小説   聖戦再び…

 2005年夏,日本の自衛隊は,遂に単独
軍事行動に出るべくマレーシアに向かった.
輸送船の中で,『俺様』は改めて計画遂行の
大義名分の矛盾を確認した.マレーシア軍を
敵とする矛盾である.

 かつて日本軍が,シンガポールに侵攻した
行動は,侵略とされた筈だ.その同じ侵略が
再び平成の時代に行われようとしている….
これは,明らかに日本を再び悪玉に仕立てる
罠である.

 本来,この作戦に,一体どんな大義名分が
あるのか? 表向き,国連のする平和活動と
されるのだが,シンガポールとマレーシアの
内紛に過ぎない.敢えて国連が介入する程の
問題であるのかどうか?

 資源もないシンガポールがマレーシアから
独立して,繁栄への道を歩んだ半世紀余りの
不満から,マレーシア側は,遂に水の輸送を
ストップさせた.これが遂に,武力紛争へと
発展した….

 ところが,その経緯とて,妙に不明確で,
本当にマレーシア側が,シンガポール攻撃を
示唆したのかどうか….様々な部族の紛争が
意図的に一つの方向に向けさせられた陰謀の
気配さえ感じさせられる….

 国連がアメリカ主導で,世界各地の内紛に
介入して,PKO活動と言う大義名分の下に
軍事活動に従事する背景が,世界的に批判の
的になっている.そんな怪しげな平和活動に
日本が加担しようとしている….

 今の日本人は,それがPKO活動であると
信じ込んでいる.だが,旧日本軍がアジアに
侵攻した時も,そこに,些かの侵略の意図は
なかった.アジア独自の大東亜共栄圈建設の
壮大なる理想があるばかりだった.

 戦争には破れたが,戦後の日本は,企業の
アジア進出で,結果的に大東亜共栄圈構想を
期せずして実現した.それですら一部では,
戦後日本の新たなるアジア支配と言う陰口が
叩かれてもいた.

−−日本は,アジアを侵略したと,積極的に
認めたではないか.そのアジア侵略と戦後の
経済進出がどう違うのか? 我々の神聖なる
労働力を安い値段で買い叩いて自国の繁栄を
築いた侵略行為は未だ継続中である−−

 こうした批判に対して,政府は,積極的な
国際貢献を以て償いをする−−そんな答弁を
繰り返した.自らの存在理由を語れない国が
自ら陥る無間地獄の罠である.後は,国連の
言いなりに軍事行動に出るばかり….

 このPKO活動は,日本に致命的な打撃を
与える必然が待つ.平和国家日本が,戦後の
歴史を破って,再び,アジアに軍隊を送り,
事実上の侵略行為に出たとの理由で世界から
袋叩きにあうだろう.

 もはや,『俺様』の一存だけで,今の侵攻
作戦の変更など出来る状況ではない.武器を
携帯せず,治安維持にのみに徹することは,
受け入れられず,身の安全,民衆の安全には
武器の積極的使用が求められていた.

 結局,大昔の社会党も,非武装中立を貫く
ために,国民に座して死を待つ勇気を訴える
不退転の決意がなかった.ためらいもなく,
自らの理想を捨て,憲法の精神を有名無実に
した結果がこれである.

 何故,かの湾岸戦争の折りに,アメリカの
作った平和憲法を楯にして,戦争協力一切を
拒絶出来なかったのか? あの一瞬こそが,
日本を謂われのない侵略国にした欧米への,
戦後唯一の反撃のチャンスであった.

 もはや日本国民は,自らの存在理由の前に
自らの生命を賭ける崇高なる精神を失ない,
繁栄の幻に踊らされ,憲法の精神はおろか,
平和に徹する厳しさを自覚することもなく,
流されて来てしまった.

 アジアの独立を脅かした欧米支配の野望を
粉砕する正義は,欧米の圧倒的勢力の前に,
死力を尽くした戦いに破れ,耐え難きを耐え
忍び難きを忍んだ国家の屈辱は,瞬く間に,
雲散霧消した….

