『宮崎勤精神鑑定書　多重人格説を検証する　瀧野隆浩著』を読んで（４）

宮﨑勤という人間　ひと通りこの本を読んだ印象で語るならば，宮﨑勤という人間は，精神的に子供の状態で，何故か性欲にも目覚めないまま，大人になってしまった．その精神構造は，子供そのもので，空想と現実の区別がつきにくい．　　　　　　　　　　　　　　　　それでも成長の痕跡として，事の論理的な筋道を辿ることは出来る．それが自分に不利であるか否か，そういうことに無頓着である．通常の常識では，あり得ぬような存在が常識として自分の生活の中に定着している．　　　　　　　　　　　　　　　　あの大量のビデオの大半を盗んだものだと言う．それも一度に五十本とか，それを盗む自分をもう一人の自分が見ている．その動作が緩慢で，今にも店員に発見される不安を感じながらもう一人の自分が見つめている．　　　　　　　　　　　　　　　　然も，そこにさしたる罪悪感も感じていない．鑑定人に，いいことか悪いことかを聞かれても『解らない』とする．恐らく，その結果だと思うのだが，突然，車の中に大量のビデオを発見して宮﨑自身が驚いてしまう．　　　　　　　　　　　　　　　　宮﨑勤は，恐怖を感じると『わーっとなっちゃって訳が分からなくなる』という．車の運転中に，母親を殴ったのも『車を止めたとき，おっかんない形相で襲ってくる感じがしたので，わーっとなって先にやり返した』　　　　　　　　　　　　　　　　それ以前には，父親と口論になって，髪の毛を掴んで，父親の頭を車のドアに数回打ちつけたと言う．このような凶暴性は，祖父が死んでから見られるようになった．少なくとも，かなり強い凶暴性は秘められている．　　　　　　　　　　　　　　　　俺様は，宮﨑勤は，催眠術で犯行を行ったように思い込まされたと，常軌を逸した想像をする訳だが，鑑定人に『その子供の首を絞めたことはあるか』と聞かれた時，『生まれてからそういうことはない』と否定する．　　　　　　　　　　　　　　　　然し，その一方で『わーっとなって，やっちゃったかも知れない．わかんない』と全く否定する訳でもない．子供を車に乗せた状況についての説明についても『本当にあったかどうかわかんない』と言う供述が加わる．　　　　　　　　　　　　　　　　更には『警察に合わせてるからわからない』とも答えている．（１３８頁）こんな記述に出会うと，七年前，俺様が彼が催眠術に掛けられて犯行をやったように記憶を植えつけられたとする想像が正しかったと思える．　　　　　　　　　　　　　　　　はっきり言って，こういう記述は，七年経た後の今に出版された本の中で，初めて明らかにされたのである．当時の報道から，宮﨑の取り調べ状況について，ここまで情報が流れることは，まるで想像も出来なかった．　　　　　　　　　　　　　　　　彼は，性行為そのものにも，まるで関心がないばかりか，奇異なものを見る感覚で捉えている．性器が勃起した状態も，元から大きいのか病気なのか解らないとする．そうした部分は，幼い子供の感覚そのままである．　　　　　　　　　　　　　　　　大人の世界を極端に，恐れる部分かあって，社会が自分の中に入ってくることを，ひどく恐れている．いかつい猛々しい大人を酷く恐れる．これを『もうもうしい』と彼は表現する．そんな大人を子供の感覚で恐れる．　　　　　　　　　　　　　　　　それで居ながら，父親の髪の毛を掴んで，車のドアに打ちつける．これは父親への初めての反抗であるという．成長期に父親とは，いつか何処かでそういう対決をする必然もある？　然し，彼は成長しないままだった？　　　　　　　　　　　　　　　　父親に対しては，大人になることを強要される恐ろしい存在に思えていたのか？　それで『わーっ』となったのか？　こういう瞬間的な力が発揮出来る点に注目すれば子供を殺すだけの力は障害とは無関係に存在する．　　　　　　　　　　　　　　　　体つきは大人でも，精神面では，まるで子供のような容疑者が，二ヵ月間，警察の厳しい取り調べの中に置かれていた．誰一人として彼の味方はいなかった．こうした状況が正確な供述を引き出せる環境だと言えるか？　　　　　　　　　　　　　　　　俺様の印象では，宮﨑勤は一種の『知恵遅れ』にも見えてくる．母親が，宮﨑勤を激しく怒らせた言葉も『知恵遅れにみられてしまう』だった．二六歳にもなった男が『わーっとなった』とか『おっかんない』とか…．　　　　　　　　　　　　　　　　言ってみれば，警察がでっち上げに使うには，もって来いの人物だった．脅せば，何でも言いなりになる．幾らでも，犯行を再現して，彼の脳裏に焼きつかせられる．『お前がやった』とシミュレーションを繰り返す．　　　　　　　　　　　　　　　　その中で宮﨑勤は，自分がやったような気がしてくる．然し，明確な現実感がないところから，夢の中でやったような…という表現になってしまう．傍で聞けば『何を白々しいっ！』と感情を逆撫でされる気分になる．　　　　　　　　　　　　　　　　宮﨑勤は『瞬間移動』と言う体験を五十回以上もしているという．ふと気がつくと全く予想もいない場所に居る現象だという．ビデオを盗んだが，その跡の記憶がなく突然，車の中に，大量のビデオを発見して驚く…．　　　　　　　　　　　　　　　　つまり，途中の記憶がない現象のようだ．著者に依れば，幼女を殺した際に，この精神状態に陥っているという．