サラワクは今…
 
 
◆ブルーノ・マンサー、サラワクに現る!

 プナン人と共にサラワクの森で6年を過ごしたスイスの環境保護活動家、ブルーノ・マンサーが3月29日、サラワク州都であるクチンにパラグライダーで降り立った。ブルーノ氏はサラワクのプナン人と共に生活をした後、伐採などの脅威からプナン人の生活を守るために立ち上がったスイスの活動家である。
 当局から入州を拒否されているブルーノ氏は、極秘にサラワクに入州した後、3月29日、モーター付きのパラグライダーでクチンを飛び、記者やプナン人グループの集まるタイブ・マハムド(サラワク州主席大臣)の自宅近くの空き地に降り立った。彼はその後逮捕され、国外退去をさせられた。
 ブルーノ氏によると、州主席大臣と会おうとする今までの彼の試みが実を結ばなかったため、彼はタイブ・マハムドに会うために人目を引くようなクチンでのパラグライディングに頼らざるを得なかったという。
 ブルーノ氏は、プナン人と彼等の森のための協力を申し出るために、マレーシア大使館を含めた通常のルートを通じたタイブへの面会を求めてきたがそれまで何の返事も返ってこなかったという。
「私はタイブ・マハムドが良い人であると確信しています」彼はスイス・バーゼルからのファックスでそう述べている。
 一方、4月3日には全国オランウル協会は、プナン人の福祉や生活状況を調査するため、サラワク産業開発省大臣ジョハリ・オペンを座長とする特別委員会を発足させたと語った。協会の代表であるトム・ブラレクは、プナン人はサラワクの疎外化された人々ではないと語っている。
(ボルネオ・ポスト、1999年4月25日へ加筆・編集)

ブルーノ・マンサー氏について:
 1954年生まれ。ブルーノ氏は6年間、サラワクのプナン民族と共にジャングルで暮らし、自然の中で生きる先住民族の豊かな生活と森林伐採による被害を直接体験しました。サラワク州からスイスへ帰国後、1990年に熱帯林保全を目的としたブルーノ・マンサー財団設立。現在では世界各地を周り、サラワクの問題をアピールし続けています。

*ブルーノ・マンサー氏が来日した際の記事、講演記は93.3号、93.4号、15号、16号に載っています。お読みになりたい方は事務局まで(100円/冊)。

◆裁判所がスランガウ川のイバン人に対する謹慎命令を撤回

 4月15日、シブ高等裁判所は、スランガウのイバン人に対する治安判事裁判所の6ヶ月の謹慎命令(*1)を撤回した。
 上訴人の弁護士であるポール・ラジャは、住民達に対する2月20日のムカーの治安判事裁判所の命令は修正または撤回されるべきだとする申し立てをしていた。住民たちは2月20日と26日にそれぞれ、治安判事裁判所の命令の下、一人の保証人の同伴の上で6ヶ月の善行の約束をし、刑事訴訟法67条に従って一人2,000リンギ(約6万6千円)を支払い、釈放された。
 上訴人である4人は今年2月19日にシブ省ムカー地区のラダン・ヒジャウで不法集会の容疑で逮捕され、2月26日まで勾留されていた。
 アンタス・イボンは逮捕された4人に面会するため2月19日にムカーの中央警察署を訪れた所を逮捕され、翌日、善行の約束をした後で釈放された。
 これら二つの事件では、容疑者たちが善行の約束をさせられる前に、理由開示命令(*2)もなされず、取り調べもされなかったとポール・ラジャは主張している。取り調べがなされなかったので、訴追請求内容(*3)の真実性は証明されておらず、容疑者である住民に対する起訴内容を証明するものは何も提示されていない。
 ポール・ラジャはさらに、住民たちが土地法(81章)に規定されている先住慣習権を守るための行動を起こしていることから、治安判事が容疑者(上訴人)たちの行動の合法性についての調査を怠り、判断を誤ったと指摘している。
 このように裁判所が刑事訴訟法の規定に従っていないことから、ポール・ラジャは上訴人に対する命令は撤回されなければならないとの申し立てを行っていた。
(現地からの連絡、1999年4月16日)

訳注:
*1 6ヶ月間の謹慎とは、文字通り訳せば「平静を保ち、よい行いを続けること」。つまり、住民の抗議活動を止めさせることを意味している。
*2 処分によって不利益を被る者に防御の機会を与えるために、そのような処分がなされるべきでない理由を示すよう促す命令。
*3 起訴の根拠となる情報を示したもの

前号より:
 イバン人4人は、リンブナン・ヒジャウ社の油ヤシ農園の造成に抗議してスランガウ川近くでブロッケードを張っていた所を、今年2月19日に警察に逮捕された。4人の罪状は不法集会とされて謹慎命令や罰金を課せられたが、住民たちは自分たちの先住慣習地を守る法的な権利を持っていることから、それらの命令に異議申し立てをしてきた。

