
土地権裁判の経過報告
SCCでは先住民族が土地や森林を守るために闘っている裁判の状況を報告し、一部については、みなさまからのカンパで弁護士費用などの支援を行ってきた。今年の夏、裁判に関わる住民を支援している現地NGO、BRIMASを訪問して裁判の近況を伺った。
1. バコン地区セブクット川のイバン人コミュニティーが提訴した裁判
背景:エンプレサ社とプラナ社が農地を破壊してアブラヤシ・プランテーションを作っているのを止めようと、会社に何度も申し入れをして無視され、2回も警察署に通報して受け付けてもらえなかったバコン地区セブクット川の5つの村のイバン人たちは、最後の措置として会社のトラクター2台を押収してロングハウスの前に移動させた。1997年12月19日に300人規模の抗議集会を村で開いていたところ、企業の従業員と武装した警察隊がトラクターを取り返すために突然現れ、理由も逮捕令状も示さずに無差別に住民を逮捕し始めた。住民が抵抗すると警察隊は棍棒などで住民を殴って大勢怪我をさせ、警告も威嚇射撃もなしに3人のイバン人を射撃し、20人を逮捕した。頭に銃弾を受けた一人、エンヤン・アナッ・ゲンダンさんはミリ総合病院で息を引き取った。

警察隊に射殺されたエンヤン・アナッ・ゲンダンさん
この事件で被害を受けたルマ・バンガ村、ルマ・シドウ村、ルマ・ぺングアン村、ルマ・ジャンティン村および ルマ・キアイ村の住民は3つの裁判を起こしており、SCCもみなさまからのカンパにより1998年にその裁判費用の一部を支援した。
現状:
1.1 慣習地でのプランテーション関連活動の停止命令を要求する訴訟
1998年のミリ高等裁判所における一審で敗訴し、住民は控訴しているが、控訴審の日程は未だに決まっていない。
1.2 住民を不当に逮捕し負傷させた警察・警察隊に対する損害賠償請求訴訟
2003年に公判前手続きで双方の参考人リストが決められたが、未だに公判の日程は決まっていない。(バルビアン弁護士/ハリソン弁護士担当)
1.3 射殺されたエンヤンさんの妻と子供たちが警察責任者と政府を訴えている訴訟
2003年7月の公判で、夫を警察に射殺されたンドゥッミット・アナッ・エゴットさんが証言を行い、裁判所は男性が死亡した経緯について調査するよう警察に命令した。検死係は頭部に銃弾1つを受けたことが死因であることを確認した。警察の調査結果を待って、次の公判が2004年9月13日に行われる予定だったが延期された。(サンドゥ弁護士担当)
また、一時は警察側が住民を治安紊乱罪で告発していたが裁判所はその訴えを退けている。
2. Novelpac-Puncakdana プランテーション社に対するイバン人の裁判
背景:サラワク州シブ省バリンギアン地区とムカー地区のルマ・ケティップ村、ルマ・アンチ村、ルマ・ランヤウ村、ルマ・リプ村、および ルマ・ムロック村という5つのイバン人の村は、慣習地でアブラヤシ・プランテーション開発を進めるNovelpac-Puncakdana社に農作物を破壊されたことを1999年7月に警察に通報したが行動を取ってもらえず、同年8〜12月にかけて会社と何回か交渉したが埒があかず、ついに会社の立ち入りを阻止するバリケードを設置した。住民は自分たちの慣習地をプランテーションから除外するための測量を行うようNovelpac社に要求した。サラワク土地法によれば同社のように政府から暫定的借地権を与えられた企業は測量を行って先住慣習地を画定する義務があるからである。しかし2000年5月にNovelpac社は住民をシブ高等裁判所に訴え、操業を妨害することおよび住民が区画11という開発予定地(慣習地を含む)に入ることを禁止する暫定差止命令を出すよう要求した。裁判所は2000年8月の公判で、仮にプランテーション予定地に先住慣習地が含まれていても後から補償金を払えばよいという理由で、会社の要求通り、差止命令を出した。そして30日以内に区画11の測量を行って先住慣習地が含まれるかどうか調査するよう命じた。
