
ウル・ニア裁判とジャレンさんの経過
今年の夏、2年ぶりにウル・ニア事件で揺れるルマ・ブサン村を訪ねた。ウル・ニア事件とは、1999年9月1日、サラワク州ミリ省ウル・ニア地区のルマ・ブサン村とルマ・バリ村の慣習地でアブラヤシ・プランテーションを造成しようとしていたサラワク・オイル・パーム(SOP)社が送り込んだ武装した従業員と両村の住民の間で衝突が起き、従業員4人が死亡し、3人が負傷した悲惨な事件である。住民からSOP社への再三の陳情、警察への8回もの通報が無視された末に起こったことだった。住民22人が逮捕され、何人かは2001年9月の判決まで2年も身柄を拘束された。結局、ジャレンさんという70代後半のお爺さんが過失致死罪で12年の実刑判決を受け、残りは無罪となった。SCCでは、みなさまのカンパによりウル・ニア事件の裁判で弁護士費用の支援を行い、ジャレンさんの仮釈放申請手続きをサポートしてきた。
白内障、難聴、高血圧などで健康状態も悪く、拘留中に他界した妻の葬式にも参列できなかったジャレンさんの早期仮釈放を求める申請は、2003年5月にミリ高裁によって却下された。その後、ジャレン弁護団は、申請却下への異議申し立てなど、次のステップを検討してきた。しかし、他の被疑者が無罪となった一審判決を検察側は2001年10月に控訴しており、ジャレンの仮釈放の却下への異議申し立てを行えば、他の住民の無罪判決を控訴審で必ず覆すと当局から住民・弁護士に強い圧力が掛けられている。弁護団はジャレンの異議申し立てを進めるべきかどうか、本人及びコミュニティーと相談してきた。状況を知ったジャレンさんは、他の人たちに悪影響が及ばないよう刑期が終わるまで服役する覚悟を決めたそうである。幸いにして警察病院で白内障手術も成功して前より目が見えるようになり、獄中で比較的よい扱いを受けているとのことである。また12年の実刑判決でも実際には8年ほど出獄できる見込みがあり、拘置期間も刑期に含まれるので、あと2年ほどで釈放される見込みが高いという。こうしたことから、ジャレンの仮釈放申請却下の異議申し立てを行わないことになった。
SOP社が再び両村に侵入し始めているという情報を聞いたので、その状況を尋ねた。ルマ・バリ村の村長、バリさんが亡くなって新村長が就任してから、SOP社と話し合いがあったという。交通の便の悪いルマ・バリ村のロングハウスまで道路を建設し、川に橋を架ければ、慣習地の一部をアブラヤシ造成のために譲ることを一旦合意したそうである。しかし、合意書の案を村に持ち帰ってよく読んだところ、土地のどの部分を譲るのかが明記されておらず、土地を全て明け渡す意味にも解釈できることに気づき、住民は合意を撤回した。その後、会社から連絡がないという。一方、ルマ・ブサン村の土地にもSOP社が侵入して開墾作業をしようとしたそうだが、住民が早く見つけて抗議し、警察にも通報したために止めることができたそうである。こうして住民から聞く限りでは、SOP社からの誘惑や嫌がらせを受けながらも何とか土地を失わずに済んでいるようだった。ただ、現地NGOは、SOP社が両村の土地を新たに開墾したのを確かに見たと言っているので、腑に落ちない点が残った。

ルマ・ブサン村の子供たちは、将来この土地で暮らし続けることができるだろうか?
SOP社に土地を奪われている村は他にも多いが、新たな闘いを始めている村もある。ウル・ニアからニア国立公園に向かう途中にあるルマ・ウセク村、ルマ・サギン村、ルマ・ムニャン村、そしてマノン地区のもう一ヶ村が現地NGOの支援でSOP社を訴えている。ただ、ルマ・ブサンの人に尋ねたところ、そういう動きは聞いているが連絡は取っていないとのことだった。
一番気になったことは、裁判を一緒に闘ってきた二つの村の連帯感にかげりが感じられ、まわりの村とも対立が起こり始めている点だった。裁判を闘っている頃は、両村の名前の頭文字を取ってBABUという団体を作り、土地を守る運動を他の村にも呼び掛けていたが、今は事実上解散しているとのことだった。ルマ・バリ村への道案内を住民に頼んだが、引き受けてくださる方がいなかった。ルマ・バリの新村長がSOP社との話し合いに応じたこともルマ・ブサンの人々は快く思っていない様子だった。さらに、SOP社に土地を譲り渡してしまった近隣の他のロングハウスのイバン人たちがルマ・ブサン村の慣習地に入り込んで農業を始めているという。ルマ・ブサン村から町に出稼ぎに行く人が増えて農業が疎かになっていることもその一因のように見えた。
ウル・ニア裁判やルマ・ノル村のBPP社に対する裁判を闘っている間、イバン人たちはSILOPという住民組織の連絡会を作って一時は土地権運動を全州に広げ、大きく盛り上げた。しかし、お金の管理や活動の方向性をめぐってSILOPから脱退する住民組織が相次ぎ、SILOPは事務所を閉鎖しなければならなくなった。裁判が何年も長引く内に、企業や当局が様々な懐柔策や誘因で巧妙にコミュニティーを分断し、「分断統治」してきた面も大きい。先住民族は精神的な基盤としての土地への深い愛着を持ちつつも、生計基盤が変化していることも否めない。イバン人の運動を側面支援してきたIDEALなど華人系NGOも、これまでの活動を根底から見直す時期に入っている。
ウル・ニア裁判を長い間見守ってくださり、ご支援下さった会員・協力者のみなさまに、このような行き詰まった現状を報告しなければならないことは残念です。しかし、海外から支援があったことは、住民にとって何らかの心の支えになったことと思います。これからもウル・ニアの人々の土地を守る長い闘いが続くと思われますが、SCCでは引き続き展開を見守って行く所存です。どうかこれからもご協力をお願いいたします。