24年ぶりの引越し体験

24年ぶりの引越し体験

 歩く度に冷蔵庫が揺れ,くみ取り便所の床まで抜け落ちそうな老朽化した借家から 市営住宅への移転が決まってから戦場のような日々が続いた.連日,不用品の処分を 行うなど住み続けた24年間の歴史の整理が続いた.                 いくら捨てても,後から続々と湧いてくるようなゴミの出現に,本当にこんな狭い 借家にこれだけの荷物があったのかと不審に思った.さしたる家財道具はないのに, 何故かある漠然とした捨てられない荷物の群れ….                 ゴミの収集所は,長い坂道を下った往復8分のところにあり,午前7時までという 時間制限の中で,数往復する早朝の運動が続いた.収集がない日はホッと息を抜く. それでも最後の最後まで,ゴミの山は湧き続けた.                 一ヵ月もの激闘の末,引越しの日を迎えた.ヤマト運輸のラクラクパックにした. 然し,奴らを楽させるためだったようにも思えた.貧乏人の引越しと高をくくってか 宅急便のワゴン車で数往復するというお手並み….                 いくら道は狭くとも2トン車くらいは入れる.タンスを寝かせて積み込むなんて, 引越し屋の常識にあるのか? 安物で古いものだし何をどうしようと構わぬのだが, それでも,その扉の開閉がしぶくなってしまった.                 荷物の扱いは乱暴である.皿の類を数枚割り,キャスターを欠いたボックスなども あった.冷蔵庫の裏板が一部剥がれていた.引きずった痕跡である.これは,俺様が 後で修復した.男が少なく,ブスな女ばっかり….                 荷物には,保険を掛け,当日,保険の書類と転居先の間取りを渡す予定であった. 然し,慌ただしく始まった引越しで,彼らは間取り図だけ求めた.料金には保険料も 含まれていた.結局,保険の書類は俺様の元に….                 要するに,保険料は取られたが保険は掛けなかったことになる.アフターケアなる 手順があって,引越しが終わった後には,女性バイザーが訪ねてくる筈だが,これが 全く音沙汰なし.ヤマト運輸での引越しは失敗…?                 後から色々と引越しの話を聞けば,ヤマトは荷物の扱いが乱暴で,あそこにだけは 頼まない方がよいという話を元従業員から聞いた.今更手遅れである.忙しさから, 数社に見積もりを出す手順を省いて頼んだ結果だ.                 頼んだ後になって失敗した…と思ったことは,不要な電気製品やカラーボックスは リサイクル用品として無料で引き取るものの,カーペットとか布団の類の粗大ゴミは 処分出来ない.ゴミ処理の免許を持たないという.                 結局,引越しの最大の難関はゴミ処理だと気づいた.24年間,移転を考えぬまま, 増えるに任せ,手狭になるに任せてしまった手抜きのツケが一気に回ってきたのだ. どんな不要なものでも格安で処理する業者がいい.                 ともかく,引越しの当日に,要らないものは単純に指示するだけでいい業者なら, 引越しに苦労はない.俺様は,要らぬ物は徹底して処分しようと,自ら処理したが, 始めから任せられる業者を探せば良かったと知る.                 大体,俺様は,その辺りで貧乏人根性が抜け切れていないようだ.実質的に業者へ 依頼する引越しは初めてだった.何処も同じだろうと高をくくったのだが,やはり, 業者の選択は,自らの要求に根ざしてやるべきだ.                 取り敢えず荷物の移転は終わったので,それ以上,とやかく争う気もない.未だに 荷物の整理は続いている.ともかく,指示とは程遠い荷物の詰め込みなどもあって, ラクラクの筈がクラクラめまいがする苦闘である.                 冗談ではなく,連日の引越しに伴う疲労から,俺様は,本当にめまいを起こして, 引越しの後,行動に支障が出た.それも数日後には回復した.煩雑な移転の事務的な 手続きなどにも翻弄されたが,ようやく一段落….                 それでも慢性的な疲れは未だに続いている.思い切り処分したツケから,今度は, 新規に買うものが増えてしまった….然し,これは,当初からの予定の行動だった. 未だ使える全自動洗濯機は,節約精神で処分した.                 今まで,水は井戸水道でいくら使っても電気代の五百円で済んだが,今度からは, モロに水道局の料金が掛かる.4.2K洗いより纏めて洗える7K洗いにして,風呂水を 自動で吸い上げ,水道と使い分ける機能を買った.                 借家では換気扇の配置が悪くて,回しても台所に煙が充満していた.これがために あらゆるものに油が付いてしまった.その関係で,安いカラーボックスの類の全てを 廃棄した.ここはガス台の真上に配置されている.                 