自然保全最前線〜宇宙から地球を守る?〜

高山 学

この記事は2002年8月18日に開催されたGIS・GPS・リモートセンシング・ワークショップでの内容を簡略化して、改めて書き下ろし・追記したものである。

 読者の皆さんは「GPS」、「GIS」、「リモートセンシング」といった言葉を聞いたことがあるだろうか?GPSはグローバル・ポジショニング・システムの略で、名前くらいは知っている人も多いかも知れない。GPSは人工衛星を利用して今の自分の居る位置を知ることができるシステムで、最近ではカーナビや携帯電話にも地図と一緒に利用されている。GPSは比較的安いものでも15m〜の精度で自分の位置を知ることができるようになった(「なった」というのは、数年前は100m〜の誤差は普通で、ごく最近になって飛躍的に精度が上がったからだ)。使い方も比較的簡単で、携帯電話を使える人であれば大体誰でも使いこなせるくらい身近なものになってきている。一方の「GIS」「リモートセンシング」というのは比較的一般には知られていない代物かも知れない。GISは地理情報システム(Geographic Information System)の略で、地理情報を管理したり、分析したり、表示したりできるコンピュータシステムのことである。一言で一般の読者にGISを分りやすく説明するのはなかなか難しい技であるが、例えば動物の生息地についての地図情報や、森林がどこでどのくらい破壊されてきたのかを示している情報があるとして、それを表示したり、分析したりできるのがGISである(こう聞くとなにやら特殊なもののようにも聞こえるが、実は皆さんの自宅にあるパソコンでもGISソフトを入れれば使えるようになるのだ)。3つ目の言葉「リモートセンシング」は、その名の通り、遠く(Remote)から地球を計測(Sensing)する技術で、例えば人工衛星や飛行機から撮った写真などはこの技術を応用したものである。誰でも一度は新聞や雑誌で、海や森林破壊の状況などを撮った衛星写真を目にしたことがあるだろう。天気予報でお馴染みの「ひまわり」などが雲の様子を撮った映像もリモートセンシングの技術を利用したものである。

 さて、そうした技術について細かいことを書き立てるのが今回の目的では全くない。こうした技術が色々な形で自然保護・保全に活用されていることを紹介するのが、今回の本当の目的である。GPSなどは元々アメリカの軍事目的で開発されたもので、湾岸戦争などでは的確に目標に近づき、それを破壊するために利用されてきたが、この技術が民間に解放され、今は自然を保護するために活用されているというのは面白い。

サラワクでの住民参加による 慣習地の地図作り(マレーシア)

 例えば、サラワクアップデイトでもお馴染みのマレーシアのサラワク州では、GPSを利用した先住民族による慣習地の地図作りが行われている。元々、サラワク州では1950年代以降、先住民族の土地利用を制限・取り上げる法律が次々と施行されてきたが、先住民族の土地がどこにどのくらいの広さであるという詳細な土地境界の調査が成されていないため、今まで先住民族と政府や企業の間で数々の問題が起こってきた。そんな中、サラワク州の先住民族は、NGOの支援を受けながら1990年代半ばから慣習地の地図作りを開始した。当初は、カナダやアメリカのNGOが、サラワクの地元のNGOスタッフや村の住人に地図作りの基本から、GPSの使い方までを教える所から始まった。最初はコンパスと巻尺などを使った簡単な地図作りが地道に進められていたが、最近ではGPSの助けを借りて、より精確で時間の掛からない地図作りができるようになった。今ではそのワークショップから成長した現地の人々が他の人々にGPSの利用を伝えることで、人材の拡大を図りながら、海外のNGOが提供したGPSやコンピューターなどの機材を利用して地図作りが進められている。


