サラワクは今…
 
 
ニアの悲劇

 プランテーション会社が先住民族の伝統的に侵入して、土地を破壊しているという問題について前回、手紙書きキャンペーンのお願いをお送りしたルマ・ブサン村とルマ・バリ村。数々の警告が当局に対してなされたにも関わらず、適切な対策が取られず、1999年9月1日、ついに住民と請負企業労働者が衝突し、7名が死傷するという事件が発生した。この結果、住民22名が警察に勾留されている。
 この問題はサラワク州ニア地域にあるイバン人の村、ルマ・ブサン村とルマ・バリ村の土地がサラワク・オイルパーム(SOP)社の請負会社により部分的にブルドーザーで破壊されたことに単を発する。1999年に入り、村の人々は自分たちの土地に見知らぬ人々が侵入し、ブルドーザーでゴム園や果樹園、農園などが破壊されているのを幾度となく発見してきた。その度に両村の住民は請負会社や関連当局、警察などへ連絡をし、その土地での操業を中止するよう要請してきた。住民の証言によれば、企業は警察隊や暴力グループを連れてきて住民を脅したことも少なくない。
 以下に事件の流れと近況を報告したい。

◆サラワク先住民族と油やしプランテーション会社が衝突,7人死傷

 1999年9月1日の午後3時頃、マレーシア・サラワク州ミリ省にある二つの村(ルマ・ブサン村とルマ・バリ村)の住民(イバン人)と油やしプランテーション請負会社の労働者との間で衝突があり、請負会社の労働者4人が死亡、3人が負傷をした。この会社は,サラワク州で油やしプランテーション開発を行っている州政府所有の会社「サラワク・オイルパーム社(SOP)」の請負会社であった。
 イバン人たちによると、サラワク州政府はSOP社に対し,住民たちが耕作、使用していた土地に対する暫定的借地権を与えていた。SOP社は,土地を開拓するために請負会社との契約を交わした。
 イバン人たちは,土地が破壊されてしまうと,生活の糧にしている胡椒や果樹、稲畑、その他の樹木などの作物が破壊されてしまうため,請負会社が土地を伐り開くのを止めるよう抗議していた。
 請負会社が住民の抗議を無視して土地を破壊し続けたため、住民は関係当局に陳情を出し,同時に代表者を州都クチンへ派遣して州主席大臣のタイブ・モハムドなどの閣僚に苦境を訴えようとした。しかしどの閣僚もそうした住民の訪問に対応せず、陳情への対応も全くないままであった。
 イバン人は警察にも幾度となく接触し,問題を訴えてきたが,対応を取られぬまま時が過ぎていった。
 請負会社はその間も住民の土地と作物を破壊し続けていた。イバン人たちの絶え間ない抗議を受けた請負会社は,日本刀やナイフ、鉄の棍棒を持った何人ものチンピラを雇い住民たちを脅迫しようとした。
 そうした脅迫について住民は何度もバトゥ・ニア警察署に通報したが、警察は何の対策も取らなかったという。
 1999年9月1日,住民たちは会社の労働者が暴力グループを同伴して再びルマ・バリ村の近くの土地と農園を破壊しているのを発見した。住民は直ぐに作業を中止するよう告げたが,労働者たちはそれを無視した。それどころか、暴力グループが突然,武器でイバン人たちに襲いかかっていった。
 攻撃を受けたイバン人たちは自己防衛をするする他無かった。結果,4人のチンピラが死亡し、逃れた3人が怪我をした。
 バラム地区のバコンやティンジャー地域で油やしプランテーションにより同様の被害を被っている先住民族によれば,そうした地域でも同じチンピラ集団がプランテーション会社に雇われており,住民の土地での活動に抗議すると,住民に嫌がらせや脅迫を働いていたという。
 1997年12月にはルマ・バンガ村(サラワク州バラム地区バコン地域)のイバン人と警察の間で同様の衝突が起こっている。その時には3人の住民が警察に撃たれ、一名(エンヤン・グンダン)が死亡している。
 こうした衝突事件の根本的な原因は、サラワク州政府が独断でサラワク先住民族コミュニティの土地が含まれる区域の借地権を油やしプランテーション会社に発行し続けていることである。
 先住民族たちにより州政府とプランテーション会社を相手取った複数の民事訴訟が起こされており、自分たちの土地(先住慣習地)に対する借地権の発行は違法であることを特に訴えている。

