子供の自転車飛び出し

子供の自転車飛び出し



 その頃,路地からの左折の際,片手運転で十分にハンドルが切れずに,対向車線に
かなり,はみ出して曲がったことが,一つの危険な運転をした印象があった.これが
一歩間違うと,正面衝突にも繋がる….                    

 この時,ラジオのボリュームを直したかも知れぬ? ハンドルの動きに比較して,
アクセルを強く踏み過ぎて? 対向車線にまでオーバーランした.外界への注意力が
失われ,車の中の作業に注意力を取られた….                 

 また,信号で止まる際,停止線を超えてしまうことがあった.スピードの感覚にも
狂いがあったのか,思った以上に車の速度が速かった.ずっと一般道を走ってきた.
思った所に止まれなかった理由も解らぬ….                  

 それ程のスピードは出していなかったつもりなのだが,ブレーキを掛けてみると,
想像以上の加速を感じて,スッと,1メートル程オーバーランである.雨でもない.
一歩間違えば追突事故にも発展する.                     

 年老いて,感覚が鈍って来たか? そんな不安も感じた.この体験から,意図的に
スピードを控えめにするようになった.急に止まろうと思い立った訳でもないのに,
普通に止まれない体験は不気味であった.                   

 その日は丁度,学校が一斉に夏休みになった日だった.俺様は,妻と二人でメシを
食いに出掛けた.かの衝撃的な居眠り運転から,そろそろ一年になろうとする頃でも
あった.                                  

 俺様は,妙に気分が落ちつかぬ状態で,キョロキョロしながら,妻と,色々な話を
しながら運転していた.今日から学校が休みと言う意識があって,それなりに子供に
注意する意識もあった.                           

 それでも制限速度を10キロは超えていた.それなりに安全に配慮していたつもりで
はあるが,現実にはなかなか40キロでの走行はできない.その先に,小学校の入口が
あることも漠然と頭にあった.                        

 押しボタン式の信号付近に人影もなく信号も青だった.学校には生徒はいない….
あるいは,そんな気の緩みもあったか,正に,その信号を超えようとしていた瞬間,
俺様の視界の上に黒い影がサッと過った.                   

 俺様は,反射的にハンドルを右に1/4切りながら急ブレーキを踏んだ.思い切り
ハンドルが切れなかったのは,片手運転だった所為もあるか? ただ,日頃,こんな
場合,対向車線に飛び出す怖さも感じていた.                 

 例えば,飛び出しに遭遇して,これを避けようと,対向車線に飛び出して対向車に
正面衝突したら,全く無関係の車を事故に巻き込んでしまう.飛び出した側に応分の
被害を分担して貰うしかない.                        

 様々な事故の状況を考えて,日頃,頭の中で,そんな場合の自分の行動を想定して
覚悟を決めておくと,無意識に実行される.それでも車の右側が,少し対向車線まで
はみ出していた.                              

 俺様は,真っ直ぐ前を見ていたつもりだったが,その直前に,視線を車の中へと,
移動させていた? だから,視界の上に影が見えた.ノーブレーキの子供の自転車の
前輪先端に,車の左端が接触する様子が見えた.                

 車が止まった時,自転車は,助手席の辺りに位置した….然し,子供は倒れて姿が
見えない.降りてみると,子供は『痛いよう…』と泣き出した.取り敢えず生命には
別状ない….立ち上がって歩くことも出来た.                 

 公衆電話のない場所で,近くの人に,救急車の手配と,警察への連絡を依頼する.
突然,子供が『もう大丈夫だよ….お母さんに言わないで…,病院にも行かない』と
泣きながら言い出す.                            

 妻が子供の側に寄り添って,『何処が痛いの?』とか『何年生?』『お名前は?』
などと聞き始める? 素直なもので,答えながら次第に落ちついて来た.見たところ
大したことはなさそうではあった.                      

 連絡してくれた人が,その子供の親の所在を知っていてすぐに連絡をしてくれた.
間もなく救急車が来て,隊員が手をブラブラさせたり跳ねさせてみる.そこへ母親が
駆けつけた….                               

 子供が恐れていたように,子供を叱り飛ばした.俺様は『お子さんは,お母さんに
叱られることを恐れていましたから,叱らないで下さい』と言う.隊員は,母親に,
『直接,ぶつかっていませんから…』と言う.                 

