居眠り運転とパチンコ依存症脱却への道

居眠り運転とパチンコ依存症脱却への道
 俺様は,居眠り運転を起こしながら無傷で助かった.他人の命の値段と比較すれば 壊れたのは,わずかに塀と車だけ….無制限の保険に入っているとは言え,人一人の 生命の値段は,莫大である.個人で負担できるものではない.            はっきり言って,その辺の実につまらぬ人間であっても,轢き殺せば保障の責任は 抱えきれぬ重さが伴うのだ.事故に遭遇して後も,俺様は,車を運転し続けている. 何処かで又,事故を起こすかも知れぬ.                      一度は,死ななければならぬ身の上である.もしも居眠り運転で,そのまゝ,何も 気が付かずに死んでいたら…,今,俺様はこの世に生きていない….本当は,それが 一番幸せであったかも知れない….                        あそこで助かってしまったが,再び,何処かで死ななければならぬ.生き延びて, 幸運だったと言っても,あるいは,この後の人生で『いっそあの時…,死んでいれば 良かった』そう感じる事態に遭遇するかも知れぬ.                 死ななかったのは,幸運ではなく,より一層,過酷な人生を歩まされる試練が待つ 可能性も残されて来る.あるいは,そのために死なずに生かされたのだとも言える. 生かされていることが地獄である可能性もある….                 それでも俺様は生き延びて,それなりに充実した時間を過ごしている自覚はある. それが何処まで続くのか? その全てを帳消しにして尚,あの時に死んでいた方が… そう思う瞬間が来ないとは断言出来ぬ.                      過酷な人生の試練に遇うとき,それまでの人生の全てが,急に色褪せた幻のように 思えて来る瞬間がある.どのような試練の場を迎えようとも,それでも,生きていて 良かったと言えるかどうか….                          一度,死んだものだと思えば,その試練の時に,『もはやこれまで…』と,一気に 死んでしまえば生きた分だけ得をしたことになる? 然し,概して,生き延びた者は 因果と自分から積極的に死ねなかったり….                    ズルズルと苦難の世界を,それでも生きてしまったり….全ては幻の世界である. 苦も楽も,単純な人形劇の世界での出来事かも知れぬ….それぞれの役割を担って, 活動の果てに役割を終えて舞台であるこの世を去る….               ただ,人生は,そんな幻の部分ばかりではなく,何処かに人形劇を超えた,真理に 到達する道が開かれている….何が幻で,何が実在なのか? そういうことを改めて 自らに問うてみる踏み込みが必要である….                    本当は,そういう問い掛けは,大部分の人間にとって何の意味もない.悪い頭なら 下手に考えない方がいい.身勝手にものを考える習慣を持ってしまった人間である. 浮世の富とか名声を実在だと考える位が関の山である.               有名になるとか高い地位に就くとか,例えは,出世と言う言葉は,それを象徴する 強い錯覚を生み出す.どんなに望もうと,脚光を浴びる時間は極めて短く,それは, ほんの一瞬である.                               この脚光を浴びる生活というのは,通常,一般の人間には馴染みのないものだが, それを擬似的に体験することは出来る.パチンコである.これで大当たりしたために その興奮が病み付きになる….                          味気ない庶民生活の中で,擬似的に脚光を浴びる体験がここにある.騒音の中での ささやかな出来事に過ぎないのだが,そこに金が絡んで,子供を熱射病に晒してまで 夢中になってしまう.                              子供を死なせてしまった後になって,自分の囚われていたパチンコと言う世界が, いかに虚しいものであったかを悟ることが出来るのだろうか? 愚かな親だったと, 反省できる親がどれだけいるのか? 疑問も残る….                地味な日常生活から離れて,ほんの一瞬,擬似的な脚光の世界に触れてしまうと, もうそれなしでは生きられなくなってしまう….まして,人生の中で,スターの味を 味を占めた者は,スター以外では生きられなくなる….               然し,脚光を浴びられる時間は,どんな場合も短いのだ.それは,自分の力だけで 果たせるものではない.一見,自分の力で果たせるかのような錯覚に陥るのだが…, これはあくまでも偶然でしかない.                        例えば,今の有名歌手は,過去未来の無名歌手である.脚光から外れると,歌手で 在り続けることさえ難しい? 時折,昭和の往年歌手が,テレビ画面に並ぶ….旧き 良き時代を懐かしむだけの哀れさが残る….                    彼らに,今を生きている溌剌とした印象はない.自分が,現代に生きている部分が まるで存在しない.もはや歌手としても生きている気配すらない.