
●N村の話
マレーシア上空を飛行機で飛んでいると、眼下に奇妙な幾何学模様を見ることがある。緑を剥ぎ取られた赤茶けた大地に刻まれたグルグルの渦巻き模様だ。初めは単純に熱帯林伐採だと思った。だが、サラワクでの商業伐採は、太い木だけを切り出す択伐方式で、森の全てが切られるということはない。上空からは、トラックが走る伐採用道路が見える程度だ(もちろん、択伐でも大問題を引き起こしている)。
この幾何学模様の現場に行った事がある。サラワク州ミリ市から西へ約70キロ。私は眼前の光景に息を呑んだ。数ヶ月前通った時、そこは確かに森だった。つぎはぎのような緑の固まりが散らばる以外は、文字通り、草一本に至るまで全て切り尽くされた赤土のハゲ山が、日光をギラギラと赤茶色に照り返し、幾つもにうねって地平線まで続く。ハゲ山には、これから油ヤシを植えるための平らな棚が幾重にも作られている。これが、幾何学模様の正体だった。
正直震える。人間がここまで森を剥ぎ取ることが許されるのかと思う。そのプランテ―ションの総計画面積は5000ha。正方形に換算すれば、7キロ四方。
近くにあるN村(46戸、384人)を訪ねた。突然の珍客を、サラワクならどこでもそうだが、村人はさも当然と快く迎え入れ、夕食をご馳走してくれた。その後、そこの家の男性Sさんを中心に老若男女15人くらいと、深夜までの話し合いとなる。
私が見た裸の大地は隣の村の森であったところで、N村は村の境界線ぎりぎりのところで辛うじてプランテーションの侵入を防いでいた。
93年3月、プランテーション会社の人間が村にやってきた。開発予定地の地図を示し、この村が開発予定に入っていることを村長に説明した。突然のことだった。びっくりした村長が、「そんなことは一言も聞いておらん。社長と話し合わせてくれ」と訴えると、会社側はこう答えたという。
「それは困る。どうしても会社と交渉するのなら、我々も警察と軍隊を呼ばざるを得ません」
村長はそれでも工事にゴーサインを出さなかった。そして5月25日、村人の許可もないまま、知らない間に突然工事は始まった。農閑期で、人が農場にいないのを見計らい、ブルドーザーが侵入してきたのだ。ほんの一日の間に、ドリアン、ランブータンなどの果樹、ゴムの木、七つの作業小屋が壊された。破壊面積約20ha。
「補償金も一切ありません。事前通告もなく突然始まったんです。あいつらは泥棒だよ!」
その後、Sさんたちは交代交代で村の境界線で見張りを続けることにした。
1958年以前にこの土地を開墾したという証拠は何ですか、と質問してみた。1958年1月1日以前に開墾した土地には先住民の権利が保証されるからだ。
「ゴム、果樹、ココアなどの木がその証拠になります。竹は私たちの土地と州有地との境界に植えてもいるし」
そして、セランは近くにいた40歳くらいの太めの女性を指差した。
「彼女が生まれた時に植えたゴムの木は、今はこんなに大きいよ」(と、大きく手を広げた)
もう一人の村人もすかさず合の手を入れる。同じ女性を指差して、
「この人も随分大きくなったけどな・・」。
私たちは大声を上げて笑った。
翌日、プランテーション会社が壊していったというSさんの土地を見学に行った。途中、丸太がうず高く積まれた現場に出ると、「私たちの木だよ」とSさんが呟く。その背後には、草木が巨人にむしり取られてしまったかのような殺伐とした大地が広がっている。かつてはそこにあった、作業小屋の支柱の一部も転がっている。
「政府のやり方は公平ではない。泥棒のようにプランテーションを作っている。私たちはこれからも何としても開発を食い止めますよ」
その前日、私は、そのすぐ近くの村で、プランテーション開発に反対して逮捕された8人の先住民を乗せた警察の車とすれ違っていた。Sさんたちの無事を祈らずにはいられない。
●伐採がましなわけ
確かに、初めは切り尽くされるが、油ヤシが育てばちゃんとした森になるではないか、そこでは雇用の機会だって生まれるではないかと言う人もいる。
きちんと答えておかねばならぬ――先住民にとっては油ヤシプランテーションは「森」ではない。
既に述べた通り、伐採では野生動物の減少、川の汚濁と魚の減少、それに伴い森に生きる民の生命活動が狭められる・・・といった問題が起こっている。
それでも伐採がましなわけ、をSさんたちは語ってくれた。
「今の商業伐採は良くない。ただ、確かに森は荒れるが、択伐である以上、森の半分以上は残ります。猪や鹿は少なくなるけど、イタチや山アラシ、蛇やトカゲなどの小動物は残るし、何よりも、ブルドーザーやトラックがそこを通らない限り、植物がどこかに消え去ることはありません。でも、プランテーションは、基礎工事の段階で森を皆伐するんです。蛇一匹、草一本なくなるんです。」伐採が森の生態系を「悪化」させているとすれば、プランテーションは「消滅」させる。
「油ヤシが大きく育っても、碁盤の目状に植林された人工林で、注意深い野性動物は一体どこに棲息できるんだ。川もそうだ。伐採では、土砂が流れ込んで魚の数が激減したが、それでも、取れる魚が有毒ということはない。この近くのプランテーションに行ったことがあるが、いくらなんでもあそこの川の魚は食べれない。農薬まみれじゃないか。」
そして、次の理由が先住民の人々を最も恐れさせ、プランテーションに対して抵抗運動を起こさせる原因となっている。ある住民は、静かに語ってくれた。
「伐採の方がまだましです。伐採ならば、10年くらいかかって太い木を切り尽くしたら、木材会社はその土地から去っていくからです。10年我慢すれば、森がまた私たちに返ってくるんです。どんなに荒れされても、次の世代かその次の世代には、また木も大きく成長して、いなくなった動物たちも戻ってくるかもしれない。また、焼畑地で商業伐採をされる可能性はありませんが、プランテーションは別です。森と農地の両方を開発するし、いったん始まると大量の農薬を使い続け、50年でも100年でもこの土地に居座り続けるんです。土地の権利も、土地そのものも、永久に私たちには戻ってこないんです!」楽しい、誰にも束縛されることのない森での生活。一日中働いていようと、疲れていれば一日中寝ていようと、それは自由だ。どんな困ったことが起きようと、そこには常に支え合う人たちがいて、生きることへの不安が全くない毎日。自分たちの土地をどう使うかは、全て自分たちで決定し、自分たちで活動する。しかし、プランテーションでは、その土地をどう使うかを決めるのは、自分たちではなく、全く知らない他人になる。Sさんたちはこれを一番怖れている。
「雇用の促進」についても、サラワクのプランテーションの労働人口の85%が隣国インドネシア人に占められていることは覚えておいてもいい。あまりの低賃金に、地元では誰も働きたがらないからだ。
次回は、プランテーションの経営形態、及び、住民自身の啓蒙運動について述べてみたい。