つまり『わーっとなって』気がついたら，マネキンのような死体があったという状況が浮かび上がる…．　　　　　　　　　　　　　　　　ただ，犯行は計画的に幼女を車に乗せて人けのない場所に移動するなど冷静沈着な行動パターンが付きまとう．それは明らかに，最初から，犯すなり殺すなりの目的がある．これが性欲のない人間に取れる行動なのか？　　　　　　　　　　　　　　　　見かけた幼女に話しかけて，そこで遊んでいる最中，突然『わーっとなって』なら話は分かる．七年間，一度として違った人格を見せたこともない宮﨑勤に，そういう緻密な計画性が秘められているのか疑問でもある．　　　　　　　　　　　　　　　　ただ，裁判所が採用した最初の鑑定人の一人に，宮﨑勤が鑑定拒否文を出すという形で牙を剥いた．（１２３頁）ここに原文が掲載されているが，宮﨑勤自身，これを覚えておらず，書かれた経緯も曖昧なままである．　　　　　　　　　　　　　　　　ただ文書だけがあって，誰が宮﨑からそれを受取り，誰が手渡したのか？　それがこの本の中で明らかにされていない．ただ，宮﨑勤が書いた鑑定拒否文というだけ．彼はその時，眠っていたという証言があるばかり．　　　　　　　　　　　　　　　　気になる一点として，関根・内沼鑑定人の前で，宮﨑勤がぼんやりした表情から，全く違った表情を見せた記述である．母親に暴力を振るった際，彼女を真似た憤怒の表情と，屋敷図に見せた優しい表情の二つである．　　　　　　　　　　　　　　　　母親の表情を真似た様子は，さながら牙を剥き出し，目からは凄まじい光を放ち，悪魔が乗り移ったかのような，見る者の心胆を寒からしめる形相になったとされる．凄まじいものが秘められている印象だったという．　　　　　　　　　　　　　　　　父親が描いた屋敷図を見せた際は，目は急に優しさを帯び，甘美な郷愁をたたえた表情で，おじいさんの部屋とか物置などを説明したという．骨を焼いた中庭も，指で指し示した．表情を変えぬままか？　（１３０頁）　　　　　　　　　　　　　　　　残虐な宮﨑の行動の例として『猫棒事件』が明かされている．迷い込んできた猫の口に棒を突っ込んで殺したとする事件である．彼は，殺すつもりはなかったとして，自然の成り行きとして語ったとか．（１９３頁～）　　　　　　　　　　　　　　　　彼は，何故か『殺す』という言葉を使わないと言う．『動かなくなった』という，間接的にしか表現しないという．これは幼女に対してだけでなく，小動物の死にすらそういう表現でしか語らないと，報告されている．　　　　　　　　　　　　　　　　宮﨑勤の内側には，本当に違った人格が潜んでいるのか？　一審判決に無視されたこの鑑定では，４つの人格があるとされているが，鑑定人が見たのは，ぼんやりした宮﨑勤だけという．真相もぼんやりしか見えない．　　　　　　　　　　　　　　　　宮﨑勤は，自分自身の分身の姿を見たり（７１頁），祖父の死後，彼の幻を何度も見ている．その幻と対話すら成立しているという（７８頁～）．非現実的な現象が，日常的な形態として，生活の中で定着している…．　　　　　　　　　　　　　　　　俺様には，宮﨑勤の常識の中では，自分に何が起きても少しも不思議には思わない感覚が定着している気さえしてくる．自分が殺していなくとも『お前がやった！』と言われれば，その可能性を否定しない論理もある？　　　　　　　　　　　　　　　　このような宮﨑勤に関する情報は，すべては記録の上でのことで，彼自身の正確な姿は，それを知ることは出来ない．こうした記録に接してしまっては，宮﨑勤には，何となく不気味な印象が蓄積されて戸惑わされる．　　　　　　　　　　　　　　　　ただ，俺様は，それでも彼が，一連の犯罪を犯した人間だとは思えない．被害者を写したとされるビデオには，本当に宮﨑勤自身の姿がありありと確認できるのか？　現実には，それすら明確な形では明らかではない．　　　　　　　　　　　　　　　　この事件には，目撃者の証言が，二つともに見間違いとして処理されている経過も大きな不審を抱かせる．例えば，ハンチングにマスク姿の男が，容疑者とされ，然も指名手配写真にもなっていた経緯が記憶にある…．　　　　　　　　　　　　　　　　これも，後に警察は『誘拐殺人犯というイメージから，多くの人が無意識のうちにこんな人物像を作り上げてしまった』としてこのような姿の犯人は実在しなかったと完全に打ち消してしまった．何故，そうしたのか？　　　　　　　　　　　　　　　　ハンチングにマスク姿，これは，昭和30年代の，例えば『少年探偵団』に登場する悪役のイメージなどを連想させられるのである．とても今時の発想ではない．また，ハンチングにマスクは，変装の典型と考えられる．　　　　　　　　　　　　　　　　たとえば，あの宮﨑勤が，そのような姿で幼女を物色していたとしても，不思議はない筈である．然し警察は，その姿を完璧に否定した．何故なのか？　そんな男は，存在しなかったとした本当の理由が何かあるのか？　　　　　　　　　　　　　　　　穿った見方をすれば，ハンチングスタイルは，それこそ，昔のテレビドラマだった『７人の刑事』に登場する刑事のスタイルでもある．ハンチングを被っていたのが，実は，真犯人だった？　だからそれを隠している？　＊＊　悪魔　＊＊　　　　　　・目次に戻る