歌唱力の落ちた, 惨めな姿を晒したりもする.                           現実には,落ちこぼれの俺様が感じるほど,彼らは惨めではないのかも知れない. 一度,脚光を浴びさえすれば,生涯生活は安定するとの噂もある.然し,ただ食って 居られればいいと言うものでもない.                       あのテの姿を見ると,俺様は,過去の亡霊を見るような思いがする.脚光を浴びた この世の残像から抜け出せず,自分の時代が終わったことも自覚出来ぬまま,虚しく さまよう亡霊と同じなのである.                         過去の時代は,記録に残る映像に任せて,今を生きることに専念する姿など,先ず 見られない….ワイワイガヤガヤ,往年の歌手が一堂に集まっている姿は,充実した 現在があっての同窓会とは,何処か違う雰囲気がある….              一度,死に損なって,今までの人生が,一体,何であったかを,考え直させられる 一瞬が存在する.あるいは,本当にやるべきことをやっていない理由においてこそ, 生き延びられた可能性もある….                         本当は,そういう大いなる反省の一瞬から,飛躍的な発想の転換を図る,大いなる 進化がなければならぬ….あの時点で死んでいれば,その続きを生きる,今の自分は 存在しない筈なのである.                            それにも拘わらず,何事もなかったかのように,結局,昔と同じことを続けている 俺様である….今までとは違ったインターネットと言う世界を知りホームページまで 開いた….これは一体何なのか?                         人間は,自分のしていることの正確な意味は,把握できない仕組みになっている. 俺様自身に自分自身の行動が理解できないのは当たり前でもある.人間とは,所詮, ある部分では,天体や地球に操られたロボットである.               振り返ってみれば,俺様自身,十年前までは,今で言う,パチンコ依存症に陥って サラ金地獄の,一歩手前まで突き進んでいた人間でもある….然し…,そこに自分を 駆り立てたのは別段,天体の責任ではない.                    例えば,大数の法則に従えば,パチンコのように,胴元が大儲け出来る,絶対的な 仕組みの中では,客が常に儲かる理屈は存在しない.それは,頭では分かっている. 然し,自分だけは違うのだと珍妙な理屈が自分を支配する.             俺様の青春時代は,ある意味では,パチンコに明け暮れていたようなものである. 俺様は,パチンコの絶対的必勝法を見いだすことが,人生に勝利する真理に繋がると 信じていた.                                  何処かで超能力的な力の顕現を信じてもいた.あるいは自分は,本当にそんな力を 獲得したのかも知れない….そういう錯覚に陥ることも何度もあった.ただ,それは 長い歳月の中に必然的に生まれる絶好調の時だったに過ぎない….          俺様が,狙った台に座って弾けば,必ずたちまち定量になる.俺様の余りの凄さに 経営者が驚いて,開店早々から,俺様をマークして,何か不正を働いているのでは? と疑心暗鬼に陥っていた.                            突然,抜き打ち的に俺様の弾き出した玉を調べて,自分の店の玉かどうか確認する 信じ難い行動まで取った.物陰に隠れてジッと俺様を監視することも日常的だった. だが,所詮は一時的なツキに過ぎなかった….                   超能力と言えども,自分の力でコントール出来て,初めて能力なのである.漠然と そうなっただけでは,偶然と大差はない.パチンコに勝つ力が,他に転用出来てこそ 初めて能力なのである.                             俺様は,何処かでパソコンに勝つことが,社会の中で,何らかのパワーを発揮する 原動力になることを期待していたのだった.が,遂に,そんなことは起きなかった. ある日,俺様はパチンコのばかばかしさを悟った….                回転するヤクモノと呼ばれる入賞の穴が上に来て,最も入る確率が高くなる瞬間が 訪れる機種があって,俺様は,その瞬間だけ玉を弾いて,後は休む方法で,その台を 攻略した.これがうまく行った.                         通常,百円の玉をずっと弾き通してしまうと,そのチャンスは一回しか来ないが, その方法だと数回のチャンスを掴める….これが良かったのだ.これで連戦連勝して 遂に必勝法の開眼か? と思っていたら….                   『そんな打ち方は,違反だっ!』ある日,店員が俺様にそう言った.冗談だろうと, 相手にしなかったら,店長まで出て来て,そういう打ち方を続けるなら止めて貰うと 脅しをかけてきた.                               俺様は,この瞬間に目が覚めた….明らかに一人の人間が,何らかの方法で,常に 連戦連勝することは,絶対的に排除されてしまう….