◆ルマ・ブサンとルマ・バリの住民22人が逮捕される

 1999年9月6日までに、警察はルマ・ブサン村とルマ・バリ村の首長を含む住民22人を逮捕した。当初、3人の女性が逮捕されていたが3人は逮捕翌日に釈放されている。逮捕された人々は6月9日の朝、警察の再拘留申請のため裁判所に連れて行かれた。
 逮捕された人々は現在、ミリ中央警察署におり、12日間の再拘留中である。この拘留は刑事訴訟法第117項に従って行われており、同項の下で警察は9月18日まで取り調べを延期して行うことができる。警察は事件に使われたと思われる武器を押収した。ある情報筋によると、警察はこの事件を複数殺人犯とし、刑法第302項違反として扱うだろうとのこと。
 逮捕されたのは17〜60歳の住民である。住民は1999年9月3日と4日に各ロングハウスで警察に逮捕された。住民たちは9月18日まで勾留される予定である。

◆住民たちは一体どうすればよかったのか?

 以上のような事件を受け、政治家や警察は状況をほとんど理解していないような発言をしている。州CID主任のアブドゥル・アジズ・ナウィは,この事件の背景と動機について,警察が十分な取り調べを行うことを約束した後、地元の人々が法に従うこと、問題の解決をしようとする際に(法の手段によらずに)勝手な制裁を加えないようにし、法的手段を利用して問題を訴えるか政治的指導者や地元の指導者と話しをすることを人々に訴えている。また、サラワク・ダヤク党(PBDS)党首であり連邦エネルギー通信マルチメディア大臣でもあるレオ・モギーは、住民は問題を話し合いを通じて解決するようにすべきだった、と語っている。
 事実、事件前、ロングハウスの住民は警察に数々の通報をしてきたし、関係当局にも手紙を書いてきた。警察への通報は現在明らかになっているだけで最低8回はおこなわれており、その中で住民は企業から脅しがあることを報告し、問題に対する警察の介入を求めている。またこの問題を放置すれば望ましくない結果をもたらすだろうことも報告している。しかし、現実にはそうした彼らの訴えや問題に対し対策が全く取られて来なかったのである。住民たちは自分たちの土地を守るために一体どうすればよかったのだろうか?ただ一つだけ言えることは、今回の事件は警察が適切な対応を問っていれば確実に回避できた筈だということであり、今後とも警察や当局が同様の陳情に耳を傾けようとしなければいつ同様の事件が発生してもおかしくないということである。
(現地からの情報を元に編集)


◆バクン地域最後の住民が移住

 バクンダムによって影響を受ける最後の住民84家族が,7月末,スンガイ・ア サップの移住地へ移住した。
 今回、最後の移住の対象となったのは、共同体の代表であるトゥメンゴ・タルッ・リスット氏に率いられた,バルイ川沿いにあるロング・ドゥパ(ウマ・ジュマン)村の人々だ。
 ブラガ地域の役所によれば、今回の移住が終了すればスンガイ・アサップの移住地には15ケ村からの1639家族が集まったことになる。
 「集団的移住計画(Operation Exodus)」として知られるこの移住は昨年9月に開始されたもので、その際には6ケ村が移住させられている。移住計画の実施は今年に入り、残り9ケ村の人々を移住させた他、6つの診療所と7つの公立小学校,および職員も移動させた。
 当局のスポークスマンは、1639家族,約1万人の移住がスケジュール通り実施されたと発表した。この発表は、この歴史的な移住計画に幕が引かれたことを表すものである。
 来月には,人々の福利厚生のための特別部が移住地に設けられる予定である。
(The New Straits Times,1999年7月31日)

