ロリコン世界からの覚書き

ロリコン世界からの覚書き

 今回は,リンクしている少女愛の世界に住む,さる大家からのお言葉を頂戴した. 先の『俺様の視点でロリコンの被害を考える』について感想を走り書きして貰った. 金が取れる文章ではないからと無料奉仕である….                 文中に『キメちゃん』なる表現があるが,これは俺様の昔の呼び名である.何やら 怪しげな響きがあるが,どういう経緯があるかは,どう解釈しようと勝手たるべし. 種を明かしておけばパソ通時代の呼び名に過ぎぬ.                 更に『ワシが満州にいた頃は…』に至っては,もはや七十過ぎの超爺さんの容貌が 見えて来たりするが『過ぎし日露の戦いに,勇士の骨を埋めたる忠霊塔を仰ぎ見る… 云々』の軍歌,満州行進曲は全く知らない世代だ.                 俺様のページで少女愛の世界を究めようなんて者は,間違ってもおらんだろうが, 志のある者は,かのページに飛んで,じっくりその神髄を見届けるのも一興である. はまり込んで抜けられなくなっても責任は取らん.                 それでは,これから畏れ多くも畏くも,少女愛御大家からの御言葉である.心して うがい手水に身を清め,平身低頭地べたペッタリして拝聴すること.受講中に大家の 顔を見たりなどの無礼があると不敬罪で処刑する.                −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−  ロリコンといっても十人十色の視点を持っているでしょうし、ワタシ自身多くのロ リコンとは違った考えを持つに至ってしまったため、「これぞ全ロリコンの思うとこ ろ」というものはないのではないかと考えています。                厳密に言うと今では「ロリコン」という表現もあまり使われなくなってきていて、 「少女愛者」とかいいますね。ロリータ・コンプレックス、つまりロリータをめぐる 思いの連想体系は人0それぞれなんだから定義できる性質のものではなく、単に「少 女愛」(girl-love)でいいじゃないかと。                     宮崎クンの事件については、むしろ死体嗜愛に関係するもので、少女愛とはあまり 関係がないのではと考えています。死体愛が土台にあって、その上に少女愛を置くと なると、芸術としての死体写真であるとか、悪趣味芸術と呼ばれるマイナーな文化の 一部分でしかないように思います。確かに少女関係の殺人事件記事を集めて喜ぶ人は いるけれど、それは殺害の方法に視点があるわけで、SM趣味に通底するのではないか な。死んでしまったらおしまいであって。                    少女愛とSMは歴史的にも密接な関係はありますけどね。象徴的には、破瓜の痛みとか。  一部には「ロリータ写真集や雑誌がなければ、こんな甘美な世界があることに気付 く者もそれほどはいなかっただろう」という意見もある。何の情報も与えられず、無 事に生活を続けていれば、ロリコンにはならない。その要因は意図的、後天的という。  メディアがヒントを出したということは確かに重要だ。しかし、自分なりの美学が そこから成長していくと。その思いが固定されなかった大多数は「いつまでもこんな 趣味してるのは駄目だ」とやめてしまえるんだねぇ。                キメちゃんの小学生時代の経験もヒントにはかわりなくて、そのヒントを自分なり にこだわって成長させ、信念にまで持っていけばロリコンになるんでしょうね。    でも、俗っぽくいうと、偏愛のテーマとしての「◯◯なのに◯◯」という魅力は強 力ですよ。変形・奇形・早熟・未熟・仮装とあらゆるジャンルがコレでしょう。   ・小学生なのに生理ナプキンをつけている。 ・女なのにチンチンがついている。     ・人間の形をしているのに息をしていない。 ・成人男性なのにオムツをする。      などなど。                 意外性は好奇心を呼び、好奇心は愛に変わる(爆)。人それぞれだけど。       芸術としての少女の裸体は、この「奇形性」、女性でありながら胸がない点が重要 である、という見解でもって広く浸透していますね。その想念はフェティシズムとな って、脳の原始的な部分にまで食い込んできます。人間生まれたときはだれしも乳首 フェチなんだし。                               アンピュティ・フェチといって、四肢切断者に欲情する人も割と多くいます。夭折マ ニアってのも、確か小説であったような。                     で、また一部には「ロリコンとは、性的に成熟するほんの直前を不意打ちしてリー ダーシップを取ろうとする行為である」なんていう人もいます。そーなると、動機は 結構ヨコシマで、純粋さを求めるばかりがロリコンとはいえなくなってくる。     実際、純粋って一体何。純粋な悪意だって持っているし、それは決して好まれるよ うな性質のものではない、ということもある。アニメキャラクターにいれ込む向きは 理想像として設定された対象である分、純粋なものを求めているのかも知れないが。  ただ、人間は環境に左右されやすい。普通の人間は小学校から中学、高校と同年齢 の人間にしか囲まれないわけで、選択肢は同世代しかない。最終的には社内恋愛か。 だから規格化された家族像が生まれるんじゃないか?                じゃあたとえば、女子小学生が身近にいる環境に男子高校生を置いたらどうなるか ってこと。もし魅力的な女の子だったら、彼は情が移って、世間からはロリコンと言 われるだろう。そして、二人が引き離されでもしたら---いや、女の子の方が思春期 に入って急によそよそしくなるもんです---男の子の方は永遠に「小学生」を求めて しまうでしょう。                               しかしそんな小学生が身近な環境はたくさんあるものじゃない。妄想が育つ。     ずっと仲良くいられれば、成長にともなって大人になれるのにね。         という具合に、同世代の人間が群れる社会構造が、そして少女側の思春期の精神的 変化がロリコンを生む原因ともなっていると考えられる。ワシが満州にいた頃は、そ んな年の差なんか関係なく一緒に遊んだもんだった……。             Donchan                                   −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ・目次に戻る