 どうやら先の動作は,その確認だったようだ.俺様は,現場に残り,警察の到着を
待った….先ず,最寄りの交番からか,警官がバイクで来て,車検証とか,免許証を
確認したり等の基本事項を聞いた.                      

 その中に,何処の教習所を出たか? なんて質問もあった.状況説明も一通りして
後は,現場検証の車を待つ….これがかなり渋滞する道を通ってくると言うことで,
かなり待たされた….                            

 ようやくその車が来て,その上に大きく『事故』と書かれた看板を出して,検証が
始まる.『やれやれ…大変な騒ぎになったわい…』車のぶつかったところや自転車を
検証して,どのような状況だったかを聞かれる.                

 車のスピードはどの位だったかと聞かれたが,さすがに,40キロとは言えない….
『50位は出ていた』と答える.その時は,前を見ていたつもりだった.ただ,俺様が
気がついた時,自転車が車の前にいたことを述べる.              

 現場の少し手前で中腰になって,運転席からみた状況で現場を観察して,そこから
飛び出すのが見えなかったか? と聞かれる.『見えますねぇ…』思わず答える….
前を見ていたつもりが,ぼんやりしていたかも知れない.            

『ずっと遠くをみていたのかな?』とも言われたが,多分,それなら見える….首を
傾げるばかりであった.飛び出しの場合,普通は,先ず急ブレーキである.それが,
今回は,先ずハンドルだった.                        

 それだけ飛び出しが直前だったのか,俺様の発見が遅れたのか? 俺様には一瞬の
気の緩みもあった.後で,その日の俺様のバイオリズムを見ると,二つの要注意日が
重なっていた….                              

 日頃,『身体・感情・知性』のバイオリズムを参考データにして,出掛ける前に,
チェックしているが,その日は,それも忘れていた.当初,このバイオリズムなんて
一種の迷信とも思っていた.                         

 事前に,要注意日であることを自覚して,注意することで,結構,危険を回避した
ことが多い.つまり,事前に要注意日であると知っていることが,普段よりも起こる
可能性が高い事故の確率を予知することに繋がる….              

 もし,その日が,二つの要注意日が重なる日であると自覚していたら,もう少し,
慎重な運転をしていたかも知れない….意識的な努力なしには,細かい精神状態や,
体調の変化には気がつかない.                        

 突然,現場検証しているところへ,何故か,かの子供と母親が戻って来た.子供は
足に包帯を巻いていた.大したことはなくて,一回限りの診察で,通院の必要もない
との診断で,結果的に自転車で転んだ程度の打撲だった.            

 昨今の子供は,転んだだけで骨折する,妙な弱さもあると聞き及んでいただけに,
これは幸運だった.子供は,小学2年生の男の子だった.母親に俺様の住所と名前を
伝え,相手の家の所在地も聞いた.                      

 検証の結果とか,また,子供の怪我の様子などで,もし被害者に了解が得られれば
人身事故ではなく,物損事故で扱うことも可能だとの話だった.それは,俺様の側で
積極的に言えることではない.                        

『もし物損事故で処理することに了解が得られれば,後日の出頭は必要なく,電話で
そう伝えてくれれば,それで処理は終わります』との話だった.夜,相手の主人の,
帰宅を確認して,怪我をさせた謝罪に出向く.                 

 子供が飛び出したことは,本人や,近くにいた相手の知り合いの話などで,相手も
了解していた.ただ,『一応,子供の様子を見たいので警察に出向いて云々』の話に
なった.翌日になって容体が急変…などを警戒した?              

 その警察署周辺は,交通渋滞がひどくて,俺様は,指定された時間に到着する為に
電車と徒歩で出向いた.まだ相手は来ていなかった.「相手と話はしましたか?」と
聞かれた.「一応,様子をみたいとのことで…」俺様が答えると….       

「様子を見たい? どんな様子を見るのかなぁ…」等と,つぶやく….そこへ子供と
母親が姿を見せる.子供は包帯も取れて,「警察なんて面白くないところだ」等と,
はしゃぎ回る….                              

