バクンダム冬の陣[1]

 

 1997年のアジア通貨危機で一旦は延期されたバクンダム計画であったが、2001年にその再開が決定されて以来、地上での建設は着々と進められている。それとは裏腹に、政治経済の舞台では計画の資金繰りや規模に関する憶測や議論が飛び交い、この計画の行く末に対する不安を覗かせている。

 この計画を取り巻く混乱は今に始まったものではない。197080年代にダム計画が検討されて依頼、今日まで2度に亘る延期、幾度にも亘る請負会社や計画内容の変更など、この計画を取り巻く状況は著しく変化し、人々を混乱させてきた。この計画を巡る問題は政府内にも混乱をもたらした。1998年に起こったアンワル元副首相の逮捕も、バクン計画を巡るマハティール首相との意見対立にその一端があったという話は有名である。同時に、計画の経済性に対する疑問、連邦環境法に照らした計画過程の合法性への疑問・裁判、広大な熱帯雨林の破壊や先住民族の強制移住に関する反対運動など、バクンダム計画を疑問視する声は、今日まで世界中に広まってきている。

 現在、バクンダム計画(約2500億円[2])はマレーシア連邦政府(Ministry of Finance Inc.)によって100%保有されている。連邦政府は、バクンダム計画を管理するサラワク水力発電社(Sarawak Hidro S/B)を通じて、分野毎に請負会社と契約を取り交わし、計画を進めている(図1参照)。20028月には、サイム・ダービー・グループの率いる企業コンソーシアム(7社)と本ダムの建設に関する請負契約が結ばれた。このコンソーシアム(Sime Enginnering S/B)には、悪名高い中国の三峡ダムを請け負っている中国の建設会社が関わっている他、サラワク州のEdward&Son社も参加している。ちなみに、Edward&Son社の代表は、ブラガ地区代表のサラワク州議会議員であるスタンレイ・アジャンである。

 

1 バクンダム計画に関わる主要組織(四角)と個人(丸)

 

 昨年末から今年の始めにかけて、バクンダム計画を巡る資金繰りについての現地報道もにわかに増え出した。これは政府がそろそろバクンダム計画について具体的で透明な決定をマレーシア国民に対して行わなければならないという社会的圧力の表れであるといえよう。昨年末には、GIIGキャピタル社がプロジェクトの約60%を買い取るという計画が紙面を賑わせていたが、今年に入り、その計画が中止となった旨が発表された。[3] 民間からの資本調達が困難であると判断したのか、「連邦政府は約825億円の公債発行を検討している」と、ビジネスタイムズ紙は政府情報筋の話として報じている。[4] また、昨年の10月には、連邦政府が雇用者保険(EPF)の資金をダム建設の資金として使用するのではないかとの憶測が飛び交い、現地のNGOから批判が噴出した。[5] 一方、計画の位置するサラワク州の政府(ジョージ・チャン副州首席)は、現状でバクンダム計画に資本投入する予定はないとしながらも、条件が変わればその可能性もあることを示唆するコメントを発表している。[6]

 一旦は当初の予定通りである2400MWの規模に計画が確定したかのように思われたバクンダム計画であったが、昨年末から紙上では再び規模縮小に関する憶測も飛び交い始めている。そうした記事の多くが、巨大ダム建設資金の不足や、建設後の電力需要の不足をその理由として挙げている。元々、半島への送電を想定して計画されたバクンダムは、アジア通貨危機の影響により予算規模縮小を余儀なくされた関係で、半島への送電をしない計画へと変更された。それに伴い、一旦は出力規模の大幅縮小も検討されたが、近年では、アブドゥーラ首相より当初のスケールで計画を実施する旨が繰り返し発表されている。しかしながら、半島部のように大きな電力需要のないサラワク州で、2400MWもの出力を持ったダムが本当に必要とされているのかについては、誰も明確な答えを出すことができていない。マレーシアの英文ビジネス・投資週刊誌である「The Edge」は、情報筋の話として、計画を管理するサラワク水力発電社が、現在、ダムの発電能力を半分の1200MWに変更する案を検討している、と報じている。[7] その情報筋の話によれば、現在バクン地域で期待できる電力需要は、シェド・モクターが建設を計画しているアルミニウム精錬工場(約1000MW[8]のみであり、残りの電力を誰が買い取るのかについて明確な答えがないという。

 

戸惑う住民

 

 こうした中、移住に直面した人々は現在どうしているのであろうか?人々の現状をよく表す一つのデータがある(表1)。このデータは移住を拒否してバルイ川上流に残った家族の数を示したものであるが、移住が実施された当初の世帯数に比べて全ての村で、世帯数が増加していることに気付かれることだろう。2004年1月の時点で、約80世帯、約400人もの人々が、上流の村々に新たに合流をしている。

