|
〜プランテーションの土地侵入に抗議し、逮捕された住民へ日本からの支援を!〜 2000年3月 サラワク州北部のミリから約110km、ニア省にあるルマ・ブサン村、ルマ・バリ村にはイバン人(先住民)約43家族が生活している。300人を超すこの両村の住民は、主に土地と森林資源に頼って生活している。村は慣習に則って、1980年代からその地域に生活を営んできた。両村の住民にとって、森林や畑は生活のよりどころとなっており、社会文化を支える基盤にもなっている。また、住民の農園は、自らの需要を満たすと同時に、現金収入を得るための貴重な源となっている。 1999年6月、村の住民は、自分たちの慣習地にあるゴム園や果樹園、農園などが、侵入者によりブルドーザーで破壊されているのを発見した。住民たちはすぐに地域で操業していた業者に陳情し、その土地での作業を中止するよう要請した。その後、油やしのための土地開墾作業は一時的に中止されたが、なぜか、その土地に武装した警察隊が配備された。 同年7月に入り、村の住民は業者のブルドーザーが土地造成を再開しているのを発見したため、問題を話し合うための緊急の会合を開いた。そしてこの問題に対処するため、行動委員会が結成され、1)プランテーション業者が住人の土地権を尊重し、2)被害に対する補償を支払うことを、記者会見で要請した(7月5日)。直前の6月には、先住慣習地に侵入した土地開拓業者が1000リンギ(約3万3千円)の罰金を支払うよう先住民裁判所に命令されている。この判決は、住民の土地がサラワク土地法で認められているアダットに基づいた先住慣習地であることの明らかな証拠でもある。 7月10日、住民が土地を鎮めるために設置した祭壇が再びブルドーザーで破壊されたため、住民が運転手に抗議したところ、運転手たちは逃げ去ってしまった。翌朝、住民は、業者のブルドーザー数台が再び慣習地を広範囲にわたって開拓しているのを発見した。その結果、果樹やゴムの木、タバコ、油やしの成木約660本、油やしの苗1000本以上を含む総計約10ヘクタールの土地が破壊されてしまった。そして、このような状況に改善が見られないまま9月1日を迎えた。この日、ついに土地の破壊に抗議する住民と、油やしプランテーションの下請業者の労働者との間で衝突が起こり、労働者4人が死亡、3人が負傷してしまったのだ。 この事件まで、ルマ・ブサン、ルマ・バリ両村の住民は、自分たちの伝統的な土地にプランテーション労働者が侵入してきて、作物などを破壊してきたことに何度も抗議してきた。事件前、住民は、この問題について警察に7回も通報し、さらに8月17日には警察の監察長官にも調査の要請書を送っていた。しかし、警察はそうした訴えに対して、ほとんど何の対策も取ってこなかった。その結果、住民と労働者の軋轢は衝突へと発展したのである。 この事件で警察に逮捕・勾留された両村の住民22名は、9月17日、ミリの裁判所に連れていかれた。今回の事件に加担していないことが明らかになった3名は同日釈放されたが、残る19名は4人の殺人容疑で起訴された。法律に従えば、殺人罪は死刑と定められている。従って、仮に勾留されている住民が殺人罪を課せられることになれば、それら住民たちが死刑になる可能性は高いと言われている。この裁判は未だ係争中である。 この件に関して、住民側は既に弁護団を雇っている。控訴すれば裁判は長期に亘るものになるだろう。しかし、両村の住民たちが仲間を弁護するための膨大な費用を自分たちで全て捻出するのは極めて困難なことである。 この事件の直接的な原因は、プランテーション開発である。他の地域での開発と同様、このプランテーション開発の進め方には、非常に大きな問題があった。地域の油やしプランテーションを造成しているのは、サラワク・オイルパーム(SOP)社とその下請業者である。用地造成を実施している下請業者は、ルマ・ブサン、ルマ・バリ両村の森や畑に侵入しては土地の破壊を繰り返してきた。住民たちは度々、そうした業者による土地開拓作業に抗議してきたが、業者の労働者は直ぐにまた土地の破壊を再開し、抗議と破壊が繰り返されるという、正に「いたちごっこ」の状態に陥っていた。住民の土地における操業により破壊されたのは、住民たちが大切に育ててきた果樹やゴムの樹、タバコ、油やしの樹や苗などである。 「Tana Nyawa Kami(土地は命)」という言葉が表す通り、300人を超す両村の住民は、主に土地と森林資源に頼って生きている。こうした土地が破壊されることは、住民たち自身と、その生活文化の存続が危険にさらされることを意味している。 また、SOP社及びその下請業者は、住民の抗議に対し、話を聞くどころか、逆に暴力グループを雇って住民を脅すという方法を取ってきた。こうした暴力グループは、籐の鞭や日本刀を持って抗議する住民たちを脅してきた。 こうした業者の行為は、正当な住民の土地の権利に対する主張を力で抑え込もうとする、非常に横暴なやり方である。こうした一連の油やしプランテーション開発の進められ方そのものが、今回の事件の直接的な引き金になっていることは明らかである。そもそも、SOP社がライセンスを取得してない住民の土地で活動したこと自体にに違法性はないのか、という点は追求すべきことだろう。 