
自治体キャンペーン10年の軌跡
浦本三穂子
1. なぜ「自治体キャンペーン」か
日本は世界最大の熱帯材輸入国である。1960年代から70年代にかけて日本はフィリピン、インドネシア、マレーシアのサバ州から大量に熱帯材を買い付け、その結果これらの国や地域の深刻な森林破壊を招いてしまった。マレーシアのサラワク州からの輸入は80年頃から増え、最盛期の90年前後にはサラワクでは猛烈な勢いで伐採が進行していた。
伐採により、森林に依存して生きていたサラワクの先住民族は甚大な影響を受けた。重要な蛋白源であった鹿や猪は森から姿を消し、河川は汚濁し漁獲量は減少した。その他伐採は先住民族に様々な精神的苦痛、社会的悪影響をもたらしてきた。87年、遂に先住民族は自らの体を張って伐採に反対する行動に出た。伐採道路に立ち塞がることによって伐採業者を締め出そうとしたのである。その行為は警察等の弾圧を受けながらも、今日までたびたび各地で繰り返されている。
このサラワクの窮状に対して、日本は言うまでもなく大きな責任を有していたわけであり、この問題に取り組むNGOとして87年に熱帯林行動ネットワーク(JATAN)が設立された。JATANは後にSCCの設立母体となるのであるが、設立から2〜3年間は、先住民族の声を日本に伝えると共に、熱帯材輸入商社へ抗議する等の活動をしていた。一方でJATANは、日本での熱帯材消費削減も、取り組まなければならない重要な課題と認識し、そのための手段として既に欧州などで成功を収めていた「自治体キャンペーン」が有効ではないかと考えていた。
「自治体キャンペーン」とは、公共工事等において熱帯材を使用しないように市民から自治体へはたらきかける市民運動である。自治体をターゲットにした理由は以下のとおりである。
○ 自治体は、様々な建築及び土木工事を行い、その中で多くの熱帯材を消費している。
○ 自治体は、自ら発注する工事において、発注の条件として「熱帯材不使用」を要求できる。
○ 自治体が熱帯材不使用に踏み切ることは、企業等に対するアピールとしても、また市民に対する教育や広報としても大きな影響力が期待できる。
○ 自治体は、市民にとって身近な政府である。首相や国会議員に会うこととは異なり、市民が自治体の首長や地方議員に会うことは難しくない。
○ 熱帯材を使用しないために工事価格が高くなる場合があっても、自治体であればそれでも受け入れる可能性がある。
○ 全国どこででも始められる市民運動である。そしてキャンペーンの過程の署名集め等を通して、多くの市民の参加を促すことができる。
○ 既に多くの欧米の自治体で実施されているため、その事例を参考にすることができる。
キャンペーンではまずはコンクリート型枠用合板(通称コンパネ)を使用削減のターゲットとした。それは、コンパネが3回程度利用されただけで捨てられているので使い捨てという点でアピールしやすかった上に、日本の熱帯材消費全体の約2割とかなり大きな割合を占めていたからである。キャンペーンはJATANにより1990年夏に開始され、翌年SCCに移管された。
2.勢いづくキャンペーン
90年に、熱帯林問題に取り組んでいる既存の市民グループに対して、JATANがキャンペーンへの参加を呼びかけたところ、すぐにいくつかが呼応し自らの自治体への働きかけを開始した。91年になると運動は徐々に広がった。議会での熱帯材消費削減に関する質問も相次いだ。JATANやSCCのスタッフは自らの事務所のある東京都に働きかけることとし、環境問題に関心を寄せる議員に協力を求めながら積極的に動いた。
91〜92年頃は、地球サミットを間近に控えていたからか、または我々NGOの活動が効を奏したのかわからないが、国や業界で熱帯材消費削減へ向けた動きが見られた。建設省では91年「合板製型枠の利用合理化の今後の方向について」と題して、合板製型枠の効率的・合理的利用を推進する方策を検討した結果をとりまとめた。同年、日本合板工業組合連合会では原料の30%を今後5年間に針葉樹に転換していくことを定めた。翌92年の2月には、大手建設会社80社が加盟する建築業協会(BCS)が「5年以内に、現在の型枠用熱帯材の消費量を35%以上削減する」という目標を定めた。