 岡春夫歌う『憧れのハワイ航路』こそは,
実は,再度,欧米を叩く新たなる決起の力を
呼び起こす呼び水として,作られた隠された
意図があった? だが,日本は,耐え難きを
耐えた敗戦を忘れた….

 結局,日本が『国家の総力を挙げて聖戦の
目的を達成するに勇んなからん事を期した』
あの戦いの精神は,受け継がれる事もなく,
空腹から立ち上がって獲得した繁栄の中で,
忘れ去られてしまったのである.

 欧米退役軍人の絶大なる力に反して,我が
日本の旧軍人は侵略者の汚名の下,なす術も
なく社会の第一線から潰えた.国家が総力を
挙げ,聖戦の目的を達成するに勇んなからん
ことを期した正義が消えた.

 表向き『俺様』の任務はシンガポール軍と
協力してマレーシア軍の撃退作戦であった.
が,その作戦の果てに待つ結果は何なのか?
日本は,ただ,自国の企業を守る為に武器を
取った−−

 そういう非難中傷攻撃に晒される.かつて
戦争を侵略行為と自ら認めたドジな政府には
この非難中傷を否定する事は出来なくなる.
アジアからの日本企業の駆逐−−これこそが
戦勝国の意図するところなのである.

 実際,日本の敗戦で大東亜共栄圈構想は,
潰え去りながら日本企業の海外への進出で,
実質的に実現している.かつての戦勝国には
我慢出来ぬところで,戦勝を果たした意義の
回復を目指して来たのだ.

 大東亜戦争から五十年…,日本を侵略国に
する風潮が高まった….その裏に,戦勝国が
糸を引く壮大な陰謀がある現実に気づく者は
いない.欧米のする東亜侵略百年の野望は,
依然進行中である.

「異例ではあるが,改めて今回の作戦遂行に
当たって諸君に考えて貰いたいことがある.
指揮官として甚だ遺憾ながら,今回の作戦の
遂行が果して本当に正しい選択であるのか?
陰謀の可能性を考えてみたい」

『俺様』は,隊員の反応を待った.さすがに
精鋭部隊である.ざわめき一つ起こらない.
一切の私語がないとは.民間から抜擢された
異例の指揮官の『俺様』には,いつもながら
驚きであった.

 数名の隊員が挙手をした.いずれも事前に
予想された隊員である.「丸山ッ」名指しを
すると彼は立ち上がった.「失礼ながら…,
我々は国連からの命令を遂行するあるのみ,
疑問を抱いてはならない筈ですが…」

「『所詮は文官,その軟弱さを露呈した』と
言わんばかりだね? だが,我々が,本当に
国連の代表である証明が何処にあるのか? 
無論,密命と言う理由づけはある.そこに,
最大の罠があるとは思えぬかね?」

「野末指揮官,あなたは指揮官として適正を
欠いていると言わざるを得ません.この期に
及んで,疑念を抱くのは,臆病風に吹かれた
所為でしょうか? それとも,生命が惜しく
なったのでは?」

 隊員の間に,緊張を解かすような,微かな
笑いがさざ波を立てた.
「では敢えて尋ねる.もし,作戦に失敗し,
テロリスト集団として刑場の露と消えようと
些かの悔いもないのだね?」

 立花が発言を求めた.
「我々は絶対的に国連に守られていることは
既成の事実です.その信頼に疑念を抱く事は
国際正義の遂行に対する著しい裏切り行為で
あると断定します」

 高木が立ち上がる.
「日本は国際貢献に遅れを取っているが故に
未だ,侵略国の汚名からも開放されません.
国連の一意任務の遂行こそが,それを晴らす
唯一の道かと存じます」

 予想された反応ではあった.戦後六十年を
経過したところで,遂に自衛隊の精鋭にまで
日本が侵略国だと言い出す者が出るとは….
その現実は,骨抜き日本の防衛体制をヒシと
実感させた.