この判決がそのまま認められれば、企業が先住慣習地を除外する測量も行わずに暫定的借地権を与えられた土地全てを整地することが可能になり、住民が土地を守る手段を奪われる、大変危険な前例を作ることになる。こうしたことから住民はこの命令に対する抗告を行い、慣習地を自ら測量することを決めた。この抗告手続きと慣習地の地図づくりの費用の一部をSCCは支援した。
現状:2000年8月から一ヶ月かけて会社側・住民側、双方が立ち会う中で行われた測量により、区画11内に稲作地392ヘクタールが含まれ、そのうち74ヘクタールが会社に破壊されていることが分かった。慣習地の地図も作製された。しかし、その後、裁判の審理は遅々として進んでいない。会社側の参考人はすでに証言を終えているが、2004年1月の公判で住民側の最初の参考人が証言を終えただけで、残り5人は未だに証言する機会を与えられず、裁判資料として地図を提出する機会も得ていない。その後、担当裁判官が上訴裁判所判事に昇格したために裁判官が変わることになり、次の公判の日程も決まっていない。こうして時間が経つ間に、昔から土地をどのように利用してきたかよく記憶しているお爺さんが亡くなり、住民側は一番頼りにしていた証言者を失った。この裁判は当初、サンドゥ弁護士が担当していたが、住民が弁護費用を払えなくなったため、今はバルビアン弁護士とハリソン弁護士が引き受けている。
3. サムリン社と州政府に対するプナン人たちの裁判
ミリ省バラム川上流スルンゴー川流域の4つのプナン人の村の代表者であるクラサウ・ナアンさん(ロング・クロン村村長)、ジャワ・ニパさん(ロング・セピゲン村村長)、プルタン・ティウンさん(ロング・サイッ村村長)、そしてビロン・オヨイさん(ロング・アジェン村村長)が森林伐採の停止と土地に対する先住慣習権の認定を求めて、1)サラワク州政府、2)サムリン・プライウッド(バラマス)社、3)サムリン・ティンバー社を1998年に提訴し、2002年10月に第一回公判が開かれた。商業伐採で最も大きな被害を受けてきた狩猟採集民、プナン人が伐採企業を訴える初めての裁判である。従来、サラワクの裁判所は、土地を開墾して農業を行わない限り土地に対する先住慣習権を認めてこなかった。近年まで農業を行わず森を移動しながら狩猟採集に頼ってきたプナン人が裁判で勝つのは難しいと考えられてきた。しかし、後述するルマ・ノル裁判でイバン人がアダット(慣習法)に則って共同利用してきた原生林に対する慣習権が初めて認められ、プナン人にも新しい道が開けてきた。
プナン人たちが提訴しているサムリン社は、サラワクで最も政治・資金力も強く、乱暴な操業で悪名高い伐採企業である。その評判に異ならず、サムリン社は「プナン人が勝訴すれば、あなたたちが土地権を失うだろう」と言って近隣のロング・セミアン村とリオ・マトー村に住むクニャー人を唆し、同社と共に被告として裁判に参加させた。しかし、同じく近隣のクニャー人の村であるロング・トゥンガンの村長は、この汚い策略に屈せず、プナン人を応援している。
2002年10月の初公判以降、この裁判は進展がほとんど見られない。2004年9月4日には審理前手続きで供述書が記録される予定があったが、公判の日程は未定である。別の裁判でロング・スラアンのクニャー人たちもサムリン社を訴えているが、10年経った今も、一度として公判が開かれていないという。サムリンほどの大企業は、裁判の日程まで遅らせる力を持っているのか?本当の所は分からないが、時間が経てば経つほど住民はしびれを切らし、企業は住民を分断しやすくなる。このような圧力の下でも、スルンゴーのプナン人たちは、静かな笑みを浮かべ、長い道程を最後まで歩く覚悟を決めている。