このような中で、全国初の自治体による熱帯材使用削減方針を出したのは、以外なことに、大きくて動きにくいと思われていた東京都であった。1991年10月、東京都は(1)合板型枠の使用を削減する工法の推進、(2)針葉樹合板、複合合板(熱帯材と針葉樹材を組み合わせた合板)を用いての試験施工実施、等から成る当面の対応方針を示した。ひとつの成果が出ると、その後は比較的順調に、類似の方針を出す自治体が出現してきた。
市民グループの側でも新しい動きが始まった。キャンペーンに関わる全国の市民グループが互いに情報・意見を交換したり連帯を図ったりすることを目指した会合(通称「全国キャンペーナ会議」)も開かれるようになった。第1回は91年5月で東京でSCCが、その後数回は大阪、静岡、金沢等の各地のグループが持ち回りで開催した。直近の会議は、SCCが「パプアニューギニアとソロモン諸島の森を考える会」と共同で東京で開催した97年5月のものであるが、この時は国産材利用振興をキャンペーンに採り入れる可能性を探る意味からこのテーマに重点が置かれた。
さらに、市民グループの間でもっと頻繁に多くの人たちと情報を共有しキャンペーンの相乗効果を目指そうと、SCCは「自治体キャンペーン通信」を創刊し(91.10)、キャンペーンに関心を持つ多くの市民らがこれを購読した(95年、SCCのもうひとつの機関誌「サラワク・アップデイト」に併合)。
94年と95年にSCCは、アースデイの前後に自治体キャンペーンに関する何らかの行動を行う「全国一斉行動」を広く呼びかけた。これに応えて全国各地で、自治体への手紙書き、自治体職員との会合、講演会・展示等のイベント等様々な行動が行われた。94年は全国で約50の市民グループまたは個人が参加して、かなりの盛り上がりを見せた。
地域的にみると、市民が丹念に働きかけを行ってきた地域では、着実に成果をあげている場合が多い。その例が大阪である。大阪では、「ウータン・森と生活を考える会」が積極的に自治体キャンペーンに取り組んできた。1991年には姉妹都市であるサンフランシスコの市長より大阪市長あてに熱帯材使用禁止を求める手紙が届けられるということもあった。これらの過程を経て1992年1月に大阪市が、続いて2月に大阪府が熱帯材使用抑制の施策を発表した。その後も大阪のグループは府下全市町村を対象に働きかけを行い、その結果、府下22の市町村(府下の全数44)が何らかの熱帯材使用削減策をとるに至った(1994年6月の調査結果による)。大阪の場合、はじめに大阪府と大阪市という重要な自治体をターゲットとし、それらが方針を打ち出した後に他自治体をターゲットにしていったが、これが効果的であったようだ。近隣の自治体の動きに敏感であるという自治体の性質を、うまく利用したといえるかもしれない。
92〜94年ごろがキャンペーンは最盛期であった。市民の関心も高まり、全国各地の市民グループが自治体の担当者への申し入れの他、署名集め、議員を対象にしたアンケート調査等、様々な方法で運動を広げていった。削減政策をとる自治体も徐々に増加した。
1996年秋に、市民グループ「関西熱帯木材使用削減委員会」によって、都道府県と政令指定都市を対象とした現況調査が行われた。それまでは、ひとつの都道府県内の市町村を対象に調査が行われたことは数回あったが、これは全国を視野に入れた調査としては初めてのものであった。この調査と過去に行われた調査の結果から、全国で約160の自治体が何らかの熱帯材消費削減の方針等を持っていることが判明した。
方針を出した自治体についてみると、具体的な削減目標を示す等、かなり前向きなものから、モデル工事だけ行っているもの、消費削減を単に努力目標としかしていないものなど様々である。前向きと見られる例としては、92年に95年度までの3年間に熱帯材の型枠使用を70%削減するとした神奈川県、98年度までに70%削減するとした大阪市等が挙げられる。なお神奈川県は早くも94年度に削減率70.7%を達成し、大阪市も1997年度末で7割の削減率という回答を得ている。これらはいずれの場合も針葉樹を用いた合板を主な代替品として削減を達成した。