より大きな視点から見れば、今回の事件は、先住民族の土地の権利に関する重要な問題をはらんでいる。つまり、ニアの事件とそれに至る過程は、いかにサラワク先住民族の権利が軽視されているのかを端的に表しており、また住民の権利を守るにはどうすれば良いのかについての教訓を与えてくれている。ルマ・ブサン、ルマ・バリ両村にとっても、この問題は今に始まった問題ではないのだ。 住民の土地に対する権利要求は以前(1970年代末)からあった。1979年6月にはルマ・バリの首長とその家族が、土地調査局に土地権の申請をしている(同月、却下される)。また両村首長と住民たちは1994年から1999年にかけて、何度も州政府機関に土地権の申請を提出している。しかし、こうした要求があったにも関わらず、政府は住民にそれらの土地の法的権利を与えず、「保存林」として区分してきた。 仮に、それらの土地に住民の法的権利が認められ、それが守られるよう、州政府または地区役所が行動していれば、今回のような事件は確実に避けられた筈である。 この問題はまた、警察やメディア、政治全体の構造についての深刻な欠陥を明らかにしている。前述のように、今日までに幾度となく警察に対する通報が無視されてきたことを見れば、警察という組織も、正常に機能していないことは明らかである。 また、前述の通り、州及び地区の行政機関が住民の土地権に対する要求に対し、何ら適切な行動を取っていないことからも、行政が十分に機能していないことは明らかである。 1999年8月8日、両村の首長は土地調査局の局長へ手紙を送り、彼らの土地をアダット(慣習法)に従って土地区分し、土地権を認めてくれるよう要請した。その手紙は同時に、(1)資源計画大臣(土地譲渡の責任者)、(2)土地管理開発機関(LCDA=SOP社の母体組織)の長官、(3)サラワクの警察長官、(4)ミリ省知事にも送られた。特筆すべきことは、最初の2つの地位(1,2)には同一人物、つまりサラワク州主席大臣が就いているということである。このように「開発推進者」と「政治的権力の主体」が同一人物であるという歪んだ構造は、住民の土地権に対する訴えをほとんど実現不可能なものにしてしまっている。 今回の事件について、政治家たちは決まって同じような発言を繰り返している。それは、「住民は問題を暴力に訴えずに、合法的な方法で取り扱うべきだった」ということである。このような、住民の状況や今までの流れを理解していない不用意な発言は、マレーシアの政治家一般の先住民族に対する軽視の姿勢を表すものである。 サラワクの問題を訴えるウェブ・サイト「Rengah Sarawak」は、同様の政治家の姿勢を問いただし、サラワク国民党(連邦及び州の連立与党の一つ)の財務総長チョン・キン・シンに対して「目を覚ませ!チョン!」と訴え、こう書いている。 『チョンは「業者と対立するよう純真な住民を扇動し、土地問題をうまく操って、名声や私的な利得を得ようとしている者がいる」と語っている。』 『チョン様、あなたがそんなに「純真な住民たち」のことを思って下さっていて、本当に涙が出てきます。あなた(チョン)は明らかに、事件が起きるまでに住民たちがしてきたこと、そして何より、自分自身が「土地問題をうまく操って人気取りをする者」であることを忘れているのだ。』(チョンは警察に降参するよう住民を説得したことで、政府から称賛を受け、マスコミに取り上げられた人物である。) 同様に、州犯罪捜査部部長のアブドゥル・アジズ・ナウィは、地元の人々が法に従うこと、問題の解決をしようとする際に政治的指導者や地元の指導者と話をすることを訴えている。 事実、こうしたことを両村の住民は、十分過ぎるほどしてきた。こうした問題を本当に正面から取り上げることのできない政治家の無力さ、先住民族に対する無関心さは以上からも明らかである。 また、サラワクのメディアもこの問題を正面から取り上げていない(それどころか取り上げない場合の方が多い)。数少ない報道記事に引用されるのは、大概、政治家の発言であって、住民の声を伝えようとする努力は皆無に等しい。そもそも、政府感情を逆撫でするようなことは、サラワクのメディアにはできないのである。 こうした状況の中で、住民たちは一体どうやって自分たちの土地の問題を訴えられたというのだろうか?今回の事件に関して、本当に住民が労働者を殺したのかどうかについては未だ明らかではないが、仮に住民が抗議活動の結果として労働者を殺してしまったとしても、果たして、それが単純に殺人罪に該当するのかどうかは、議論が大きく分かれるところである。 さらに、住民の行為だけが強調されている今回の事件に対し、浮かび上がるいくつもの疑問がある。なぜ住民の土地を破壊し続けてきた業者は十分に罰せられないのか?なぜ暴力グループ及びそれを雇った業者は、脅迫罪で逮捕されないのか?なぜ住民の訴えを無視し続けた警察はその過失を問われないのか?なぜメディアや政治家たちはそうした業者や警察の行為を問題にしようとしないのか?である。 このような数々の疑問は、私たちにより本質的な問題を投げかけている。つまり、それは、先住民族抑圧の構造であり、常に先住民族が社会のしわ寄せを喰う不公正なシステムや考え方である。 |