 車の渋滞に巻き込まれて,父親は遅れるとのことだった.暫く到着を待った.が,
来る気配もない.「こちらも忙しいので話を進めますと,この事故の場合は,事情が
事情ですから物損事故で処理したいと思いますが…,どうですか?」       

「一応…,暫くは子供の様子をみたいので,その返事は…,一週間ほど待って云々」
母親は,そう言った.「分かりました.もし人身事故にする場合は,相応の診断書が
必要ですから,揃えて持参して下さい.終わります」              

 係の警官は,あっさりと立ち上がって,次の仕事に戻ってしまった.二人もすぐに
父親のところに戻るとのことで,一週間後に電話を貰う約束をして別れた….結果は
物損扱いで一件落着….                           

 保険会社とも連絡を取ったが,治療費とか自転車の賠償程度しか考えられないので
保険を使わずに,処理した方がいい.後日,話がこじれた場合も,警察への届け出が
あれば,後から保険を使うことも出来るとの話だった.             

 相手が子供では,俺様は『お前の飛び出しが悪いっ』とは言えない.何があっても
止められるスピードで走るのが原則であり,弱者優先の論理では,どうしても車側が
不利になると交番の警官も言っていた….                   

 一応,治療費として実費,一万円と,見舞金として3万円を,事故当日に持参して
渡した.『子供の自転車と言っても,2万円もしませんし…』保険会社の話を参考に
したのである.                               

 もし,骨折だの入院だのと言う事態になった場合を考えれば,軽く済んだことは,
奇跡にも近い幸運でもある.それにしも,二年連続して事故体験とは…,いずれも,
被害が少なくて大きな教訓を得た….                     

 ただ,この事故にも一種の後遺症が残って,妙に飛び出しを恐れるようになった.
偶然には違いないのだが,その後一度,自転車に飛び出されたが,過剰にハンドルを
切って大きく対向車線に飛び出した….                    

 対向車もなく事故にはならなかった.『相手に相応の被害を負担して貰う云々』の
思い込みも,消えてしまっていた.恐怖心が先行して,もはや自分の意識では制御が
出来ない過剰反応を呼び起こしてしまう….                  

 この事故の後,かなり意図的にスピードを抑えるようになったのだが,それからも
何故か悠然と飛び出して来る自転車に何度も遭遇したが,教訓が功を奏して,何事も
なく済んだ….あの体験がなければ,まともに轢いていたとも思える.      

 一つの軽く済んだ幸運な事故が,その後に起きたかも知れない大きな事故を未然に
防いだ印象が強い.長い運転経験の中で,必然的深い眠りに就いていた俺様だったが
この事故で覚醒に繋がる大きなショックを得たとも言える….          

 事故を起こした当初は,車は無数に走っているのに,何故縒りによって俺様の車の
前に飛び出さなきゃならんのか? そんな疑問も感じた.ほんの数秒の差があれば,
事故に遭遇することもない.                         

 家を出てから,そこに至るすべての条件が,さながらそこで事故に遭遇するための
準備段階であった….或いは,家を出るタイミングからして,これに合わせていた?
起きる必然があって,起きたことなのか?                   

 避けようと思えば避けられた…とは言っても,避けようとする意識が働かなければ
避けられる可能性は開かれない.起きる可能性に目覚める必要がある.今まで,例え
飛び出しにあっても,皆,間一髪止めて来た….                

 何処かで,俺様だけは大丈夫なんだ…,そんな思い込みがあったかも知れぬ.何が
起きても止めて見せる.そんな過剰な慢心が何処かにあった.厳しい現実に遭遇して
初めて,事故は起きるんだ…と思う.                     

 体験を通じて,人は初めてものを学ぶ.先人の失敗が教訓とされても,結局それは
他人事なのである.何事にも,自分だけは大丈夫だと教訓を否定してしまう傾向は,
大きな人間の必然でもある.                         

 幾ら走行中の携帯電話が事故の原因とされても,使う人間は,絶対的に危ないとは
思わず,事故を起こすのは,ドジな人間なんだと思う.自分は,事故を起こすような
未熟な人間とは違うのだと思い込んでしまう.                 

 この俺様自身,『俺様はそんじょそこいらの愚かな人間とは違うのだ』とする強い
思い込みの持ち主である.その割にドジを踏んで,結局,大局的な見地からみれば,
その他大勢の中の一人に過ぎぬか…と愕然とする….              

 これを読んでいるキサマ等は,この俺様から見れば,更にドジな人間なのである.
それを肝に銘じて,こんなバカはやるものかっ! 等と自惚れておると,その内に,
ドカンッと大きな事故をやる.甘くみるんじゃないっ! ** 悪魔 **    

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