検証! プランテーションとは何か?
〜農薬被害:半島の農薬問題〜
森田 守


 マレーシア半島部では、プランテーションの経営主体が様々だ。国営プランテーション、イギリスなどのヨーロッパ系企業、華僑系を中心とする民間プランテーションなど。
 この中で、優等生といえるのは国営プランテーションかもしれない。そこでは、前回伝えたような児童労働、その誘因である低賃金労働がそれほど存在しない。ただしこれは、マレーシア政府のマレー人優遇政策により、国の公社FELDA(連邦土地開発委員会)のプランテーションで働けるのはマレー人という原則があるからだ。
 その経営が民間、特に華僑である場合、そして、場所も、奥地に行けば行くほどに、その労働条件は劣悪を極める。
 クアラルンプールから二人乗りのオートバイで三時間。ある油ヤシプランテーションに辿り着いた。
 三人のインド人女性がいる。一人が電動ドリルを持っている。一人がゴーグルにガスマスク。手には注射器とバケツを持っている。もう一人はゴム手袋をはめ、やはりバケツを持っている。
 何が始まるんだろう。そう思っていると、一人目の女性が、近くの油ヤシの木に近づいて、電動ドリルの唸らせた。長さ20センチ以上はあると思われる刃が幹の中に入り込んでいく。次の女性は、バケツの中の液体を注射器に吸入し、それを開けたばかりの穴の中に注入した。そして最後の女性が、土でペタと蓋をしておしまい。三人はその作業をその日一日で何百回も繰返す。
 何をしているんだ? 動向の現地NGO職員Aが説明してくれた。

「殺虫剤だ。木の水脈で薬の成分が葉に行き渡ると、あとは食べた虫が死ぬってわけさ」
 その説明の上で、「会わせたい奴がいる。来てくれ」との声に、連れて行かれたのは、同じプランテーションにある社宅の一軒。会わせてくれたのは22歳の青年だった。
「彼はな、さっきの農薬注入を三年前に五日間したんだ。そしたら、下半身不随になってしまった」
「たった五日間で? 防毒マスクの支給はなかったのですか?」
「なかった。君、悪いがちょっと歩いてみてくれないか?」
 膝が曲がらない。青年は、腰の力だけで、オモチャのロボットのように体を右に左にゆすりながら歩く。
「その仕事をするまでは、このプランテーションの中のサッカーチームのエースストライカーだった・・」

 この件は裁判中とのことだったが、彼の体はもう取り戻せない。
 マレーシアは農薬天国だ。一覧表をお見せできないのが残念だが、先進国、途上国を問わず、多くの国で廃止、制限している農薬、特に除草剤がここでは野放図に使われている。中でも、「パラコート」は圧倒的な売り上げを誇る。「DDT」もそうだし、「2・4-D」は、ベトナム戦争で使われた枯葉剤の成分でもある。リンデン、BHC、EDB、アルドリン、DBCP・・。
 92年、マレーシアの女性弁護士バサンチが、女性労働者と農薬の関係を独自調査し、「VICTIMS WITHOUT VOICE」(声なき犠牲者)という本にまとめた。出会った女性労働者50人のうち健康だったのはわずかに2人だったことが明らかにされている。
 油ヤシの収獲は、柄の長さ10メートル以上もある鎌で重さ10キロ以上もある果房を切り取るという男にしか出来ない重労働だ。それゆえに、農薬散布・注入という「軽作業」は主に女性の仕事となる。バサンチの調査でも、その多くに、鼻血、胸や胃の痛み、生理不順、皮膚炎などが認められ、少数の死亡例も報告されている。

 新聞記事からいくつか拾ってみよう。

・89年3月21日。マレイ=メイル紙。
 セランゴール州にある約30のプランテーションでは労働者が農薬の後遺症に苦しんでいる。農薬散布に携わる人々は農薬に関して概して無知で、労働者は防毒のためのマスク、グローブなどを支給されていない。74年の農薬条令では、熟練者の立ち会いの元での散布が義務づけられているが、守られていない。昨日訪れたプランテーションでは、4人の農薬散布労働者が鼻血を出していた。

・85年9月12日。スター紙。
 プランテーション労働者3人が、パラコート使用後、眼疾患になり2人が失明。

・85年6月28日。マレイ=メイル紙。
 パーバシー(23歳)は、パラコートを防具なしで散布したあと気分が悪くなり、五日後に死亡。

・92年7月5日。ストレート=タイム紙。
 数ヶ月前、プランテーション女性労働者が坂道を上っていた時に滑って転倒。背負っていた4ガロンの農薬タンクが割れて、全身に農薬を浴びた。皮膚がただれ6時間後に死亡。

・92年7月6日。マレイ=メイル紙。
 ビーナ(53歳)はパラコート散布を20年以上続けている。初めは、その強烈な毒気に涙、目まい、吐き気を催した。今、それには慣れたが、止まらない鼻血、胸痛と筋肉痛に悩まされている。ビーナの経験はマレーシアのプランテーションで働く数万人もの女性に共通している。女性は週6日、1日10時間農薬を扱っている。農薬への防具も支給されず、農薬を素手でかき混ぜることもある。女性労働者は生理不順、胃痙攣、流産、皮膚疾患、鼻血、爪の変形、霞目、息詰まりなどの問題を抱えている。 等々、その被害例は3桁を数える。

 特に毒性の強い農薬について説明したい。

・ BHC:体内での残留性強い。脊椎動物(哺乳類、人間、鳥など)の中枢神経を冒す。腫瘍や生殖能力の異常を引き起こす。

・ 2.4−Dと2.4.5−T:奇形児出産の疑いが持たれている。ドクちゃんベクちゃんの犯人といえばわかりやすい。発疹、肝機能異常、神経異常、呼吸器系障害、免疫障害、インポテンス、癌を引き起こす。

・ パラコート:慢性中毒を起こす。ほんの少し、肌に触れたり吸い込んだだけで鼻血や咳を起こす。体内に入ると、胃痛、嘔吐、下痢、筋肉痛を起こす。肝臓、腎臓障害は48〜72時間後に起きる。生理不順、胃痙攣、流産、皮膚疾患、爪の変形なども。

 私自身も、指の曲がった女性、胸痛を訴える女性に何人か出会った。彼女らは間違いなく声を出せない社会の底辺にいる。日本では、「そんな農薬が使われて、我々の食生活も大丈夫なのか?」との質問をしばしば受ける。おそらく、きちんと調査されたことはないと思われるので、それは問題として押さえるべきだ。だが、私たちへの食生活への安全性云々をいう前に、まず、高濃度の毒を毎日吸いつづけているプランテーション労働者こそ第一の被害者なのだ。そして、私たちの食卓とつながっている人たちなのだ。
 それだけは念頭において頂けたらと思う。■


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