一向に進まない裁判とは対照的に、バラム川流域でも伐採はどんどん奥地化が進み、現地NGOには毎日のように各地から「伐採を何とかしてほしい」と要請が届いている。さらに憂慮すべきこととして、今回裁判を起こしているプナン人が住むスルンゴー川〜スラアン川流域で1997〜98年に10万ヘクタールほどの広大な面積が山火事で焼けたが、その跡地にサムリン社はサラワク・フォレスト社(森林省の分割民営化で作られた公社)と共に植林を始めている。今は焼け跡の再生と称して在来種を植えているが、政府から暫定的借地権を得て大規模なアカシア・プランテーションを作る計画が水面下で進められているらしい。この周辺を州政府は1997年に「スリン・スラアン保護林」に指定しているが、保護林にすると先住慣習権の設定ができなくなり、植林へ転用しやすくなるという。最近、サムリン社が近くのロング・ムブイ村のプナン人に「村に学校を建てようと思うが、植林をしてもいいだろうか」と甘い言葉をかけ始めており、伐採よりさらに大きな脅威が迫りつつあることを予感させる。
4. ルマ・ノル控訴裁判
サラワク州で最大規模のパルプ用アカシア・プランテーションの開発を進めるボルネオ・パルプ&ペーパー(BPP)社から共有林を守ろうと同社と州政府機関を訴えたビントゥル省Sebauh地区スカバイ川のルマ・ノル村のイバン民族は、2001年5月12日のクチン高裁で勝訴した。住民は共有林に対する先住慣習権を認められ、会社は係争地を操業地から外すよう命じられた。それまでサラワクの裁判所は、農業のために開墾した土地(イバン慣習法で「トゥムダ」と呼ばれる)に対する先住慣習権しか認めてこなかったが、主に林産品や魚・動物の採集狩猟に使われる原生林(プラウ)もしくは共有地(プマカイ・ムノア)を慣習法に基づいて確立することも、先住慣習権を成立させると結論した。オーストラリアのマボー裁判でアボリジニの慣習法が英国法における判例法(コモン・ロー)として認められたのと同様に、近代国家が成立する前からの生活規範だったサラワクの先住民族の慣習法もコモン・ローとして法的に位置づけられると裁判所が判定した。これは、類似する裁判を闘う多くの先住民族を力づける大変重要な判例となっている。
BPP社/サラワク州政府側は控訴しており、控訴審第一回公判が2004年3月25日にクチン控訴裁判所で行われた(サラワク・アップデート53号を参照)。その後、審理が延期され、次の公判日程はまだ決まっていない。3月の公判でサラワク州司法長官は、「先住慣習法」と「先住慣習権」は同一ではなく、サラワクの法律で明記された慣習法しか法的拘束力を持たないと主張している。州政府がイバンの慣習法を明文化した「アダット・イバン」という文書には「プラウ」、「プマカイ・ムノア」への言及はなく、慣習権の成立案件にならないというのだ。また、イギリスのコモン・ローはマレーシアの法体系における土地に対する先住慣習権には関係ないと主張している。一方、住民側を弁護するバルビアン弁護士は、サラワク土地法で、開墾以外に「土地の占有」および「その他の合法的な方法」が先住慣習権の成立要件に挙げられており、慣習法に則って「プラウ」、「プマカイ・ムノア」を設けて利用することがそれに当たると論じている。また、「法律か行政命令で明示的に抹消されない限り、先住民族の慣習法は拘束力を持ち続ける」というマボー裁判で確立された法理を引用し、「プラウ」、「プマカイ・ムノア」に対する慣習的な権利がサラワクの法律で明示的に抹消されたことがないと主張している。
サラワクの先住民族の将来を左右するこの重大な裁判の進展をこれからも見守っていきたい。