パチンコは,浮き沈みが当然で 常勝できるのは,何処かに不正があるからだ.                   少なくとも,パチンコ屋の経営者は,そう考えるのだ.それは当然だろう.元々, 最終的に,客が勝てない絶対的有利の上に立って成立している,堅実な企業である. 客が儲かってばかりいるギャンブルは存在しない….                例えば,昨年辺り,パチンコは17兆円産業と言われた.それが今は,あろうことか 30兆円産業と呼ばれる程に,倍額の成長率を遂げている.一体全体,誰がその成長を 支えていると言うのか?                             急速に,パチンコ屋が肥大化する陰には,急速に彼らを太らせた客がいたことは, 明白な事実である.普通の常識を以て考えれば,そんなものに手を出して,客側が, 最終的な勝利を得ることは,絶望的な望みである.                 然しながら,ギャンブラーと化した人間の常識は,そういう普通の常識を超越した ところで働く仕組みになっている.どんなにパチンコ屋が儲けようが勝手,俺様は, やられる程,馬鹿じゃないっ!                          どんな馬鹿も,皆,こう信じて金をつぎ込んでくれる.パチンコ屋は,幾らでも, 客をあざ笑える.自分達の儲けが急速に膨らんでさえ,客は,愚かにも,自分たちが 儲かるのだと,勝手に信じ込んでくれるのだ.                   ところが,俺様の体験でも明らかなように,常時,勝っている客を,店側は,徹底 マークして,不正の痕跡を発見しようと躍起になる.何故か? 客が毎回,そんなに 儲かる筈がないことを誰よりもよく知っているからだ.               ひと頃,『梁山泊』なる集団が,台に仕掛けられたプログラムの悪戯を発見して, 勝ちパターンを読み取って,意図的に勝てる方法を発見して,集団でパチンコ屋へと 押しかけて,ゴッソリ儲け始めた.                        パチンコ屋は,これを実力行使で彼らを排除しようとした.パチンコ屋の常識では 当然である.客が自分の意思で玉を出せることは,どんな方法であろうと認めない. 一方的に損をするのが客なのだ.                         何の手も加えず,普通に弾いているだけで,常時,勝っていてさえ,パチンコ屋は 強い疑惑の目を向けるのだ.俺様は,店のやり方に腹を立てて,店内の景品交換所の 真ん前に陣取って連戦連勝を続けたことがある.                  不正はしておらず,俺様の実力で勝っているのだという自信があった.少々,釘が 悪かろうと,そんなものは問題ではない.俺様にパワーがあるのだと信じて,本当に 勝てていた.無論,負ける時も,そこで徹底した.                 パチンコ屋は,客が負ける姿を見ると安心をするのだ.『何だ…勝っているようで 結局,あんなに負けているのか…』俺様は一つの店にずっと通いつめたが,店員等と 話をしたり,親しくなることは一度もなかった.                  毎日,顔を見せるが,俺様は,その点で,ずっと得体の知れぬ客であり続けたとも 言える….勝負の世界であるから,彼らと親しくなってはいけない.彼らの情報で, 勝とうなどとさもしい根性は情けない.                      パチンコの超能力的な必勝法等は存在しない….例えあっても店は,絶対にそれを 認めない.この厳然たる事実を悟った瞬間,俺様のパチンコに賭けた情熱は,一気に 冷めてしまった.                                愚かなことで,十五年の歳月を無駄にしてしまった.だが,パチンコに打ち込んだ 集中力は,その後,パソコンへの集中力へと振り向けられて,疲れを知らずに集中が 果たせる精神力として活かされた….                       何故,居眠り運転の書き込みに,パチンコの話が出て来るのか? つまり,人間は 必ず眠るものであり,その意味では,絶対に眠気には勝てない.然し,俺様は,例え どんなに眠くても運転中に眠ることはあり得ないと信じていた.           パチンコ屋が,どんなに客から金を巻き上げていても,儲かるのは客である,この 自分なのだと,固く信じてしまう錯覚と全く同じなのである.パチンコ台に対して, 人間が及ぼせる力は皆無である.                         念力も奇跡も起きはせぬ.そんなものが起きる位なら,どうして無一文になって, 生活苦に喘ぐのか? 激しい眠気が襲っているのに,自分は眠くないと信じてしまう 愚かさと全く同じなのだ.                            パチンコ屋の中には,竜巻が起きて,客の金を強引に巻き上げているのだ.そんな 中に入り込んで,無事で帰って来ようとするばかりか,金を儲けて帰って来ようと, 本気で信じているのか? 目を覚ませっ! ** 悪魔 **          

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