「では丸山,立花,高木に尋ねる.我々が今
マレーシアに侵攻している厳然たる現実から
答えて欲しい.我々は純然たるゲリラ活動を
しようとしている.このような国連の作戦が
かつてあっただろうか?」

「野末指揮官には,戦略の何たるかが解って
おりません.例えば,空爆を敢行する前には
十分な事前調査,下地となる基本破壊工作は
欠かせない要件であります.我々は栄えある
先兵なのです」

 丸山が座ると立花が立ち上がった.
「我々に作戦の全体像が見えないのは当然で
それ故にこそ,全体を信じて,唐突に見える
任務を敢えて遂行全うすることこそが,我が
自衛隊に求められているのです」

 高木が立つ.
「我々は,アジアを侵略した歴史を遡り,昔
侵略にやって来た日本が今度は我々を助ける
ために武器を取ってくれた.そういう印象を
与える絶好のチャンスだと思います」

「高木に尋ねる.今,マレーシアにいるのは
言ってみれば,アジア民族だけで構成され,
たまたま,マレーシアに吸収された混成軍で
ある.我々は純然たるアジア人を敵にしよう
としている現実をどう考える」

「これは純然たる内部紛争で,それ故にこそ
同じアジア人としての日本が介入することで
アジア問題を解決する意義があるものです.
これは,国連の日本に対する大いなる評価の
結果だと思います」

「侵略国の汚名が消えない日本であるとする
君の考えで,大日本帝国の末裔である我々が
再びアジアに軍隊を進めることは,彼らに,
悪夢を呼び起こしてしまう可能性については
どう考えるのかな?」

「だからこそゲリラ活動なのです.首尾よく
シンガポール独立を実現した後にこそ我々の
活動が評価されて,不穏なる一部アジア人の
動きを封じた点が評価されます.野末殿は,
妄想に支配されています」

 こやつ…,『俺様』を個人名で呼んだ….
指揮官として認めぬ所業である….やはり…
コヤツ等に,論理的説得を以て作戦の変更が
果たせるとは思えぬ.コヤツ等は『俺様』の
監視役の役割を果たしている….

 それが解っただけでも十分である.だが,
コヤツ等を操っているのは一体,誰なのか?
全隊員の何処かに,この3人を指揮する奴が
必ず居る筈.3人に心を奪われている様子を
崩さずに密かに隊員を観察する….

 丸山,立花,高木は,それぞれ後部の左,
中,右と位置が分かれている.『俺様』が,
発言をしている時,3人の視線が壇上にいる
『俺様』のやや下に位置していることに気が
ついた….

「我々こそが単なるゲリラで,実はとっくに
自衛隊を首になった不良隊員として扱われて
いる可能性を考えたくはないのかね.元々,
反戦的だった私,野末を指揮官に選んだのも
策謀だと思えぬかね?」

 その時,最前列の隊員が後ろに回した手を
倒した.絶対の信頼を置いた佐々木だった.
俺様は後ろ手にデザートイーグル50口径に
手を掛け安全装置を外して撃鉄を起こして,
次に備えた.

「その通りです.野末殿ッ!」
 3人が一斉に立ち上がった瞬間『俺様』は
素早く身をかがめて,佐々木に走り寄った.
乾いた3発の銃声が響いた.襟首を掴んで,
佐々木を引きずり出して楯にした.

「た・隊長ッ…」
 思わず3人の口から言葉が出た.
「やはり,テメェが糸を引いていたのかっ!
テメェ等ごときが俺様を殺ろうなんざ,百年
早ぇんだよ!」

「テメェ等ッ! ナメやがってッ! 俺様を
誰だと思っていやんでぇっ!」
 後ろに右手を延ばす佐々木の手をデザート
イーグルでぶん殴り,拳銃を取り上げる.
「頭ブッ飛ばされてぇかッ!」

「テメェ等っ! 逆らえばこうなるっ!」
俺様は,艇内に置いてあったスイカを標的に
デザート・イーグルをぶっ放した….轟音と
共にスイカは膨張し,凄まじい血しぶきを?
上げて消えた.

 3人は慌てて掌を開き,拳銃を宙ぶらりに
した….毅然とした姿勢はガタガタに崩れ,
だらしなく震え始めた.生温かい臭いが下か
ら立ちのぼる….あろうことか…,佐々木は
失禁していた….

