」

「人生は月曜ドラマランドである。一回見逃すと二度と見れないが、いざ見てみると大した事ない」

「人生はターミネーター2である。冷たさよりも暖かさの方が、よい結果を生むのだ」

なお「人生」を「恋愛」「芸術」「映画」「プロレス」などと置き換えるのも可。

「恋愛は犬のウンコである。気づかないだけで、実は道端のどこにでも落ちているのだ」

「芸術は林家こぶ平である。古典ができなくても、真打になれる」

「映画はコンドームである。安全なところから、我々を楽しませてくれる」

「プロレスはフロッピーディスクである。その容量は、たった1メガそこらしかない」

いかがですか? いかにも一見意味ありげで、その実中身はなんにもないですね。


あと「○○という××」という遊びもある。 ○○にはなにか固有名詞を、××にはテキトーな普通名詞を入れて、いかにも意味深で含蓄ありげな言葉を作る遊びだ。

「ミッシェル・ガン・エレファントという確信」

「富野由悠季という幻想」

「マイクロソフトという現実」

「美川憲一というビジネス」

××に入る普通名詞は、本来「伝説」「神話」などが定石ではあった。しかしあまりに定石すぎて、最近はさすがに使われなくなったようである。

「ミッシェル・ガン・エレファントという伝説」

「富野由悠季という神話」

「マイクロソフトという伝説」

なお「そのまんまやんけ!」という言葉をわざと入れ、いかにももっともらしく、深遠で意味ありげに見せるやり方もある。

「エイリアン2という戦争映画」

「ラーメンという食べ物」

「携帯電話という通信手段」

「ガンダムというモビルスーツ」

……最後のはプロの作品です。これでお金儲けできるんだから、悪くないよね。なお、この変形として「××としての○○」というのもある。

「戦争映画としてのエイリアン2」

「食べ物としてのラーメン」

「通信手段としての携帯電話」

「モビルスーツとしてのガンダム」

あとミクロな話で申し訳ないが、模型誌「モデルグラフィックス」が好きなパターン。

「ウイングガンダムとは結局何だったのか?」

「ゼネプロとは結局何だったのか?」

「ガレージキットとは結局何だったのか?」

「あさのまさひことは結局何だったのか?」

あとはほら、本文に匹敵するボリュームの注釈をつければ一丁上がり、と。

最近は○○に相当する固有名詞が持つイメージと比べ、なるべく意外でショッキングなものを使ってミスマッチ感覚を誘うのが流行ってるようだ。

「社会主義という食べもの」

「ああっ女神さまっという皮肉」

「笑っていいともという時限爆弾」

しかしそこはそれお遊び。まるで意味のない言葉や、正反対の言葉を入れた方がくだらなくて笑えるだろう。適当に言葉を並べ、アミダクジで組み合わせてもいい。

「松田聖子という謙虚」

「北朝鮮という誠実」

「スターシップ・トルーパーズという爪切り」

「バーチャファイターというサンダル」

「矢沢永吉という石油ストーブ」

いかがですか? いかにも一見意味ありげで、その実中身はなんにもないですね。


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