 これは政府が準備した移住地における生活の困難さを端的に表したデータであると言える。政府がダムの下流域に準備した移住地では、各世帯3エーカー(約1.2ヘクタール)の土地しか与えられて居らず、更にプロジェクトの遅れに伴う職の不足や、水道や電気に対する支払い、更には土地権取得のための支払い(約7万円程度)、家屋に対する支払い(約138万円/世帯)の発生など、様々な困難が先住民族を待ち受けていた。[9]

1 バルイ川上流に残った共同体に於ける人口動態

旧名

現名

当初世帯数

現世帯数

増加世帯数

増加人数(推定)

ロング・ガン

ロング・ラウェン

45

70

25

125

バト・カロ

ナハ・ジャリー

34

40

6

30

バトゥ・クリン

ナハ・ニャブン

12

16

4

20

ロング・ブラン

サン・アナウ

37

57

20

100

ロング・ジャウェ

ロング・バハウ

9

32

23

115

ウマ・ウキット(ロング・アヤ)

ウマ・ウキット

5

6

1

5

合計

 

142

221

79

395

注:増加人数は5人/世帯と仮定して算出。

データ出展:当初世帯数についてはConcerned NGOs on Bakun, Fact Finding Mission: The Resettlement of the Bakun Indigenous Peoples (Appendix I), 15 May 1999.ウマ・ウキットのデータに関しては、移住直後のSAMによるフィールド調査。現世帯数に関しては、SAM2004年のフィールド調査。

 

こうした経済的な問題以外にも、バクンダム建設地の下流に住む村々は、建設に起因する慢性的な洪水への危機に悩まされている。昨年の9月には、ブラガ地区に住む住民の集まりである「バクン下流住民行動委員会」が、連邦と州政府に対して、洪水の問題、そして飲料水、食糧、交通難などの問題を訴えている。[10] 委員会のムライ・アラン代表によれば、下流地域の人々は2001年以来、こうした問題に悩まされ続けてきたという。例えば、防水堰の建設のために下流での水位が著しく低下したために、ブラガとカピットとの間の河川交通に支障が出ている。これは人々の移動に問題があるだけではなく、住民の食糧の輸送にも影響があると彼は訴える。また、大量の雨の後には、上流でせき止められた水が溢れ出し、下流にある学校が幾度に亘って浸水し、約3000人の生徒に影響が出ているという。

一方、上流に残った住民の多くも、ダム建設の進行に伴い、次善の策を考え始めているようだ。マレーシアキニの報道によれば、上流の4村(約200世帯)は、(政府指定の下流の定住地ではなく)更に上流域への移住ならば受け入れる意向を示しているという。[11] しかしこうした申し入れに対して、政府側からの返答は未だにない。

 

 財政的にも需要的にも問題を抱え、地域の住民にも生態系にも大きな混乱を来しているバクンダム計画。マレーシア政府は、既に多額の投資を行ってきたことを理由に計画の続行を頑固として主張している。これには、既に多額の投資を実施し、計画を強行してきたマレーシア政府の面子が少なからず影響していることは明らかである。しかしながら、現在のマレーシア政府に必要なのは、今後更に計画を続行することのメリットが、既述のような社会経済的費用を割いてまでも果たして正当化できるものであるのかどうか、包括的な計画の見直しを行うことである。特に、こうした過程で最も費用を肩代わりさせられる地域住民の意向は最優先される必要がある。就任して間もないアブドゥラ新首相が本当に公正な国づくりをしてゆくことができるのかどうか、これから益々、このプロジェクトから目を離すことができない。■



[1] 勿論、現地は現在でも「夏」である。

[2] 1RM=\27.5で計算。

[3] GIIGキャピタルは、マレーシアの大実業家であるシェド・モクター率いる企業であるが、シェド・モクターはマハティール前首相に非常に可愛がられた人物の一人として有名である。

[4] The Business Times, 20 January 2004.

[5] Malaysiakini, 28 October 2003.

[6] Sarawak Tribune, 9 January 2004.

[7] The Edge, January 12 2004. この報道によると、サラワク水力発電社は、ダム建設時には1200MW分のタービンを(300MW×4機)を導入し、将来的に電力が必要になった時点で残りの4機を導入する計画の実行可能性を検討しているという。

[8] シェド・モクターはビンツル近郊のシミラジャウに約550億円のアルミニウム精錬工場(年間50万トン)を建設予定であり、2007年に正式稼動する予定である。

[9] 詳しくは以前のアップデイト及びバクン冊子参照のこと。

[10] The Star, 24 September 2003.

[11] Malaysiakini, 18 August 2003.