「やれやれ….大した軍人サンですこと….
そんな度胸でテメェ等に戦争が出来るのか?
おとなしくしてりゃあ付け上がりやがって!
ナァニが国連の平和活動だっ.何が栄えある
先兵だっ.このクソガキ共ッ」

「そこの3匹っ.拳銃は持ったままでいい.
前へ出て来いっ! やれるもんならいつでも
撃てっ! お前もだっ.佐々木」
 俺様は拳銃を渡した.弱い本来の自分が剥
き出しになった彼らである.

「いいか.よく聞けッ! テメェ等が多少の
軍事教練を受けても,所詮はこの程度の技量
しか発揮出来んッ! 何故だかわかるか? 
テメェ等はきれいごとは言うが,死ぬための
訓練を受けておらんからだっ」

「もし丸山,高木,立花の3人が目的完遂の
ために,佐々木を犠牲にする覚悟があれば,
更に佐々木が己れの命を棄てる覚悟があれば
俺様などは簡単に殺せた筈だ.何故,それが
出来ないか?」

「軍人精神が付け焼き刃だからだ.個を捨て
悠久の大儀に生きんと決意する軍人としての
行動と心構えが出来ていないっ! 俺様は,
指揮官としてテメェ等を犬死にさせる訳には
行かんのだ」

「例え,俺様の生命を狙ったコヤツ等4人と
言えども…だ.コヤツ等はテメェが何をして
いるのか解っていないっ! 受けた命令を,
ただ鵜呑みにするばかりで,その結果起こる
先を見通すことが出来ない」

「我々は実質的にアメリカ軍の命令で今回の
作戦に参加した.佐々木は,俺様に操られて
行動を起こしたが,それに気づいてPKOの
正義を護る為に俺様を殺す−−だが,もはや
我々は全員が反逆者なのだ」

 作戦前日−−野末の指示で,日本の報道に
注視していたところ,PKO派遣の自衛隊の
一部隊が,行方不明になっているとの情報が
流れた.命令を無視した,勝手な行動に出た
恐れがあるとも….

 罠だったと気づいて,佐々木は狼狽した.
反逆者である俺様を抹殺したと打電したが,
もはや反逆部隊の言うことに,一切聞く耳は
持たれぬ現実が明らかになった.こうなると
助かる道はない….

 マレーシアに奇襲をかけた我々反逆部隊を
何故か正規のPKO部隊が,撃破したと言う
結末が見えていた.我々は,両国間に和平が
進んでいるところへ,突発的に,軍事介入を
敢行したと言うシナリオである.

「これは俺様の予測を超えた事態だ.ただの
輸送船を空爆しても,戦艦を沈めたとされて
しまうのだ.我々の助かる可能性は…,ただ
一つしかない….それとても…果してうまく
行くかどうか…」

 かつて真珠湾九軍神と言われた中の二人が
開戦劈頭,激戦の渦中で,見事生き延びて,
戦後もずっと平穏な生活を続けていると言う
知られざる秘密がある….今,その方法を,
ここで使うしかない….

 野末は,戦史にある特殊潜行艇の一隻から
乗員二人が姿を消した謎を解きあかした….
それは,戦時にあって,尚且つ,軍人精神を
たたき込まれた精鋭の,信じられぬ行動でも
あった….

 だがこの方法は…,生きては居られるが,
二度と娑婆の世界に姿を見せる事は出来ぬ.
この世との繋がりを持つ事は出来ぬ.汚名を
着せられたまゝ,闇に葬られる現実に変わり
はない.

 そこに,死体が見つからぬ謎が残される.

それが一抹の救いである.戦史に残る謎…,
それが,後世の極限の場に新たなる可能性を
残す道に繋がる.古くから伝わる人が消える
謎….今,その世界に踏み込む….

 俺様は,輸送船に突然の空爆が敢行される
様子を見つめていた….人間の姿はない….
まるで,ミニチュアを使った,映画の撮影を
見る感覚があった….妙な虚しさばかりが,
漂っていた….END
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