3.貿易問題の浮上
97年に入ってキャンペーンにとって重大な問題が持ち上がった。この年の1月に林野庁木材貿易対策室が、全国の自治体を対象に熱帯木材使用削減に関する施策についての実態調査を実施していたことが判明したのである。それは単なる調査でなく、自治体に対して熱帯材ボイコットをしないようにとの圧力をかけることがその目的のようだった。自治体宛の手紙の中で「自治体の熱帯材使用削減を好ましくない」としている林野庁は、自治体がそのような政策をとらないよう牽制しているという印象を与えた。
林野庁の調査は、前年11月の国際熱帯木材機関(ITTO)が採択した決議2に基づいたとされている。決議2とは「持続可能な森林経営に必要な資金獲得のために、木材貿易は肯定的な役割を果たしうる」という認識のもとに、熱帯木材の市場アクセスの障害を取り除くことや、上記の認識を自治体等に知らしめることを加盟国に促すという内容である。もって回った表現がされているが、つまりは熱帯材ボイコットのこれ以上の浸透を防止すべく熱帯材貿易を正当化する根拠をひねり出そうとしていると思われた。
さらに世界貿易機関(WTO) という厄介な問題もからむ。WTO協定では、内外無差別の原則、つまり輸入品も国産品も平等に扱わねばならないという原則があり、熱帯材についていえば、これを他の外材や国産材と区別してはならないということになる。さらに日本は政府調達協定(WTO協定の一部であるが加盟国に受諾義務は無い)にも署名しているため、中央政府のみでなく都道府県及び政令指定都市もこれを遵守すべきというのである。林野庁自身が、SCCらとの会合の席で「都道府県はWTOの協定の対象であるので特に強く伝えた」といっている。林野庁は、ITTO の決議に基づきこの調査をしたとしているが、それは単なるきっかけであって、 ITTOよりもWTOを意識しているように見受けられた。
林野庁はこの調査を毎年実施する意向とのことである。我々は調査結果の公開を要求したが、「公開を前提として収集したデータではない」という理由で拒否された。
4.キャンペーンの成果
この10年間に全国で市民が動き、キャンペーンは様々な成果をあげた。主な成果は以下の通りである。
1)全国5%の自治体の政策転換に寄与
やはり1番の成果は、当初の目標通り自治体の政策を実際に変えたということである。キャンペーンによって少なくとも160の自治体の政策を変えたのである。160というのは約3300の日本の全自治体の約5%であるが、資金も組織もない市民が、いってみれば「熱帯林を守りたい」という心の共鳴のみで広げた運動がこれだけの結果を生んだことはやはり大きな成果といえよう。
2)実質的な熱帯材消費削減の達成
1)で述べた政策を変えた自治体にはモデル工事を実施しただけという自治体も含まれており、実質的な熱帯材消費削減への寄与はあまり大きくないといえるだろう。しかし民間部門も含めて考えれば、実質的削減にも効果があったといえる。
合板の材料についてみると、90年にはほとんどが熱帯材であったのが、98年には国産普通合板の37%が針葉樹に置き換わっている。前述のように日本合板工業組合連合会が30%の熱帯材消費削減を公言し実際にそのように動いてきたのは、もちろん熱帯材が遠からず枯渇するという現実的な予測もあったであろう。しかし直接業界を対象にしたのではないにせよ、「熱帯材を使わないで」という私たちの呼びかけが影響を与えた部分もあるのではないか。
もうひとつ注目すべきは、5年以内の熱帯材の35%削減を目標としていた建築業協会が出した結果である。数字の上では目標には届かず24.3%の削減にとどまったが、熱帯材の消費削減への姿勢はその構成企業の大企業の間では根付いたという印象を受ける。
このキャンペーンの主要ターゲットはもちろん自治体であったが、私たちは民間に対してもこれを第二のターゲットとして情報提供や働きかけをしてきた。その結果、いってみれば「副産物」のような形で、民間の方が成果が大きかったといえる。
3)世間への広報効果