◆バクンダム計画は最低あと6年

 規模縮小が発表されているバクンダム計画には,最低でもあと6年が必要である。下院に対してそんな報告がなされた。
 ウォン大蔵副大臣によれば、調査が行われている第一期には、500MWの発電容量を持つ発電所の建設が含まれており、3年以内に完成する予定である。
 プロジェクトの再開発は、大手電力会社のテナガ・ナショナル社率いるコンソーシアム(企業連合)がおこなう予定であり,サラワク州政府,州内の民間会社がそれに関わることになりそうだ。
 ウォン副大臣は,バクンダムからの電力はサラワク州とサバ州,ブルネイ、カリマンタン(インドネシア領)に供給されるだろうと述べている。
 「サラワク、サバ両州に海外投資家を引きつけるには,それに充分な電力を準備することは重要」と副大臣は述べた。
 副大臣によれば、政府はプロジェクト引き継ぎのため、バクン水力発電社に対し9億5000万リンギ(約313億5000万円)を支払った。この内、3億9000万リンギ(約128億7000万円)は同社の最大の株主であったエクラン社に支払われた。
(ベルナマ通信、7月12日)

◆3つの土地権裁判が決定

 サラワク、ミリ治安判事裁判所は、いくつかの先住民族コミュニティが警察、警察隊(つまり 準軍事的警察、現在名前が「総合活動部隊」に変わっている)及びマレーシア政府に対して、不当逮捕、不法監禁、暴行と殴打及び悪意訴追の罪で訴えている以下の3つの民事訴訟の裁判の日程を決定した。これらの訴訟で彼ら先住民族は懲戒的損害賠償や加重的損害賠償、裁判費用、利子、その他裁判所が適切とみなす他の救済を含む特別的、一般的損害賠償を請求している。

1)リギー・アナ・ブルルックと他2人が警察副署長フェデリック・リソ・セナップとマレーシア政府に対して起こしている訴訟

 この裁判は、サラワク州バラム、ティンジャール地域のスンガイ・ナットにあるルマ・リギーのイバン人コミュニティが、自分たちの慣習地がオイルパームプランテーション用にサラワク州政府によって土地管理開発機関という州政府機関へ譲渡されたことに対して抗議をしたことに端を発した。土地管理開発機関はネイション・マーク有限会社に、土地を皆伐し、オイルパームをその土地に植える仕事を請け負わせていた。
 そのコミュニティは1996年および1997年、ネーション・マーク有限会社が彼らの土地へ侵入するのを止め、その企業によって荒らされた自分たちの土地及び穀物への被害状況について警察に通報した。また、イバン人たちは、その企業のうちの誰かが、1997年4月17日に自分たちが逮捕される前に、農家に火をつけたのではないかと疑っていた。しかし、彼らのこういう苦情に対しては何の措置も執られなかった。逆に、彼らは警察によって逮捕・拘留され、イバン人たちはその企業の労働者に対して犯罪的脅迫行為の罪を犯したとして告訴された。
 彼らの訴訟は1999年9月24日午前9時に裁判所による裁判が開かれる。
 このイバン人たちは1996年、ネイション・マークや土地管理開発機関、サラワク州政府に対して民事訴訟(去年の2月に裁判が開かれた)を申し立てたことがある。しかし、ミリ治安判事裁判所はその判決を今なお言い渡していない。その判決は、先住民族がサラワクの他地域でも、先住慣習地に対する借地権をオイルパームプランテーションへ発行する州政府の権限に異議申し立てしている20以上の同様な訴訟にとって、かなり重要な判例となるだろうと期待されている。

