
BPPは、現在サラワクで数ある植林プロジェクトのうち、最大規模を誇るアカシアの植林プロジェクトで、205,958haのプランテーションの他(Sarawak Tribune and Business Times, March 8 2000)、サマラカン・ニュータウンシップ及びパルプ工場を抱えている。それゆえ、影響の出る地理的範囲も広大で、環境的、社会的な問題を数多く含むプロジェクトとして設立当初から問題視されてきた。又、そのプロジェクト範囲に先住慣習地を含んでいるため、BPPが先住民族に与える影響も甚大であり、本件ルマ・ノル村のケースの他にも、パルプ工場建設地での移住を巡ってタタウ川上流域の先住民族もBPPを相手に訴えを起こしており、現在、ミリの高等裁判所に係争中である。それにも関わらず、BPPは2000年9月、イギリスを母体とするSGS-ICS(Malaysia)社からISO14001規格を取得し(Borneo Post, September 22,2000)、森林資源を持続可能的に提供し、環境にも配慮をしたプロジェクトとして、サラワク州政府から全面的なバックアップを得ている。
BPPは1995年設立当初、サラワク州政府所有のSarawak Timber Industry Development Corporation (STIDC、サラワク木材工業開発社)が40%、ニューヨーク株式市場に上場されているシンガポールベースの巨大パルプ企業、The Asia Pulp and Paper Company Ltd. (APP)が60%の資本を提供して設立され、その操業を進めてきた。しかし、今年3月に入ってAPPは業績不振及び多額の負債が原因でニューヨーク株式市場の上場リストからはずされ(Sarawak Tribune, March 28, 2001)、BPPへの技術・資金続投が困難になり、BPPはその株主構成の再編をはからなければならなくなった。その後、州政府が同企業の株を、STIDCを通して51%買い取ると発表したが(Borneo Post, May 11 2001)、他の投資家および技術提供者は未だ発表されていない(2001年5月30日現在)。
本件訴訟は、2000年10月31日から公開法廷の下、証人尋問が開始された。ルマ・ノル村からは原告団4人の他、全家族からそれぞれ一名の代表が、ビントゥルからバスを使ってクチンへ傍聴しにきた。
私が傍聴席へ顔を出すようになったころは既に証人尋問が始まってから3週間以上の時がたっていたが、誰一人として諦めてロングハウスに帰る者はおらず(急用ができた者、体調不良の者を除く)、傍聴の義務などないにもかかわらず、お年寄りから子供まで、実に64人が寝具も揃っていない大ホールに寝泊りして、そこから毎日のように裁判所へ傍聴のために通っていた。
寝具が全員分揃っていないことに加え、慣れないクチンという都会での生活、裁判所での強い冷房が原因で、体の不調を訴えるものもかなりいた他、予想を越えて長引く証人尋問のために滞在が長期化し、食料が圧倒的に不足していた。又、ロングハウスにはお年寄り数名しか残っていないために、既に野菜・米は動物に荒らされ放題、加えて、続く長雨のために洪水もおき、田畑は荒廃状態という(住民へのインタビュー結果)。証人として証言台に立った住民の中には、被告側弁護士から執拗な尋問を受け、証言台で涙をこぼしたものもあれば、つじつまの合わない証言をし、後から仲間に責められるものもいた。
私が裁判所に足を運んだ頃は、傍聴席にはルマ・ノル村の住民がほとんどで、その他には新聞記者、BPPの人間が若干見られるばかり。住民を応援する者もいなければ、共感を示す者も、傍聴席にはいなかった。私には、住民側が圧倒的に不利な状況にあるように思えた。それでも、住民の「何が何でも裁判を最後まで見届けてやる」という意思は非常に強く、不安に揺れる胸を垣間見ることは幾度かあったにせよ、よくぞあれまでの統一感を作り上げてきたと思う。
ルマ・ノル村の住民は不安に耐え、全員で、静かに、しかし力強い意思で裁判を見守ってきた。それが、今回のような結果に結びついた。証人尋問終了から5ヶ月。再びクチン高等裁判所に集まった64人の住人を前に原告側弁護士が裁判結果を報告すると、涙をこぼすもの、安堵のため息をつくもの、叫ぶもの――そこは、歓喜の渦に包まれた。裁判を見守ってきた者全員にも、言われようのない安堵と喜びが広がった。
先住民族が有する慣習権および先住慣習地の正当性は、土地法の中で絶えず認められてきたにもかかわらず、政治的背景・思惑、先住民族の知識・技術不足に加え、慣習権の適応範囲、および物的証拠が曖昧であるために、先住慣習地として立証することが容易でなく、現実のプロジェクト実行段階でその正当性の主張が通ることはほとんど見られなかった。それは、数々の油ヤシプランテーション、バクンダム、伐採などを前に泣き寝入りせざるを得ない先住民族が、これまで少なくなかったことを見ても容易にわかる。
今回の判決は、司法が先住民族の慣習権及び慣習地の正当性及びその優位性を認め、画期的な先例を作り出した、という意味において、また先住民族が有する慣習権をないがしろにしてきた州政府機関を戒めた、という意味において、サラワクの先住民族にとって、また、サラワク州政府にとっても意味深い判決となったと言えよう。(本原稿執筆後、2001年6月12日、被告3者は控訴院に上告申請手続きを行った。New Strait Times, June 14, 2001)。
参考文献:
Borneo Post, September 9, 2000, May 11, 2001
Justice Datuk Ian H.C. Chin (May 12, 2001). Judgement.
New Strait Times, June 14, 2001
Sarawak Tribune, March 8, 2000, March 28, 2001