広報効果、つまりどれだけ多くの人が熱帯林消失と熱帯材使用の関係や、熱帯材使用削減の必要性等を認識するようになったかということは、見えにくいが重要である。これに関しては、例えば90年代前半の新聞には熱帯林や熱帯材消費削減に関する記事がかなり頻繁に掲載されたこと等から、一定の効果はあったと考えられる。最近の一般紙の記事にも「日本の丸太輸入量は年々減少傾向にあり、(途中略)南洋材では熱帯雨林保護の要因が大きいほか、、(後略)」(99,12,8日本経済新聞)という記述が見られる等、熱帯材の伐採が環境問題として認識されていると思われる。
また前述のように、林野庁が全国の自治体に熱帯材消費削減の現状調査を実施していることは、私たちのキャンペーンの影響力が小さくないことを示していると考えられる。さらに林野庁が使用したITTOの決議2で、熱帯木材の市場アクセス確保や、自治体への通知徹底を述べていることは、熱帯材貿易の推進側からみて、このキャンペーンが無視できないことを示していると思われる。
4)新しい形の市民運動の展開
サラワクの伐採問題は、海外の特定地域の環境破壊・人権侵害問題であると同時に、地球環境の問題でもある。このような性質の問題の解決に向けて、自治体を対象とした運動が日本の各地で同時進行したということは、新しい形の市民運動であったといえるだろう。特に自治体関係者から関心を持たれ、自治労(95年)や自治体国際化協会(98年)の研究会にSCCスタッフが招かれ、キャンペーンについて事例発表を行ったこともあった。
5)「環境と貿易」問題の事例提供
99年は、森林NGOの間ではシアトルでのWTO閣僚会議に備えて林産物の貿易自由化が重要な課題であった。これに関したNGOの主張のひとつに「政府・自治体による環境保護等を目的とする選別的調達を許容すること」があるが、自治体キャンペーンはまさに自治体の選別的調達を推進する運動であり、選別的調達の格好の事例を提供することとなった。
5.キャンペーンの課題
一方では、次のような様々な課題も出てきている。
1)適切な代替材
キャンペーンを始めた当初から「熱帯材の代替」は課題であった。当時はあるメーカーが針葉樹合板を製造開始したところであり、熱帯材の代替としてまずその針葉樹合板が使われるであろうことは容易に想像された。しかしそれでは森林破壊の場所が単に針葉樹産地に移動するだけで問題の解決にはならないということは我々も認識していたので、熱帯材不使用を主張するのであればその代替をどう考えるのか、それを示すべきではないかという点について議論があった。結局「適切な代替品がなくても熱帯林問題を提起するために熱帯材不使用をまず主張することが必要である。日本人は研究と商売に熱心だから、近い将来好ましい代替品が開発されるだろう。」という予測のもとにキャンペーンは進められた。金属やプラスチックの型枠は従来からあったが、確かにこのキャンペーンが始まってから、竹、古紙、国内間伐材など様々な素材を使ったものが開発された。しかし残念ながら専門家にいわせると、決定打は無いということである。熱帯材がその本当のコストを反映せず不当に安価であることが、代替品の価格を相対的に高くしてしまっていることも一因だろう。
代替品としては、環境保全の面からも資源自給の面からも国産材、それもできるだけ近い場所の植林木が望ましいだろう。最近、東京近郊等で地元の間伐材を使って合板を作る試みが始まっており、今後望ましい代替品が開発され流通する望みはまだ捨ててはならないと思う。
2)世界貿易機関(WTO)の協定との関連
キャンペーンの一環として自治体を訪問した折(1994年前後)に、「自治体による熱帯材ボイコットはGATT違反と林野庁からクレームがつけられている」ということを自治体職員からきいたことがある。その時からこのキャンペーンには貿易という面倒な問題が絡んでいるということは認識していたが、それが形になって現れたのが97年の林野庁による調査であった。
林野庁による調査とそれに伴う熱帯材使用削減政策に関する圧力(林野庁によれば情報提供)の影響をどの程度自治体が受けているのか、つまり林野庁の圧力の影響でどの程度自治体が熱帯材使用削減政策を撤回・縮小をしたのか、しようとしているのかは不明である。しかしそれは私たちの懸念となっている。
