資料室的閑職環境の俺様

資料室的閑職環境の俺様

 時宜を得たというか,新たなパソコンCOMPAQ PRESARIO 2298のCD-ROMのドライブを 外し,その代わりにPD,CD−R,CD−ROMの三つのドライブを一台で使える ドライブを付けたことから事は始まった.                     これを取りつけた理由は,古いパソコンで使っていたPDメディアを無駄にせず, 生かそうと思っただけで,CD−Rにさしたる期待はなかった.ところが買ってから CD−Rメディアの安さに驚かされた….                     懸賞生活で,パソコンのサプライ用品五千円分の買い物が出来る当選に遭遇した. 無くなりそうなプリンタのインクカートリッジを注文するついでに他の商品を見ると 一万円でCD−Rが百枚買えると知った.                     PDメディアは安くなったが一枚1000円近くする.同じ容量で一枚百円とは,一体 何がどうなっているんだ? 確か二年前,知人が一枚千五百円で買っていた筈だが? 半年前でも,この世界は大昔ではある….                     やたら最近,インターネットでパソコンの周辺機器を買う.以前のように出掛ける ゆとりがなくなって,インターネットを積極的に活用している.スキャナーも,僅か 七千円程度で購入したばかりでもあった.                     部屋の整理をしながら,昔の手書きの日記を発見した.まとめてゴミとして捨てて 市の焼却場で灰にしてもいいか…とは思ったのだが,これをスキャナーで読み込んで 保存を…と,途方もない考えが浮かんだ.                     日記1ページのカラーでのデータ量は,15〜20MBになるがjpegならば, これが1MB以下で保存出来る….CD−R1枚に六百枚以上のゆとりではないか. やる気ならば,今はそれが出来る時代だ.                     散在する写真も取り込んで日付を合わせて整理すれば,日記と写真が合体出来る. 俺様も,50歳を過ぎて昔ならば成仏してもおかしくない年頃である.長生きするなら 丁度人生の中間地点である.ここらで….                     今までの記録をジックリ整理して,死出の旅の前に自らの人生を,走馬灯のように 意図的に回想するのもいいかも知れぬ.或いは,半生を振り返って,今後の生き方に 新たな指針を求める機会にしてもいい….                     然し,データの量が膨大で,気の遠くなるような作業である.習慣にしてこまめに 継続する自分のライフワークの一つにしてしまえばいい….日記は何故か大学入学の 後に,漠然と始められた習慣のようだ….                     改めて人生の複雑怪奇な様相が浮かび上がる.俺様が,何かを真剣に学ぼうとする 決意を固めて,それに向かい始めると何かがそれを阻む.幼い頃の両親の離婚とか, 病弱的体質,経済的不安が影を落とす….                     あくまでも意思が完遂出来ないのは,自分の弱気の所為であると自らを叱咤する. 軍歌を歌い,自らの指揮を鼓舞し,戦争文学全集を読み漁って,軍人の精神を自らの 行動の指針とした十代の終わりがあった.                     継続したかったサークル活動や勉学….然し,俺様の心は,未熟で様々なことから 揺れ動く….それは,自らの運命とは違うところに自分が居る違和感だったのか…? 今の俺様は,決して人生を悔いていない.                     これで良かったのだ.全てはしかるべき結果として生じ,今,俺様はここに居る. 社会の底辺にくすぶっているだけの現状だが,それが自分の今なのだと納得する…. 当時,勉強に専心出来なくて良かった….                     自分が国家の一員であることの自覚….誰もそこまで踏み込んで考えない状況で, 俺様は,一人精神的に浮き上がっていた….だからと言って右翼活動に踏み込むのも ためらわれた.一つに徹することがない.                    『自分の未来は放射線状に果てしなく広がる』そんなことを考えていた.自らの道を 一つに限定した一意専心の境地にもなれず,軍歌,戦記,パチンコ,質屋通いなどが 当時のキーワードになる生活ではあった.                     七生報国,この言葉をもじって質生報酷(質屋通いから生まれる残酷な報い)と, 自らの生活を観察していた….質札が溜まるとアルバイトで得た収入で取り戻す…. そんな繰り返しで勉学どころではない….                     入学当初,一年間は,サークル活動などにも参加して充実した学生生活だった…. だが,次第に学校自体に通えない状況になり退部….以後,孤独な3年間が続いた. 卒業出来ぬまま,退学することになった.                     日記は,過去の思い出に浸るだけの世界で,過去は常に未熟なもので,実際には, それを読み返すこともためらわれる.然し,最近,日記が,さながらタイムマシンと 全く同じ機能を発揮していると感じる….                     過去の世界との交信が成立している気分である.客観的な視点から過去を見ると, この状況では何がどうあろうと,退学に向かうことは必然であったと理解出来るが, 当時は,それでも卒業すると考えていた.                     当時,三次元世界からの脱出という言葉をよく使った.漠然とした感覚だったが, 今にして思うと,人間は,金魚鉢の中に住んでいるのと変わらない.環境という箱に 閉じ込められた檻の中の生活をしている.                     例えば,閉ざされたその空間の中に,一人の女が入り込むと,さながら待ち望んだ 餌のように,その女に夢中になる.女が飛び去っても,ずっとその女の幻想を追う. 別の女が入れば,運命の出会いだと思う.                     釣り餌に群がる魚のような存在である.異性という存在を餌にして四次元的存在が 人間を釣っているのかも知れない.一人の女に心を奪われる自分自身を弱い存在だと 捉えていた.修行僧に似た感覚もあった.                     潔く,特攻隊のように,華々しく散る人生を想定してもいた.だが,気がつけば, 54歳にもなって,未だ成仏出来ぬまま,この世をさまよっている.過ぎ去ってみれば 愛国心も何の役にも立たぬままであった.                     ただ一つ.軍歌のような冴えた文章を書きたい.そんな願いは或いは多少なりとも 果たせたかも知れない.いずれは崩壊することが目に見えた日本である.今の俺様は もうこの国はどうでもいい気分になった.                     今はただ,目の不自由な妻の盲導犬的使命を全うすること.そんな老醜を晒して, 惨めに生きるのも,また俺様にふさわしい人生である.華と散れる人生は,やはり, 選ばれた者だけに許された王道あろうか?                     資料整理の道具と化したパソコンは,今,俺様に過去との凄まじい交信を行わせ, 時空に歪を生じさせている.今,彼らはどうしているのか.何故,俺様はその女性に 惹かれたか.色褪せて全然分からない….                     書かれている極めて印象的なはずの出来事も完璧に忘れている.鮮明な記憶では, その正確な日付を確認する….そう言えば,そんなこともあった….新たなる記憶の 再現も行われる.目下,脳細胞充電中….     ** 悪魔 **       ・目次に戻る