2)デボ・アナ・サオンと41人がノラザム警部とマレーシア政府に対して起こしている訴訟

 この裁判はサラワク州バラム、ティンジャール地域にあるルマ・ラヨン、ルマ・ポン、ルマ・ルンバン、ルマ・ジャウェンという4つの村の42人(女性が9人で男性が33人)が関わっている。彼らは、サラワクの土地調査局の役人が、サラワク政府が広大なオイルパームプランテーションへ変えようとしている彼らの慣習地で行っていた調査活動に意義を申し立てた。
 イバン人たちはそのプランテーション計画の実行に反対し異議を申し立てていたが、無視された。最後の切り札として、彼らは調査活動を行なっていた調査員を停めたが、政府が調査員の護衛及び保護のために雇っていた総合活動部隊隊員によって逮捕、拘留された。
 この訴訟の裁判は1999年10月29日午前9時におこなわれる。
 スンガイ・ナットのルマ・リギーのイバン人たちのように、彼らもまたミリ治安判事裁判所で他の民事訴訟を申し立てている。その裁判では彼らは裁判所に、とりわけ、彼らの慣習地を含む土地に対する4つの借地権をサラワク州政府が土地管理開発機関に発行したことが違憲であると宣言するよう求めている。

3)アジェン・キューと5人がボンス・アナ・ランバ巡査部長とマレーシア政府に対して起こしている訴訟

 この裁判にはサラワク州バラムのトゥト、スンガイ・アポーにあるロング・サヤンのプナン人コミュニティが関係している。彼らは繰り返し、ラジョン・ランバー社(リンブナン・ヒジャウ社の子会社)が彼らの慣習地で伐採活動を行なうことに異議を申し立ててきた。
 そのプナン人たちは何度も繰り返して、企業が自分たちの土地へ侵入し、自分たちの土地や共同林に損害をもたらしていることについてサラワク当局および企業へ訴えてきた。
 企業による侵入や彼らの土地及び森への損害をくい止めるには、その企業の伐採道路にブロッケードを作る以外、他に手段がなかった。
 しかし、彼らのブロッケードが、彼ら自身の慣習地を通る伐採道路に打ち立てられたにもかかわらず、彼らは、企業の労働者がその伐採道路を通過するのを不当に抑止した容疑で警察に逮捕された。

4)先住民族が警察及びマレーシア政府に勝訴した裁判

 1997年、ミリ治安判事裁判所はサラワク、バラム地域のウマ・バワンのカヤン民族42人に損害賠償及び補償金として250,000リンギの支払いを認めた。彼らは不当逮捕、不法拘留及び悪意訴追に異議申し立てして警察及びマレーシア政府へ同様の訴訟を起こしていた。
 1987年、カヤン人たちはマラボン・ランバー社(これもリンブナン・ヒジャウ社の子会社)の伐採道路に、企業が自分たちの慣習地を侵害しないようブロッケードを作った。他の場合と同様、彼らはその企業による土地への侵入や慣習地、穀物に対する損害について何度もサラワク当局に申し立てを行なっていたが、ずっと無視された。他に方法が何もない状態に陥った後、彼らは自分たちの土地と穀物を守るために、ブロッケードをその企業の伐採道路にたてることで、自分たちの私的防衛権を行使することに決めた。
 彼らの苦情について調査をしたり、行動を起こす代わりに、警察は彼等を逮捕し、2週間拘留した。その後、州政府の土地を不法占拠し、企業の労働者が伐採道路使うことを不当に抑止した容疑で彼らを告発した。カヤン人の慣習地に企業が不法に建設した道路だったにも関わらずである。
 彼らに対する警察のその行動を不服とし、カヤン人たちは訴訟を起こし、損害賠償の支払いを命じる裁判所の1997年の結審により正式に疑いを晴らされた。
 ウマ・バワンのカヤン人は、1987年、初めは、慣習地を保護し、ブロッケードを作ったために、罪人呼ばわりされ、サラワク当局から犯罪者、反政府及び反開発者、外国人もしくは部外者によって扇動された者であると決め付けられたが、裁判所は、彼等が自分たちの慣習地へブロッケードを立てる権利を有しているため、警察が彼等を逮捕するのは違法もしくは違憲であるとした。
 この事件における裁判所の決定は改めてサラワクの先住民族が法的に自分たちの慣習地で行なわれる伐採を拒否する権利があり、サラワク当局から発行される、慣習地を含む伐採権よりも、先住民族のその土地に対する以前から続いている権利が優先することをはっきりと確立し、支持した。つまり、借地権が慣習地を含んでいる限りにおいて、先住民族の権利が伐採権に優先するのである。


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