◆先住慣習地の開発にゴーサイン

 サラワク・ダヤク党(PBDS)のジェームズ・マシン副党首は、大多数の住民が計画を支持しているので、サラワクでの先住慣習地の開発は迅速かつ積極的に進められる必要あると語った。
 ジェームズ・マシンによれば、ロングハウスや村にいる人々が現在の遅い発展に満足していないという訴えを彼は受け取ったという。
「住民が計画を支持している今、もし計画の進行が遅くて住民が政府の土地開発能力に疑問を抱くようになってしまえば住民はこのプログラムから手を引いてしまうかも知れない」と彼は述べている。
 サラワクでの先住慣習地の開発に前向きなダヤク党はこの遅い発展を非常に憂慮しており、開発の促進を求める住民の要求を関係当局に届けると彼は述べた。
 さらに彼は、ダヤク党は地方での貧困撲滅のためにこの先住慣習地開発が必要不可欠であると見ており、先住慣習地の開発を確実にするための全面的な支援をすることを付け加えた。
 政府は今まで、先住慣習地開発の必要性について、出来るだけの説明をしてきた。したがって、計画を遅らせない方が得策であり、さもなくば口だけで実行しないと住民は思ってしまうだろう。彼はこう述べて、関係当局にその活動を加速せるよう要請した。
 彼はまたプログラムに参加したいと望む住民に対し、開発される土地を選ばないよう言った。
「開発者に不適切な土地しか提供しなければ、プログラムの発展を阻害することになる」
 彼は、カノウィットのように開発が許可された地域でのプログラムの実施にはダヤク党は満足していると述べた。
(ボルネオ・ポスト、1999年4月25日)

*SCCからのコメント:このように、サラワクのダヤク(先住民族)の立場をとっていると自称するダヤク党が、多くの先住民族コミュニティーが抗議している先住慣習地での開発を推進する側に回っていることからも、一般住民の声が政治になかなか反映されず、経済的な利害が先住民族のコミュニティーを分断する厳しい状況が察せられる。

◆バクン移住再び始まる

 バクン地域に生活を営む総勢9,428人の先住民族は、経済危機の影響で無期限延期された巨大計画のために移住を迫られている。
 情報局によれば、バクンダムによって影響を受ける住民の第二次移住が4月6日から開始された。
 今回の移住ではバルイ川上流の8ケ村、960人の先住民族が移住させられる予定である。新しい移住地は下流にあるアサップ川とコヤン川流域である。
 情報局によると移住第一陣は、ロング・ジャウェ、ロング・ブラン、バト・カロのロングハウスの住民たちで構成される。
 ロング・ジャウェのケニャ人64家族は4月7日現在、既に移住地に到着しており、同じ村の他の209家族も追って移住。その後、ロング・ブランの223家族とバト・カロの84家族が移住する。
 その後の現地団体からの情報によればそれらの村の移住は4月中に完了した模様。  移住第二陣は5つのロングハウスで構成され、6月から8月の間に移住が完了する。
(ボルネオ・ポスト、1999年4月7日に加筆・修正)

*バクンダムに関する記事は様々なバックナンバーで取り上げられています。お読みになりたい方は事務局まで。

◆バクン地域は今…

 バクン・ダム建設現場における作業は概ね行き詰まっている。
 バクンダムでの排水路(diversion tunnel)の建設は資金不足により大幅に遅れており、三つのトンネルのいずれも未完のままである。それらの完成は2年以内の予定である。今年の6月か7月にテナガ・ナショナルがプロジェクトを引き継いだら、トンネル工事を請け負っているドンア社は作業を停止するかもしれない。このような説明がドンア社の管理者から非公式になされた。
 バクンダム建設地近くにあるバクン・リゾートも現在は労働者がほとんど現場にいないため、一時的に閉鎖されている。
 住民が使用するバクン移住地への道路は整備されておらず、状態が悪化しており凹凸が激しい状態である。
 また、エクラン社によって取得されてしまった先住民族の土地に対する補償は村によってはまだ完全に支払われておらず、ウマ・ニャビン、ロング・ムンジャワ、ロング・ムルムの土地所有者の何人かは支払いを要求している。彼らの土地はエクラン社によって過去2年間に取得され、道路やリゾート、バクン・ダムの建設現場に使用されてきた。土地所有者たちは、法的に認められた所有物や生活の糧に対する人々の権利の保護に責任のある政府から何の反応も得られなければ、エクラン社を相手取った訴訟を考えている。
(現地からの連絡、1999年4月23日を一部加筆・編集)


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