3)次のキャンペーン構築の困難
95年あたりからキャンペーンに参加していた市民グループの間の活動が下降し始めた。市民グループが連帯感を持ってキャンペーンを盛り上げるためのしかけが、「全国一斉行動」だったわけだが、それもキャンペーンを持続させる力にはならなかった。
どんなものでも最盛期を迎えたものが次に下り坂となるのは世の中の常であるので、私たちはキャンペーンが下火になること自体をそれほど憂慮すべきとは考えなかった。キャンペーンを担う人々にとってそれを継続することの負担が大きいことを考えても、キャンペーンがそれほど持続するとは思われなかった。
しかし、これに替わるキャンペーン、できれば今までの経験を生かし新しい人にも入ってもらえるキャンペーンを作っていきたいという痛切な思いはあった。96年5月の全国会議はそのそのきっかけを探るのがひとつの目的だった。その後もSCC内部では検討を続けていたが、しかし続いてのキャンペーン構築は大変に難しく、今の時点では実現していない。
4)省資源型社会の構築
熱帯材の代替として他の原生林の木材を利用すればその森林の破壊を招いてしまう。代替として鉄やアルミ等を用いてもやはり違うところで資源・エネルギーを消費しどこかで環境破壊を引き起こす。このように環境破壊を熱帯林から他の場所へ移したとしてもそれは根本的解決にはならない。したがって持続可能な社会を構築するためには、安易に建築物を建て替えるような現在の日本の資源・エネルギー多消費型の社会をあり方を改めなければならないだろう。私たちはキャンペーンを進めるうちにこのことをより深く意識するようになり、このキャンペーンは資源・エネルギー多消費型の日本への警鐘なのだということを再確認していくこととなった。
また、3)で述べたように国際社会では自由貿易推進の動きがあって、その中では、環境基準も非関税障壁とみなされる可能性がある。このような環境保護に逆行すると考えられる国際ルールに対してはそれを改めさせるように働きかけていくことが必要であろう。
このように社会そのものを環境負荷の小さいものへと転換していく努力をしなければ、熱帯材消費削減だけでは真の持続可能な社会の構築にはならないだろう。
5.結び
「自治体キャンペーン」は、日本の熱帯材消費削減を目指して始められた全国規模の市民キャンペーンである。このキャンペーンで獲得した成果は各地の市民グループ・個人の努力の集積であり、これは日本の市民運動の歴史の中でも大きな意味を持つのではないだろうか。そのような思いから、このキャンペーンが10年経過した今、そのまとめをしておく必要があると感じ、この報告を作成することとなった。私たちは、この10年間の経験が何らかの形で今後生かされていくことを望むものである。
なお熱帯材消費削減の方針を出した自治体は、林野庁の圧力に屈せず今まで通りのその方針を持ち続けて頂きたい。そもそも、自らが熱帯林破壊に加担しないために熱帯材を使わないということを決めたのだから、周囲の状況や規則が変わったからという理由でその信念を翻してしまうのは市民にも説明がつかないのではないか。その方針がWTOとは相容れない部分があったとしても、日本の熱帯材消費が熱帯林を破壊していることは、やはり厳然たる事実なのである。
最後になったが、私たちの呼びかけに対応して参加してくれた各地の市民グループと個人の皆さん、熱帯材消費削減の政策実現に努力された自治体関係の方々、アドバイスを下さった建築家や法律家等の専門家の方々にあらためてお礼を申し上げたい。 ■
参考資料
− 「サラワクの熱帯林があるうちに」91.5 熱帯林行動ネットワーク発行
− 「サラワクの熱帯林があるうちに 改訂2版」92.5 熱帯林行動ネットワーク発行
− 「『全国の自治体・熱帯木材等使用削減に関するアンケート』最終集計の概要と評価、課題」97.2、関西関西熱帯木材使用削減委員会
− 「自治体の国際協力と自治体ODA」95.10(自治労第26回地方自治研究全国集会資料)
− 「型枠用熱帯材の削減状況についての報告」98.9建築業協会
− 「輸入丸太価格交渉、日本の影響力低下」(99,12,8日本経済新聞)