市営住宅とは言っても,設備は昔とは比較にならない位に良くなっている.実は, 当選したとき,最初は別の2DKだった.然し,何をどう処分しても荷物が入らぬ. それに気付いて急遽,断ったら3DKに変わった.                 人数から割り出すと我が家は2DKが相当ということだったようだが,断るには, また一年待たねばならない覚悟と,老朽化した借家に住み続ける決死の覚悟だった. 然し,断って一時間も経たず今の3DKになった.                 後で分かったことだが,最初の2DKは,建物自体が相当に古いところだった…. 今までの借家よりも古かった.住んだところは,平成になってから入居が開始された 比較的新しいところである.最初の断りが正解….                 漠然とながら,集合住宅に石油という燃料を持ち込むことに出火の恐れを感じて, これも捨ててしまった.ところが鉄筋7階建ての一階だが,意外に温かく,朝6時に 起きて暖房が要らないくらいの暖かさがあるのだ.                 実は,数年前に買ったものの,僅か15A仕様の借家では,すぐにブレーカーが飛ぶ セラミックヒーターが寝かせてあった.ここに来て,にわかにこれが活躍を始めた. 借家では,全く暖房の役割を果たさなかったが….                 密閉された鉄筋の空間では,これで部屋全体が暖まる.すきま風が常に吹き抜ける 今までの借家では全く考えられないことであった.これならば石油温風ヒーターなど 必要ない.別段,灯油が禁止されいる訳ではない.                 実際,団地内に灯油を売りに来る業者もいるくらいだ.今までの借家より広いが, 灯油缶をどこに置けばいいのか戸惑う.この危険物を安心して置ける場所がない…. 灯油を使わない決心をしたのは正しい判断だった.                 俺様自身,安アパートから借家に移り住んだ.鉄筋7階建ての居住空間は初めてで 戸惑いも多い.然し,近隣からの物音はなく,この辺りは粗雑な借家より遮音効果は 高い.今までは隣人のクシャミまで聞こえていた.                 古いイメージでは,集合住宅は近隣の音がうるさくて夜中に水洗トイレも流せない 不自由さのようなものがあったが,そんな心配が全くない仕様である.改めて最近の 住宅事情を知った.戸建てにこだわる必要もない?                 改めて考えると,7階建ての住宅とは電気,ガス,水道の設備があって成立する. もし,かまどで火を起こし,くみ取り便所という仕様だったら考え付かないことだ. 然し,ガスの配管が成立するとは意外でもある….                 然も,ガス漏れ警報機は,住人が必要を感じれば戸別に有料で付ける仕様である. 今までは,市で費用を負担していたが,それが廃止されて住人の自由意思になった. 我が家では付けたが,付けない家庭も多いという.                 プロパンガスを使っていた借家での体験では,殺虫剤などでの誤作動が多かった. 実際にガス漏れを起こしたことはない.然し,狭い空間に数十世帯が住んでいる…. ガスも怖い存在だが,気にしないことが一番.^_^;                 市営住宅の仕様でそうなのか,電気は基本的に20Aで上限30Aまでの制約がある. 先のセラミックヒータを使う関係で,即座に30Aに変更した.何故か,部屋の中には エアコン用の穴もあるが,30Aで足りるだろうか?                 夏の暑さを体験していないので,冷房の必要があるのか不明である.基本的には, 冷房が嫌いな俺様である.然し,温度調整を適切に行えばエアコンも快適ではある. 今は,取り敢えず必要がなく,様子をみるだけ….                 引越してようやく一ヵ月,まだまだ住まいのことで翻弄されることも多い.未だに 不慣れである.市営住宅特有の,共同で行う月一回の掃除など,体験しない習慣にも 馴染む必要がある.一戸建てでも草取りは必要だ.                 市営住宅前の道は狭い.駐車場は途中から歩道のない道を行く.荷物を運ぶにも, 誠に不便な遠さである.目の不自由な妻を連れて往復する毎日に,怖ささえ感じる. くみ取り便所脇にあった借家の駐車場が懐かしい.                 然し,ゴミ集積場は近い.雨でも傘をさすまでもない位である.一階という地面に 一番近い条件も便利である.先日,地震を体験したが,これは不気味である.建物の 膨大な重さが揺れに現れて一発でお陀仏の実感….                 子供と老人の姿が目立つ.子供のいる家庭は,これから戸建てへと巣立つ可能性が 残されているが,老人たちにとっては,ここが終焉の地となるに違いない.果して, 俺様たちはどちらなのか? 自ら問うまでもない. ** 悪魔 **      ・目次に戻る