語るに落ちた週刊新潮

語るに落ちた週刊新潮

 今までマスコミでは,全くと言っていい程,報じられなかった事件に,事件現場の 周辺の家庭に投げ込まれた『冤罪説冊子騒動』があるようだ.先の週刊文春に,少し 報じられた位だ.然し,週刊新潮がこれに続いた.                 あと60円出せば,行き付けの喫茶店のコーヒー代になるのに,大枚の金を出して? 俺様は,週刊新潮10月23日号を買ってしまった.タイトルは略すが,記事の冒頭で, 少年が,一連の犯行事実を認めたと断定している.                 俺様は,慌てて新聞をひっくり返して,10月10日の朝日新聞を探した.記事の中で 確かに『犯行を認めた』と書かれている.然し,それならば何故デカデカと見出しに しなかったのか? 殺意はなかったとあるだけだ.                 非公開である筈の審判の模様を何処まで信じてよいのだろうか? 冤罪説は地元の 市民団体と称せられるところが流布させているらしい.週刊新潮に依れば,これこそ 核マルの偽装団体だとされてしまうのであるが….                 然し,この主宰者は自由に弁護士事務所にも出入りできる人物のようで,A少年の 両親にも,この事務所であったことが,この記事の中でも確認されている.すると, 弁護士事務所は,核マル系と親しい構造になるか?                 記事の主張に依れば,この冤罪説が噴飯ものなのだそうな.「すべてがあの当時に 推測で書かれた新聞や雑誌の記事を下敷きに,少年の供述に矛盾があるとする,話に ならないもの」と地元記者の言として伝えるのだ.                 オイオイ….新聞や雑誌を信じてはいけないのか? ならば間違いのない有罪説は 何処にあるのだ? 皆,新聞や雑誌を読んで,少年の有罪を確信したのではないか? そこに矛盾が出れば,不審に思うのは当然である.                 少年が10月9日に犯行を認めたなら,それまで正式に認めてはいなかった.然し, マスコミの報道は,警察が逮捕を発表した瞬間から,推測で犯人と断定して徹底した 断罪に掛けて,地元の冤罪説を,完璧に無視した.                 例え主宰者が誰であろうと,週刊新潮に依れば『地元では少しは知られた団体』が 冤罪説を展開している事実位は,マスコミが報道するのが公平な報道ではないのか? 断罪は歓迎で冤罪説は許せない姿勢は本物である.                 どうやら,この冤罪説を説いた出版物が,大手の書店にも出回っているようだが, それで慌てて,これを信じる者が出ては困ると,急遽『あれは,核マルの陰謀だ』と 打ち消しに出たようだが,語るに落ちてしまった.                 この団体は,遺体の解剖に当たった教授にも会っているが,当の教授は,やつらは 思い込みの激しい人間で,私の意見を曲げに曲げて書いているとしている.そして, 私の所見と少年の供述は一致していると主張する.                 然し,少年の供述とは,所詮,警察内部から,意図的に漏らされた情報であって, 本当に少年自身が供述したのかどうかは不明であり,これをもって,A少年の犯行に 間違いがないとするには,あまりにも軽率である.                 地元で流布されている冤罪説を,頭から加減なものだと断定するより,より確実な 少年の犯行を裏付ける証拠を記述すべきではないのか? 供述に基づいてノコギリが 発見された….せいぜい,この程度のものである.                 胡散臭い警察ならば,遥か以前にノコギリ一本を沈めておく位の芸当は,やっても 不思議はない.たった一つの,どうとでも解釈できる話ひとつで,ここまで徹底した 裁きを繰り返して,冤罪説は荒唐無稽と断罪する.                 審判の結果が出ようとする時期に合わせて,冤罪説は核マルの陰謀だとする記事を ぶち上げて来る辺りは,やはり,マスコミのする陰謀の臭いを感じてしまう.審判が 冤罪説を受け入れては,テメェらの首が危ない…?                                        ** 悪魔 **       ・目次に戻る