警察もマスコミも絶対に手出しが出来ぬ怪物

警察もマスコミも絶対に手出しが出来ぬ怪物

 神戸首斬り事件に関連して,公開された『犯行声明』を改めて読むと,なるほど, これは中学生が書いたかも知れないと思えてるから不思議である.然し『9』の意味 以外は,その内容に納得の行く説明がなされない.                 然し,肝心の『犯行の数』だとした意味も否定されていると,今週の週刊文春では 報じている.『嘘偽りないボクの本命』や『同じ透明な存在である友人』とは,何を 指すのか? 明確な説明がなされない不満が残る.                『ボクの存在をもみ消そうとしているのではないのかね』と,警察を非難しているが 警察が彼をもみ消そうとする理由とは何なのか? 『訳の判らぬことばかりで意味が 判らない』と供述内容を曖昧に発表する警察だが.                 ただ俺様は,この文面から感じられる幼さは,何でも自分の思い通りになる生活を 送る,通常の社会生活から離れて生きていられる環境にいる人間も想像されてくる. 身分の高い地位にある家族の中で過ごす人間像….                 犯行声明について,具体的な説明が一切なされない点では,宮崎勤事件とも共通の 現象とも言える.宮崎勤事件では『警察部外者』『署長,捜査員』などと,あたかも 使われる用語が警察関係者の印象が強いのだが….                 然し,具体的な彼の供述の中では,そうした用語は一切使われていない,大雑把な 『警察』と言う一言だけである.宮崎勤が書いたとするには,あまりにも彼の印象と かけ離れており,証拠とした意味がよく判らない.                 例えば,絶対的な証拠とは,公開されていない最初の犯行声明の原文が彼の家とか 部屋から発見されたとか,そうした発表はない.少なくとも,彼は,全く同じ文章を 頭部に残し,一通を時間を置いて新聞社に送った.                 それが公表されない理由を,雨に濡れて判読出来ないか,警察の隠匿を疑うかして 念のために警察ではなく,新聞社に送って反応を見た.だから,原文は犯人の手元に 残されている可能性がある.だが,発見されない.                 警察は,少年法を逆手に取って,家庭裁判所に送られた後は,一切,公表されず, また,再審の恐れもないことを念頭に,悪い情報を,マスコミにどんどん流し続けて 世間に,最終判決有罪の印象を残して一件落着….                 こうした少年法の弱点をカバーするには,少なくとも警察発表が本当に正しいのか 否か,マスコミが真剣に検証を試みることである.然し,マスコミは,その検証には 一切手を貸さない.真犯人と断定して裁くだけだ.                 では,この発表は,第三者の明確な確認がなされているのか否かを考えると,何も それを裏付けるものはない.マスコミは,警察が発表した証拠を,自らの検証として 発表するだけである.冤罪は絶対的に暴かれない.                 公判も開かれず,少年に公に証言する場もないとなれば,それを報道する側には, 警察発表の真偽を明確に検証する作業が必要な筈である.発表が鵜呑みにされれば, 少年法の建前では,それだけで最終判決にされる.                 改めて書けば,週刊文春における先週号の野坂昭如の連載と,今週号の林真理子の 連載の扱いを比較すれば,少年Aが犯人であることに疑惑を持つ内容は,目次から, タイトルを消してしまう.これがマスコミである.                 つまり,意図的に少年Aは,犯人と断定される絶対的な方向に,何が何でも導かれ 絶対に生還を許さない雰囲気に盛り上げられている.多種多様なものゝ見方があって しかるべきなのだが,挙国一致,鬼畜米英である.                 警察やマスコミの徹底した少年A裁きを観察すると,もしかすると,この事件には 警察もマスコミも絶対に手出しが出来ない.とんでもない大物関係者が真犯人として 君臨しているのかも知れぬとあらぬ妄想も浮かぶ.                                        ** 悪魔 **       ・目次に戻る