住民が手に持っている携帯電話のようなものが携帯型GPS。
これをもって森の中を歩き回る

 2001年5月には作成された地図を基に土地権の裁判を起こしていた共同体が裁判に勝訴するという喜ばしいニュースもあった。裁判に勝ったルマ・ノル村は、サラワク州ビントゥル地区にあるイバン民族の村で、1997年から自分達の土地の上で進められてきた製紙用の樹木プランテーション(州内最大規模でなんと広さは20万haもある)に悩まされていた。自分達の土地に生える木が切られていくのを目の当たりにした村の住民は、1999年始めに植林をしている会社と政府機関を相手取って裁判を起こしたのであるが、この裁判に住民が勝訴したのだ。この裁判をするに当たり、ルマ・ノル村の住民と地元のNGOはGPSを使った慣習地の地図作りをしており、その地図はルマ・ノル村の慣習地の正当性を表す証拠として使われたのであった。この裁判は、地図作りの明確な成果が出たサラワク最初の例であった。このような証拠作りの意味以外にも、地図作りはまた、住民が自らの土地、資源を把握・再認識し、今後それをどう開発・保護していくかのプラン・合意を形成する上で重要なツールでもある(こういう教育ツールとしての使われ方はアメリカやカナダなどの先進国内でも普及している)。余談になるが、サラワク州立法議会は、上の裁判が結審した直後の2001年10月31日、「2001年土地測量法案」を議決し、政府に承認された「専門家」以外の土地測量を禁止することを定めている。これはGPSがいかに強力なツールであるかを、政府が暗に認めたと取れないこともない。


真剣に地図作りに取り組む住民(サラワク州)

アフリカゾウの保護活動(ケニヤ

 話は飛んで、アフリカの国立公園ではアフリカゾウの保護にGPSが利用されている。ケニヤのアンボセリ国立公園はアフリカゾウの生息地として重要な保護区で、ゾウの狩猟が禁止されているが、この国立公園に国境を挟んで隣接しているタンザニアのロンギド狩猟保全区は、ゾウの狩猟が許可されている区域であった。現地でアフリカゾウの保護活動をするNGO「Save the Elephants」は、ゾウの狩猟に関しての両国間で異なる規制は、両地域間を自由に行き来するゾウの保護に支障をきたしていると考え、ゾウの移動に関する調査を開始した。もし、アフリカゾウが、ケニヤの国立公園とタンザニアの狩猟保全区の両方を生息地としていることが証明できれば、両国で同じゾウの保護策が取られる重要な根拠となるからだ。当初、「Save the Elephants」はセスナ機でゾウを追いかけ、発見したゾウの群れの位置をGPSで記録していくという地道な作業をしていたが、この方法ではどのゾウがどのように移動したのかという詳細な情報までは得ることは難しかった。同団体は、後に、長さが2〜3mを越し、重さが約8kgもある「ゾウ用特製GPS首輪」を開発し、現在までに40頭を超えるアフリカゾウに首輪を取り付けることに成功してきた。この「ゾウ用特製GPS首輪」にはGPSと共に発信機がついており、NGOのスタッフは定期的に生息地の上空をセスナ機で巡回飛行しては、この発信機から発信される情報を受信している。受信した情報には、それまでゾウがどこを移動してきたかのデータが記録されており、スタッフはそれを後でオフィスのコンピューター(GIS)を利用して地図上に表示することで、アフリカゾウの動きを定期的に監視している。「Save the Elephants」はこの調査の結果、国立公園と狩猟保全区の間で、国境を越えたゾウの動きを証明することに成功し、狩猟愛好家による事実の否定に終止符を打つことに成功した。偶然にも、この調査が実施されている最中、タンザニア政府はロンギド狩猟保全区でのゾウの狩猟を禁止する決定をしている。


麻酔銃で撃たれ、GPS首輪を取り付けられたゾウ

NGO「セーブ・ザ・エレファンツ」のホームページでは、アフリカ各地でのゾウの動きを見ることができる:http://www.savetheelephants.org/(英語)  

海ガメの保護活動(メキシコ)

 メキシコ・ヴェラクルーズにあるレチュギラス海岸でも、国境を越えた海ガメの保護にGPSとGISが一役買っている。ケニアのアフリカゾウの保護と同様、ここではアメリカとメキシコの間の国境を越えた海ガメの移動ルートを特定し、効果的な海ガメの保護を実施しようとアメリカの保護団体「海洋資源基金」がGPSによる海ガメの追跡調査を開始した。大西・太平洋には6種の海ガメが生息しているといわれており、全種がアメリカの「絶滅種保護法」により保護されている。そうした海ガメの移動ルートや、その時期が明らかになれば、産卵用の海岸環境を保全・整備し、開発を避け、移動ルートでの漁業を控えるなどの保護策を策定する重要な基礎となる。「海洋資源基金」は、元々、海ガメの甲羅にプラスチックや金属製のタグをつけて、海ガメを追跡してきたが、同じ海ガメをまた目にするまでにかなり時間が空いてしまう、その間の移動ルートなどを特定することができないなど、多くの問題を抱えていた。そこで、「海洋資源基金」は、海岸に出てきた海ガメの甲羅に携帯電話ほどのGPSと発信機を取り付けることを考え出し、人工衛星を通じて海ガメの動きを常時監視している。海ガメの甲羅に取り付けられた発信機から発信された情報は、人工衛星を通じて、地上の基地に転送される。「海洋資源基金」のスタッフはその基地からデータを入手することで、海ガメの移動記録をオフィスのコンピューター(GIS)で表示することができる。この調査によって、「海洋資源基金」は、アメリカとメキシコの国境を越えた海ガメの動きやその時期を特定することに成功。アメリカ政府は、テキサス沿岸での3〜4月の移動期中の海老漁を禁止し、商務省は海がめ保護用の安全装置の使用を漁師に義務付けした。


2匹のウミガメ、ロベルタとザーニャの動きを示した地図

NGO「Oceanic Resource Foundation」のホームページでは、メキシコとアメリカの間での海ガメの動きを見ることができます:http://www.orf.org/

環境ゾーニング計画(アメリカ)

アメリカ・マサチューセッツ州、コネチカット州、ニューヨーク州、ロードアイランド州では、4つの州にまたがり流れるハウザトニック川の保護(約5200km2の流域)にGISが利用されている。ハウザトニック流域の保全を目的とする団体「ハウザトニック流域協会」は、1997年にGIS部門を設置し、従来のゾーニングに代わる、価値の高い土地を守るための新しい環境ゾーニングを実施している。通常、アメリカでは、州や郡区ごとに行われている都市計画であるが、ハウザトニック川のような河川の流域はそうした政治境界を越えて存在していることが多く、流域の有効な保護には、上流から下流まで、政治境界を越えた協力が必要になる。「ハウザトニック流域協会」は、未保護地帯と未開発地帯の地図、重要文化財と自然資源の地図、ゾーニング規制に関するデータなどをGISデータベースに入れることで、流域で最も緊急に保護されるべき地域の特定、順位付けを行っている。「ハウザトニック流域協会」の努力により、優先的に保護されるべき土地が明確化され、政策決定者に具体的な提案ができることが強みとなり、同協会は、過去59年間で3000エーカー以上の流域の土地保護に成功している。

森林資源の状態計測(アメリカ)

 世界資源研究所を始めとするアメリカやヨーロッパのNGOは、リモートセンシングを利用した森林状態の把握を続けている。通常、森林破壊の深刻な地域では、正確な森林破壊の状況が把握されていなかったり、把握されていたとしても政府によってその情報が隠蔽されたり、嘘の情報が公表されたりなどの問題が常に起こっている(勿論、自分に不利な情報を出すはずがないのである)。しかし、リモートセンシングで利用している人工衛星は、国家の制空権のない遥か上空を飛行しているので、そうした一国の政治状況に邪魔をされずに森林の破壊状況などを客観的に把握できるのである(想像がつくように、もともとこの技術も敵地を把握するための軍事技術の一つとして始まった)。この理由から、世界資源研究所などのNGOやIUCNなどの国際機関では衛星画像を利用した森林破壊状況の把握が進められ、その結果の政府発表データとのくい違いが指摘されてきた。リモートセンシングで明らかになった、残された森林に関する情報は、優先的に保護される森林を特定し、また、最も開発の脅威にさらされている「ホットスポット」を特定するのにも役立っている。こうしたデータは、地域によっては、ハウザトニック流域協会が実施しているような環境ゾーニングの基礎データとしても活用されている。

宇宙から地球を守る?

 さて、ここまででGPS・GIS・リモートセンシングを利用した最近の自然保全の最前線について紹介してきた。*「宇宙から地球を守る」。このタイトルは少々おかしかったかも知れない。実は、宇宙にあるのは人工衛星だけで、本当に地球の自然を考え、それを健康な状態に保っていくのは、地上に居る人々の役割であるからだ。元々軍事技術として発達した上のような技術は、人々が今ある状況を的確に把握し、将来にむけてどういう未来像を描いていくのか、それを助けるツールに過ぎない。「地球は青かった」とは、ガガーリンの有名な言葉であるが、境界の無い青い地球をどう保っていけるか。今、宇宙を利用した自然保全が力を発揮しつつある。 * この記事は海外での利用の報告だけをしているが、日本のNPOでのこうした技術のクリエイティブな利用というのは、実のところほとんどなされていないのが現状である。日本のNPOはもっとこの技術を上手く利用した活動ができると筆者は個人的に思う。